蓮華

鎌目 秋摩

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待ち受けるもの

第155話 不可思議 ~岱胡 3~

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「……おまえは一人きりで敵陣に乗り込み、麻乃を助け出してくる自信はあるか?」

「それは……一人きりで、ってことになったら……」

「いくら鴇汰でも、一人じゃなにもできずに命を落とすだけだ。あいつに無駄死にをしろというのか?」

「そこまでは……でも……!」

「ここにいる全員、良く考えろ。鴇汰のやつが一人でここに戻ってきた意味を。どんな思いで戻ってきたのかをな」

 修治の言葉に誰もが考え込み、談話室の中は静まり返った。

「安部隊長の言わんとすること、長田隊長の思いがわらないやつは、今夜の打ち合わせには出なくていい」

「自分の感情だけを剥き出しにするやつは邪魔だ、宿舎で寝てろ。けれど今夜、俺たちが決めてきたことには、必ず従ってもらう」

 杉山と大石が修治の言葉のあとを継いだ。
 これまでも何度かの話し合いで、岱胡も麻乃の隊の古株連中とは良く顔を合わせた。

 そのときの言葉も態度も考えかたも、すべてがほかの誰もと違う。
 きっと最悪の事態を前に想像以上の覚悟をしているのがこいつらなんだろう。
 それをわかっているからか、修治も絶対の信頼を置いているようだ。

「安部隊長、それで……うちの隊長は、ロマジェリカでは……自分はあの国出身です、あの国じゃ異人は……」

 古株の一人、岡山がためらいがちに修治に問いかけた。
 泉翔にはハーフやクオータほか、多少なりとも泉翔人の血を含んだロマジェリカ人が多くいる。
 鴇汰や梁瀬がそうであるように混血であるがゆえに大陸を追われたものたちだ。
 岡山も顔はしっかり泉翔人だけれど、髪は鴇汰と同じで栗色だ。

「それは心配しなくても大丈夫のようだ。ただ、大きな問題はある」

 誰かがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。
 それほどに今は、部屋中が静まり返っている。
 その後に修治がなにをいうのかわかっている岱胡でも、このときばかりは緊張した。

「麻乃は鬼神として目覚めた。ロマジェリカに加担して、大陸で反同盟派の五万の部隊を三分の一、たった一人で減らしたそうだ」

「……そんな」

 隣で大石が呟いた。
 杉山も豊浦も、古株のものたちでさえ顔色が変わった。
 一番危惧していたことが現実になったのだから当然の反応だろう。

「一週間の内に同盟三国は、ほぼ全軍を率いて泉翔へ向かってくる。どの浜にどの国がくるかはわからないが、その内の一つを率いてくるのは麻乃だと思え」

 息をするのも忘れたように、その場の隊員たちは、ただ黙って修治を見つめている。
 確かな筋の情報だと修治はそう言って少し間を置いてから、もう一度、談話室にいる全員の顔を見た。

「やつらがこの国に着くまで、もう時間がない。各自、為すべきことをしっかりやってくれ。そのほかの詳細については今夜の打ち合わせで話す。以上だ」

 修治が最後にそう締め括ると、全員が一斉に立ち上がり、談話室を出ていった。

「ったく……ガキでもないのに、こうまでケツをたたかないと動かないんだから」

 杉山がポツリとこぼした。

「納得なんかできないのはわかっているが、今は動いてもらわなければな……時間がないのは本当だ」

「それより隊長が覚醒したというのは……本当にロマジェリカに加担しているんですか?」

 豊浦が気になって仕方ないのか、早口でまくし立てた。

「情報は確かだと言ったろう? それも二カ所から上がってきている」

「そうですか……」

「杉山、頼んでおいた、予備隊と訓練生の振りわけはどうなった?」

 そう問いかけた修治の目の前に、杉山はファイルを三冊、差し出してきた。

「もちろん済んでます。経験年数ほか、考慮して武器も偏らないようになっています。これは安部隊長たちのぶんです。残りは増刷中です」

「助かる。これでこのあとの移動や指示が出しやすくなる」

 岱胡にも一冊、差し出され、受け取ると中を確認した。
 各浜ごとに同人数になるように振りわけられ、一部隊として括られている。
 経験年数順に名前が連なっていて見易い。
 名前の脇には、それぞれが使う武器が記入されていた。
 見れば銃を使うものも、奇麗に振りわけられている。

「これ、凄く助かる。うちの部隊、偏らないように三つに別れるから、自分の隊が率いる奴らがすぐにわかるのはありがたいッス」

 そう言った背中を、修治に軽くたたかれた。

「おまえの部隊と梁瀬のところには別れて各浜で対応してもらうからな。手間になるだろうが……」

「うちは大丈夫ッスよ、古株が俺よりしっかりしていますから。それより、梁瀬さんの部隊もわけたとして……頭、どうするんス?」

「その辺は、恐らく梁瀬の隊の中で決めてあるだろうと思う、今夜にはわかるさ」
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