蓮華

鎌目 秋摩

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待ち受けるもの

第152話 不可思議 ~修治 3~

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 ボンネットに寄りかかっていた体を起こし、鴇汰は修治と反対側のドアの前に立つと、車の屋根で頬づえをついた。

「……あとでも良かったんだけどさ、ちょうどいいから今、聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「俺たち、大陸に渡ってからずっと追われていたんだよ。あんたたちは、どうだったんだ?」

 ついさっきまで落ち込んでいたのとは違い、今度はしっかりとした表情だ。

「こっちも同じだ。どうやらあの黒玉が、まがいものだったらしい。サムに助けられたとき、そう聞かされた」

「俺も、叔父貴に同じことを言われた。あれは大陸で術師が敵を追うのに使うんだ、って」

「そんなもんを持っていれば、迷うこともなく追ってこられるのも当然の話しだな。それにしてもなんだって婆さまはそんなものを持っていたのか……」

「その黒玉、どうした? 上層に渡したのか?」

「いや、俺たちの石はサムが大陸で捨てちまったんだよ。だから今、上層と妙な具合になっている」

「そうか……なぁ、うちの国、なにかおかしいって言ってたろ? あれはどういうことなのよ?」

 昨夜、確かに岱胡がその話しをした。
 戻ってからすぐに休むと決めたから話す時間もなくて忘れていた。
 鴇汰はずっと、気にしていたのかもしれない。

 とりあえず戻ってから修治と岱胡が受けた仕打ちを話して聞かせた。
 鴇汰は険しい表情で話しを聞いたあと、後頭部をガリガリ掻いた。

「ふうん……まぁ、確かに敵兵であるはずのやつに助けられた、ってのは、これまでのことを考えたら疑われても仕方ねーか……にしても、軟禁ってのは、どう考えてもおかしいな」

「麻乃のこともそうだ。執拗に麻乃にこだわる。その癖、一向に腰を上げやしない。黒玉にしても、調べるつもりもないらしい。まぁ、現物がない以上は仕方ないんだろうがな」

 鴇汰は車のドアを開け、車内から鞄を取り出すと、ポンポンとたたいてみせた。

「俺、持ってんのよ、黒玉」

「本当か! でかしたぞ、鴇汰……そいつがあれば上層の奴らも神殿も、こっちの言葉を聞き入れる! すぐに中央に向かって黒玉を提出するぞ!」

「そいつはダメだ」

「なにを言ってやがる! それがあれば、これからの防衛の準備もなにもかも、スムーズに進むかもしれないんだぞ!」

「夢に見たんだ。婆さまが、こいつをサツキさまに渡せって言った」

「婆さまが? だが、婆さまはもう……」

「だからだ。だからこそ、こいつはサツキさまに渡したい。けど、あんたの話しを聞いてると、それは難しそうだ」

 シタラは出航日に亡くなっている。
 いや、恐らくそれ以前にだろう。
 夢に見たということは、シタラが鴇汰に会いに来たのか。
 それでサツキに石を預けろと言ったなら、必ずそこになにか大きな意味がある――。

 ただ、サツキに用があると言ったところで、相手にされないだろう。
 うっかりすれば、また軟禁、もしくは監禁されてしまうかもしれない。

「俺、麻乃を助けるためなら、あんたにいくらでも手を貸すし協力だってする。いうことだって必ず聞く」

 真顔になった鴇汰は、修治の目を真っすぐに見つめて、ハッキリとした口調でそう言った。

「俺は婆さまのいうとおりにするのが、麻乃を助けるのに繋がる気がするのよ。だから、あんたに一緒に考えてほしいんだ」

「そうかもしれないが……けどな……」

 難しいどころの話しじゃないぞ、そう言いたかった。
 けれど、すがるような鴇汰の瞳を見ていると、なんとかしてやらなければならない、そんな思いが強く湧いてくる。

(あんたんトコの高田さん、あの人ならやりかねない。違うか?)

 鴇汰の言葉がよぎった。
 そうか……先生ならなにかいい手を見つけてくれるに違いない。

「――西区だ。鴇汰、高田先生に相談してみよう。うまい方法を考えてくれるかもしれない」

「けど……あの人も、あんたと同じで上層に提出しろって言うかもしれないだろ?」

「先生も元蓮華の方々も、上層には愛想を尽かしている、大丈夫だ。おまえも気づいただろう? 言ったはずだ。うちの先生は目的のためなら手段を選ばない」

 言いながら、思わず表情が緩んだ。
 それを見た鴇汰の口もとも吊り上がった。

「それから、あんたは麻乃が西浜から来るって言ったけど、俺にはどうしても、あいつが西区を襲うとは思えないのよ。だから、俺は北浜で待とうと思う。駄目か?」

 蓮華が今、三人しかいない以上、一カ所に固まるとバランスが崩れてしまう。
 修治は絶対に西区に詰めるつもりだ。
 鴇汰が同じように考えて、西区と言い出したら、どう説得したものかと悩んでいた。

 それが、鴇汰のほうから北浜だと言う。
 願ってもないことだ。

「駄目なわけがないだろう? となると、南は岱胡だな。それで確定しよう」
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