蓮華

鎌目 秋摩

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待ち受けるもの

第1話 若き軍師 ~マドル 1~

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 ロマジェリカの海岸を、戦線から戻った戦艦が埋め尽くした。
 次々に兵たちがおり立つ。
 最後にゆっくりとおりて来たのは、ほかの兵より飛びぬけて若い軍師だ。

 淡い栗色の長い髪は綺麗に結いあげられ、細身の長身に透けるような白い肌、二十歳には見えない幼さの残った顔。
 迎えに出ていた女官に、体を包み込むようにまとっていたマントを脱いで渡すと、堂々とした足取りで親子ほど歳の離れた部下を引き連れ、城へと向かった。

 城では皇帝が待ち構えていて、その姿を見ると、矢継ぎ早に質問を浴びせ、最後に身を乗り出すように問いかけた。

「マドルよ。して、泉翔は落ちたか?」

 皇帝の後ろに控えている近衛兵、神官、部下たちも、この場にいるものすべての目が、マドルと呼ばれた軍師に向いている。

「皇帝、あの国はそう簡単には落ちません」

 その言葉に、皇帝はカッと目を見開いて声をあげた。

「一万以上の兵を引き連れても敵わぬと申すか!」

「皇帝、落ち着いてください。あの兵はもともと、あってないようなもの、今回は物資も最低限にしか使ってはおりません」

「そなた、必ずや泉翔を手中に収めると、揚揚と進軍したではないか!」

 痩せ細った皇帝の腕が、わなわなと震えている。
 この数年でロマジェリカは、ジャセンベルにその領土を大幅に奪われた。

 物資は尽きかけ、枯れた土地では食料もままならず、国民だけでなく王族さえも常に餓えている。

「ですから今回渡ったことで、そのために必要な種は蒔いて参りました。急いては事をし損じます。数カ月の辛抱です」
 
 ゆっくりと言い含め、マドルは皇帝以下、その周りのものたちを見すえた。

「ことが運べば今回失った一万の兵など足もとにも及ばないほどの力が手に入るでしょう。そうなれば小さな島国一つ、あっという間に手に入れてみせます。それを足がかりに一気に大陸の統一にかかれば、この世界のすべてが皇帝の手中に収まりましょう」

 皇帝の目が忙しなく泳いでいる。
 マドルは表情を変えずとも、その姿に心底、嫌悪感を抱いていた。
 一国の皇帝ともあろうものが、孫ほどの歳の自分に頼りきりで、本当に情けない姿だ。

 最もそうなるように仕向けたのはマドル自身なのだけれど――。

 笑いが込みあげそうになり、つい口もとが引きつる。
 比較的、年配者の多いロマジェリカの軍の中で、自分の地位を確立させるためにマドルは惜しみなくその能力を使った。

 昨年、庸儀を相手にその部隊を壊滅させて戦果をあげ、領土を増やしてからというもの、徐々に幅を広げ、皇帝に取り入り今の地位を得ることとなった。

 機嫌を取り、敬っているように見せながら、言葉巧に操り、皇帝の精神にダメージを与え続けてきた。
 その甲斐あって、今や皇帝はマドルの助言なしにことを動かそうとしない。

(いずれは私の思うままに……)
 
 当然、そのときには邪魔な皇帝には崩御頂くこととなるだろう。

「さあ、少しお休みください、お体に障ります。泉翔を落とすべく蒔いた種が芽を出すまでは、私がジャセンベルの領土を奪い、物資や食糧を手に入れてまいりましょう」

 そばに寄り跪くと、その手を包むように握ってささやいた。
 コクコクとうなずいた皇帝は、側近のものたちに手を借りて立ちあがった。

「マドルがそういうのならば、すべて任せよう。良い報告を待っておるぞ」

 そう言って自室へと戻っていった。
 後姿を見送るその瞳は、細く深い青色に輝いていた。
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