蓮華

鎌目 秋摩

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待ち受けるもの

第70話 大国の武将 ~サム 1~

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 ヘイトでは、十六年前に王が変わった。

 サムはまだ子どもだったけれど、爺さまに連れられて初めて見た、新しい王の姿を今でも鮮明に思い出せる。
 どこの村にもいるような、平凡なおじさん、そんなイメージだった。

 先代の王は気性の激しい人物だったらしく、他国や泉翔への侵攻に熱心で、兵糧を搾り取られて国中がいつも餓えていた。

 ある程度の年齢に達した若者は否応なく徴兵され、二度と村に戻ってくることはなかった。
 爺さまや両親、村の大人たちが常に批判していたことも覚えている。

 それが新しい王になってからは、侵攻主体の国政が防衛主体に変わり、志願するもの以外が無理やりに徴兵されることもなくなった。

 代わりに各村に、土地の開拓を推奨する通達が成された。
 土地を切り開き、村を担ったのは多くの若者たちだ。
 やがて植物、作物が安定して育ち始めると、それに合わせて生き物も増えてゆき、少しずつ国が豊かになった。

 誰もが充実した生活を送り、軍に属しているものたちも、それを守るために防衛に力を注ぐことを覚えた。
 ゆっくりではありながら、確実に国の意識は変わっていった。

 ただ椅子に腰かけているだけでなく、時折ぶらりと村にやってきては、労いの言葉をかけてくれる……。

 サムは相応な歳になったとき、この王とともに国を守っていくことができれば、そう思って軍に志願することを決めた。

 防衛をするための兵の配置や物資の供給、動くタイミングなどを考えるのは、思いのほか面白く、しかもサムに向いていたようだ。

 幸いにも術師としての能力も、ほかの兵には引けを取らないほどで、他国の情報収集も熱心にしたため、気がつけば、それなりの地位を得て部下を持ち、王のそばにいることが多くなった。

 泉翔への侵攻も他国のそれとは違い、その土地がどれほどに育まれているのか、どんな植物や作物、生物が生息しているのか、あわよくばそれを持ち帰ることができれば、そんな思いでおこなっていたに過ぎない。

 今にして思えば、もっと正当な手段で泉翔に働きかけ、協力や援助を求めるのが得策だっただろう。
 けれど、長い年月を争うことで費やしてきた意識は、どこか麻痺をしていて、手にしたいものは奪い取る。そこへしか行き着かなかった。

 それでも、独自で育むことを始めた土地は、当時からは見違えるほどに変わっている。

「そういわれると、確かに長いあいだ、ヘイトからの侵攻はなかったな……」

 レイファーが誰に言うともなしにつぶやき、サムはうなずく。

「事態が急変したのは、今年に入ってからでしてね。ひところ、ロマジェリカからの侵攻が激しくて、防衛がおぼつかずにずいぶんと土地を荒らされ、兵力を削がれました」

「あの国は軍師が変わってから、動きがおかしいだろう? あれほどに枯れた土地でありながら、進軍の力が衰えないうえに、兵数も一向に減る様子がない」

 ジャックが身を乗り出して問いかけてくる。
 やはりジャセンベルでもサムと同じ疑問を抱えているようだ。

「おまけに庸儀と同盟を結び、二国でうちをつぶしにかかってきた。私たちの国は他国に比べて規模が小さい……てっきりあなたがたの国に対抗するものだと思っていましたからね、ろくに抵抗もできないまま、だいぶ痛めつけられましたよ」

 今、思い出しても苦々しい感情が沸き立つ。
 不意を突かれて防衛が間に合わず、いくつものつぶされた村を前に、悲痛な声を上げた王の姿が、サムの目に焼きついたままだ。

 以来、王は軍のものを含めた国民が傷つくことに、ひどく怯えるようになった。
 どう見ても、国に不利としか思えない条件を提示されているにも関わらず、なんの抵抗も見せなかった。
 常にサムがそばにつき、どうにかなだめてはみたものの……。

「我が国の王はどうにも人が良過ぎましてね。そんな目に遭わされたものですから、すっかり委縮されてしまって……先だってロマジェリカと庸儀から、どう考えても理不尽でしかない要求を突きつけられたにも関わらず、皆の反対を押し切って調印してしまった……」

「恐らく昨日の会談でも、ロマジェリカは同じ条件を提示してきたのだろうと思う。あれを呑むなど、どれほどに足りない王なのかと思ったが、なるほど、そんな事情があったのか」

 結局、調印してしまったことで、資源の供給、不足した兵を補うための徴兵を余儀なくされ、どの村にも若者の手が足りなくなり、これまで培ってきたものが、無駄になりつつある。

「それにしても、きさまほどのものならば、会談に同席していれば、いくらでも相手をやり込めて追い出す算段くらいはつけられただろう? なぜ、そうしなかった?」
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