ラスト・チケット

鎌目 秋摩

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金田 千冬

第7話 私の七日目

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――七日目――

 今朝はみんな早く起きてきた。
 どうやら、今日から学校へ行くらしい。
 それもそうだろう。いつまでも休むわけにはいかないのだから。

「大丈夫かしら……」

 親がいなくなったことでいじめられたりしないだろうか。
 精神的に安定しなくて、ひきこもるようなことにならないだろうか。

「悲しい気持ちも寂しい気持ちもあるだろうけれど、きっと大丈夫だよ」

 正樹はそういう。
 わかってはいても、心配でたまらなくなる。
 今日が最後で、もう会えなくなってしまうのだから。
 どうしようか考えて、二人で学校へ様子を見にいってみることにした。
 私も正樹も、入学式や参観日で学校へは行ったことがあるから、小学校も中学校も、なんの問題もなく訪問できた。

 流里も輝樹も、いつも通りの様子にみえる。
 友だちたちとも仲良く遊んでいて、笑顔がみえてホッとした。

「参観日でもないのに授業の風景をみれるなんて、不謹慎だけどちょっと得した気分になるな」
「輝樹も流里も、変に落ち込んでいることもないみたいで良かった」

 流歌のほうも、友だちと楽しそうに話しをしたり、休んでいたあいだの授業内容を教わったりしていて、不安はなさそうだ。
 ときどき、授業中にぼんやりと窓の外を眺めているけれど、それも仕方のないことだろう。
 今回のことがなかったとしても、そんなことは多々あるはずだから。
 自分が学生だったころを思い出し、思わず笑みがこぼれた。

「流歌もきっと大丈夫ね」
「友だちが普段通りに接してくれているようだからかな。笑っているのをみると安心するよ」

 お昼近くまでその姿を眺め、二人で学校をあとにした。
 特にすることもなく、正樹と二人、将来の子どもたちのことを話しながら、街をぶらついた。
 生きていたころには、なかなか持てなかった時間だ。
 夕方になって一度、家に戻った。もうみんな帰ってきて、母と夕飯の準備をしている。

「流歌、輝樹、流里、お父さんもお母さんも、そろそろ行くからな」
「三人とも、おじいちゃんとおばあちゃんのいうことを良く聞いて、仲良くするのよ」

 楽しそうにお米を研いだり、お湯を沸かしている姿に声をかけ、その姿を目に焼き付けた。
 父が帰ってくるのを待ってから、改めて両親に頼んだ。

「お父さん、お母さん、面倒をかけちゃうけど、子どもたちのことをお願いね」
「いろいろと大変になってしまうと思いますが、よろしくお願いします」

 挨拶をすませて家を出た。
 振り返ってもう一度、家を眺める。
 もう帰ることはない。子どもたちにも会えない。そう思うと涙がこぼれた。
 駅に向かうと、正樹と二人、者両を探して横浜へ向かった。
 地下鉄の駅で者両を降りると、山下公園へと歩く。

「ここに来るのも久々ね」
「ずっと忙しかったもんな」

 何度かは、子どもたちとも遊びにきた。
 最初に正樹に告白されたのも、プロポーズをされたのも、この場所だった。
 もうすっかり暗くなって、夜景が奇麗だ。
 時計を見ると、もう九時を過ぎている。

「正樹……今度のことは、本当にごめんね」
「またそれ? もういいよ。仕方のないことだったんじゃあないか」
「ううん……やっぱり最初にちゃんと話しを聞いてさえいれば、家を出ることも、あの場へ行くこともなかったから」
「いや……俺のほうこそ、千冬が嫌がらせをされているなんて知らなくて、ごめん」

 最初に付きまとわれたときに、早く話すべきだったといって、逆に正樹に謝られてしまった。
 今さら起きてしまったことをどう言っても仕方がないのだけれど、思い返すとやっぱり怒りが沸き立つ。
 最も、死んでしまったばかりのときとは、怒りの方向は変わったけれど……。
 ほかの人たちも思うのだろうか。
 なぜ今、なぜ自分が、と――。

「また無事に生まれ変われたら……」

 正樹の言葉にハッと我に返った。

「絶対に探すから。きっとまた千冬に会いにくるから、そうしたらまた……結婚しよう」
「……うん」

 次はもっとちゃんと、話し合いのできる人間になりたい。
 感情をぶつけるだけじゃあなく、相手を思いやれるような、そんな人に。
 きっと伝えたいことはたくさんあるのに、私も正樹もうまく言葉にできず、時間まで黙ったまま夜景を眺めた。

「そろそろ時間だわ。サキカワさんを呼ばないと」

 二人でサキカワさんを呼ぶ。
 出発のときに聞いたガラスの呼び鈴が響いて、現れたのはサキカワさんではなかった。
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