蓮華

鎌目 秋摩

文字の大きさ
上 下
342 / 675
待ち受けるもの

第120話 回復 ~鴇汰 3~

しおりを挟む
「鴇汰くんの使ったボートじゃ、とてもじゃないが泉翔まではたどり着けないだろう? 私が式神を使って一緒に行けば早く着くけれど、嫌なら送り出すだけでも構わないよ。そのぶんスピードが出せずに着くのも遅れるけれどね」

「嫌なわけがないだろ? 俺、ずっと言ってるじゃんか、泉翔で一緒に暮らそうってよ。叔父貴があの国を嫌ってんのかと思ったんだよ」

「別に泉翔が嫌いだなんてことはないよ。ただ、一つ所にとどまるのはどうも苦手でね。これまでは、どうしてもこっちにいる必要があったし……今、ちょうど向こうに用があるから一緒に行くと都合がいいんだよ」

「ふうん……」

 器を手にして一気に薬を飲み干すと、鴇汰はテーブルに両肘をついて頭を抱え、必死に気分の悪さをこらえた。
 眠気も感じるけれど、どうしても耐えられないほどではない。
 大欠伸をして両手で顔をさすり、頬を軽くたたく。

「どっちにしても戻るには叔父貴の手を借りなきゃ……俺にはどうにもできないんだし、一緒に行くってんならそれでいい」

「それじゃあ今夜から明日の昼までしっかり休んで、夜までに支度を済ませることにしよう」

 クロムは立ち上がって隣の部屋へ入り、数分して戻ってくると目の前に虎吼刀を置いた。

「虎吼刀……」

「川底をさらって探し出すのは大変だったよ。でもこれがあったほうがいいだろう? それから荷物も拾えたものをいくつか持ち帰ってきているよ」

「助かるよ。泉翔に戻ればほかにもあるけど、こいつが一番しっくりくるんだ」

 柄を握って感触を確かめながらそう言った。
 一度抜いてみようかと思った瞬間、背後から怒っているような焦りを感じて、鬼灯の存在を思い出した。

「そうだ、叔父貴。厚手の布か革、なんでもいいんだけどあまってないか? できれば少しばかり長めがいいかな」

「革? そんなもの、どうするんだ?」

「俺、鬼灯も連れていかねーと……鞘がないから、なにかで刀身を包んでいかなきゃあぶねーだろ」

 フン……とクロムは小さく鼻息を漏らしてから、鬼灯とその下の小箱を一緒に持ってきた。
 小箱の中から細長い筒状の革袋を出し、掲げてみせると苦笑いをした。

「そう言われるような気がしてね、簡単な袋を作っておいたんだ」

「ホントに? マジで助かるよ」

「でもねぇ、その刀は鴇汰くんのものじゃないだろう? どうも変な癖があるようだし、キミに扱えるのか?」

 心配そうに鴇汰を見ているクロムから革袋を受け取ると、早速、鬼灯をその中に納めた。

「やっぱそういうの、わかる? 正直、俺に扱えるかは自信がねーんだよな。けど……」

 コイツが必要になるんだよ、不意に言葉が口をついて、自分でも驚いた。

「……あれ? いや、でもなんとなく、そんな気がすんだよな」

「必要になる、か……鴇汰くんがそう感じるなら、それでいいのかもしれないな」

 クロムは立ちあがってテーブルの上の器や鍋を片づけると、さらに灯りを増やした。
 窓の外はすっかり夜の色に変わり、静まり返った中に風の通り過ぎる音だけが聞こえてくる。
 そういえば、泉翔に用があると言ったけれど、クロムが泉翔を離れて十七年も経つ。いまさら、なんの用があるというのか。

「なぁ、泉翔に用があるって、もしかして準備がどうこうってのと関係があるのか? あんた向こうで、そんなに親しくしてた人なんていたっけ?」

「そりゃあ……私だってそれなりに人付き合いくらいはあったよ」

「そうだろうけど、今、この時期に……」

 流しに立ったクロムは、鴇汰を振り返りもせずに洗い物を始めた。
 なにか手伝おうかと問いかけても、なにもしなくていいと言う。
 テーブルにうつ伏せて、窓に目を向けた。

(あさって……か……)

 麻乃を大陸に残して自分だけ泉翔に戻ることに、どうしても抵抗がある。
 けれど、みんなが言ったように修治になにか策があるのなら、それに乗ることで無事に救い出せるなら、今は戻るのが一番なんだとは理解している。

 テーブルに乗せたままにしていた鬼灯が、カタリと動いた。
 手を伸ばし、袋の上から柄を握ってみる。
 かすかに伝わってくる熱が、冷静になれと言っている気がする。

 癖があるというけれど、それを抜いてもコイツは自己主張が強すぎる。
 本当に扱えるのかと不安が過ぎった。

『今はおまえで我慢してやるよ』

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどに強く、さらに熱がこもった気がして、つい含み笑いを漏らした。
しおりを挟む

処理中です...