ラスト・チケット

鎌目 秋摩

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川原 茉莉萌

第6話 アタシの六日目

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――六日目――

 昨日は俊彦が邪魔をしたせいで、輝を見失ってしまった。
 光里はもう使えそうにないし、アタシは思いきって朝から輝のそばにいることにした。
 見逃しては困るから、朝一番に出かけて、入り口で待った。

「最初からこうしておけばよかったのよね。とんだ時間のロスだったわ」

 出社してくる人の波に、輝の姿がみえた。
 ようやく会えたじゃない。
 駆け寄って絡めようとした手が、するりとすり抜ける。

「そっか、そういえば触れないんだっけ……」

 光里にしたように、とり憑いてしまおうかと思ったけれど、輝の仕事のことはアタシにはわからない。
 面倒なことになっても困るから、終業時間まではこのままそばでみていよう。
 することがないと、一日がやけに長い気がするけれど、アタシは輝のそばにいられて満足だ。

 トイレ以外のどこにでもついていった。
 ときどき、輝のスマホにメッセージや電話がかかってくる。
 光里がどうとか聞こえてくるのは、俊彦からの連絡なんだろうか?
 廊下で電話を切ったあと、輝は大きくため息をついた。

 そういえば、アタシが光里のSNSから投稿したことで、輝が大変だと俊彦がいっていたっけ。
 でも、仕方ないじゃない?

「輝がアタシを無視したり、ストーカーだなんていうからいけないんだよ」

――酒井さん、こんなところにいたんですか? 課長が呼んでいますよ。

――あ、はい。すみません、すぐ行きます。

 事務員らしい女に声をかけられ、輝は急いで部屋へと戻っていった。
 そのまま真っ直ぐ、一人の男性に近づくと、なにやらヒソヒソと話をしている。

――それじゃあ、そういう流れで大丈夫かな?

――はい、大丈夫です。ご面倒をお掛けしてすみません。課長のおかげです。本当にありがとうございます。

 輝がなにか仕事で失敗でもしたんだろうか?
 課長と呼ばれた男に、深く頭をさげていた。

 輝は休憩のときにどこかへメッセージを送っていた。
 誰になにを送っているのか気になって、覗こうとしてもうまくみえない。
 きっとSNSでもみて、書き込みをしているんだろう、アタシはそう考えていた。

 やがて業務が終了して、輝は帰り支度を始めた。
 いよいよだ。
 ようやく、輝の新しい部屋へ行くことができる。

「ギリギリだったじゃない? もう六日目だもの」

 これで最後の一日は、一日中ずっと一緒にいられる。
 アタシは嬉しくて、足取りも軽やかに輝のあとを歩いた。
 どの辺でとり憑いたらいいかしら?

 ビルを出たところでスッと輝に近づくと、輝は急に小走りで駆けだしていく。

――由梨ゆり

――輝、お疲れさま。

 玄関の柱の陰にいた女が輝に声をかける。
 親し気に近づくのがムカつく。

「――誰よ? その女……まさか二股の相手?」

 二人は腕を組んで歩き出した。

「チョット! 馴れ馴れしく輝に――!」

 二人を引き離そうと、追いかけた途中で、見えない壁に阻まれたように足が止まった。
 一定の距離から詰めることができない。

「なによ……これ……早く輝にとり憑かないと、部屋に行かれなくなっちゃうじゃない!」

 なんとかもがいて近づこうとしても、届かない。
 舌打ちをして、思いきり勢いをつけて輝に向かって走った。
 女は輝になにかをいうと輝を先に行かせ、角を曲がったのを確認してからアタシに振り返った。

 振り返った女の姿が赤い。
 バチッと電気が走ったような衝撃と痛みに、アタシは思わずうずくまった。

――輝に近づかないで。

 女はアタシに向かって、そう言い放つ。
 見えているはずがないのに!

「アンタこそ! アタシのカレに馴れ馴れしくするんじゃないわよ!」

――光里さんに変な書き込みをさせたのも、あなたでしょう?

「だったらなによ! 本当のことを書き込んでなにが悪いの!」

――本当のこと? あなた、自分のしたことを忘れたの?

 アタシは昨日のことを思い出した。
 この女はあのことを知らないはずなのに……輝が、みんなが、話したんだろうか?

――それに、あなた亡くなっているのよ? あなたはもう、輝になにもできないんだから。

「そんなことないわよ! ずっとずっと、一緒にいられるようにすれば……」

 そうよ。
 手に入らないんだったら、とり憑いて、一緒に連れていってしまえばいい。
 そうすれば、アタシは輝とずっと一緒にいられる。

――そんなこと、私がさせない。あなたは輝には近づけない。

 さっきよりも強い衝撃を受けて、アタシは輝の会社の玄関まで吹き飛ばされた。
 全身が引き裂かれるような痛みを堪え、立ちあがったときは、あの女も輝もいなかった。

「なんなのよ……あの女……アタシのことがみえていた? もしかして霊感があるとか?」

 馬鹿馬鹿しいと一蹴するにも、霊としてアタシがここに存在しているんだから、そういう人間がいてもおかしくないのかもしれない。

「……確か最初の日、サキカワが赤と黄色は駄目とか言っていた……」

 なにが駄目だというのか、サキカワに聞かなければ。
 アタシはすぐさまサキカワを呼んだ。
 何度も呼んだのに、サキカワは現れなかった。
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