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アタシが教育で悩んでいるわよ

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――操がリンタロウを育て始めて3日が経った。



  相変わらず操はリンタロウの世話をしている。ただ、リンタロウの世話だけではなく操には他にやることがあった。



  『掃除』だ。



  魔王との話の中でゴブリンに魔王城の掃除を行わせると言ったが、肝心のゴブリン達は中々掃除を行わなかった。それもそのはず、ゴブリンは掃除を行ったことが無く、何故掃除が必要なのかも理解できていなかった。

  ゴブリンと会話は出来るが内容を理解し、納得させることが出来なければ自発的に掃除を行わせることが出来ない。そのことで操は悩んでいた。



「こんなハズじゃ無かったのよ。掃除なんて言えばやってくれると思ってたのに……そもそも掃除をしたことが無くて綺麗・汚いの考えも無いんだからどうすればいいのよ……」



  そんな独り言を言っていると隣でオーガの世話をしているドーラがため息をついた。



「アンタまたそんなこと言ってんの? そもそもゴブリン自体が汚いんだから身の回りを綺麗にするなんて考える訳無いじゃないか」

「ドーラ、アンタは掃除をするの?」



  ドーラはオーガだ。操との会話でゴブリンよりオーガのほうが知能が高いと思われる。



「はぁ? やるわけないじゃないか。面倒くさい。部屋が綺麗になったところで腹が膨れる訳じゃあないんだからそんな無駄なことやる意味が分からないわ」



  面倒くさい……ドーラがそういうオーガなのはこの3日で分かっていた。この質問自体が無意味だったのだ。



「あ~悪かったわ。アンタが掃除をするようなオーガじゃないことは分かってたのにアタシとしたことが無駄なことをしたわ」



 頭を掻きながらそう言って次の質問をすることにした。



「じゃあ質問を変えるわ。オーガは掃除をするの? そもそも汚かったら綺麗にしようって考えるの?」



  そこなのだ。汚れていることが不快に感じるのかがそもそもの問題だった。

  ゴブリンに掃除を命じた時もやろうとしていたが結果は散々だった。少し目を離した隙に数匹のゴブリンが部屋の中に落ちている肉や便をお互いに投げ合って遊んでいたのだ。これを見た時は本気で気を失いかけた。



「さぁ? 中には掃除なんてことする奴も要るかも知れないけど、アタシは見たことが無いねぇ」



――やっぱり――



  薄々そうじゃないかと思っていたが、実際にそう言われるとショックを受けた。なら次の質問だ。



「なら魔王様から命令されたら掃除をするの?」

「命令されたこと無いけど、やるでしょうね。それにやらなきゃ殺されるでしょ」



  それはそうだ。命令に従えないモノを魔王は許しはしないだろう。だが疑問がある。

  魔王の身の回りだ。

  魔王の部屋は殺風景だが清潔に保たれていた。魔王自身が掃除をするとも考えられない。いや、掃除をする魔王もなかなか悪くない。



――一体だれが掃除を行っているのかしら――



「なら魔王様の身の回りって誰が綺麗にしてるのよ? 少なくてもオーガやゴブリンじゃないってことでしょ」

「あそこは死人のグライスが指揮して死人にやらせてるんだよ」



 ――はいグライスきた~。もう納得するわ。魔王がグライスをそこまで信頼して色々任せてるのねきっと――



「まったくあの死人細かすぎるんだよ。アタシを見るなり『もっと身体を綺麗にしろ。臭くて敵わない』なんて、失礼しちゃうわ。アイツなんか死人で肉が腐って無くなってるのにさ」



――って言うかアンデットに嗅覚があるのか疑問だわ。そしてどうしてアンデットのグライスがマメで綺麗好きなのに生きているオーガで雌のドーラがガサツを通り越した存在なのよ。まったくこの世界は理解不能なことが多すぎるわ――



  だが今の話を聞く限り、魔王はオーガやゴブリンに掃除をやらせないのは掃除ができないからだろう。だから不要な命令はしないで出来るモノに命令することにしているのだ。

  確かにそのほうが効率的だ。あの魔王らしい。だが操はその魔王にゴブリンを使って掃除をさせると言ったのだ。魔王は操の言ったことは無理だと知っていてあえて操にやらせているのだろう。そう思うと怒りが込み上げてくる。



――なに? アタシがやろうとしてることは無理で無駄ってことを理解させてアタシが絶望するのを楽しみにしてるの? どんだけ根性ねじ曲がってるのよあの魔王は? ――



「あ~ムカついてきたわ。芋焼酎1升一気飲みしたい気分ね」

「何言ってるかわかんないけど、掃除なんてやるだけ無駄なんだから。アンタもそんなことより言われたことだけやってりゃいいんだよ」

「うるさいわねクソオーガ。アタシは魔王様にやるって言ったんだからやるわよ。魔王様に出来るってことを分からせてやるんだから。そして向こうからアタシに『頼むから抱かせてくれ』て言わせてやるんだから」



  それを聞いたドーラは鼻を鳴らした。



「はん。何を言ってるんだい小娘の分際で。私だって抱いてもらったことないのにアンタが抱いてもらえるわけないじゃないか」



  それはドーラがデカくてゴツくて不潔からだろう……とは言わなかった。言ったところでドーラの拳が飛んでくることは分かっていたから。



「とにかくゴブリン達に掃除をやらせるのよ。だけどゴブリンども何度言ってもやってくれないのよ。もう、どうすりゃいいのよ」



  正直手詰まりだった。そもそもゴブリンや魔物の特性も知らないのに……気軽に魔王に言うんじゃなかったと後悔が頭の中をよぎる。

  一人この汚れた空間の床の汚物を拾いながら操は隣にいるリンタロウを見た。

  ゴブリンの成長は早く、リンタロウは足元がおぼつかないがすでに歩いている。ミルク以外の固形物も柔らかいモノなら食べられる。



――子供の成長は早いって言うけど早すぎるわよ。まったく……どうかしてるわこの世界――



  そんなことを考えているとリンタロウが寄ってきた。リンタロウは操を母親のように慕いとてもよく懐いている。操の言うことも少しは理解しているようだ。



「リンタロウ。どう言ったらアナタの先輩たちは掃除をやってくれるのかしら……ってアナタに言っても何にも解決しないんだけどね……」



  笑顔のリンタロウは首をかしげながらおもむろに床の汚物を拾い上げた。



「そう。それを片付けてるのよ。決して食っちゃダメよ。アタシはこの部屋のクソを集めてこの箱に入れて捨ててるのよ」



  操は自分の左においてある車輪の付いた箱を指さしながら言った。箱に汚物をいっぱいに入れては城の外に捨てる。この作業を何度行ったことか。それでもまだ半分ほどの汚物が床にはある。床の汚物を捨ててもまだ壁や床の掃除も行わなくてはならない。

  ため息を漏らしながらリンタロウの持つ汚物を受け取ろうとした。リンタロウは、その汚物を操に渡さずに自ら箱に入れた。



「えっ? リンタロウどうしたの? アナタクソをゴミ箱に入れられるの?」



  操に電撃が走った。『汚物をゴミ箱に入れる』この何でもない行動をゴブリン達は出来ないでいたのにリンタロウがやったのだ。
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