蓮華

鎌目 秋摩

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待ち受けるもの

第159話 陰陽 ~修治 2~

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 泉翔を落とすなら中央へ進軍するのは間違いない。
 これまで一度も島に足を踏み入れたことがない三国のやつらは、正規のルートで中央に向かうだろう。
 迷うことになるかもしれない山に、上陸してすぐに入り込もうと考えはしないはずだ。
 鴇汰はそう言う。

 さらに、どの区にも浜から中央への道に沿って演習場がある。
 そこに物資を置いて拠点にしようと言い出した。

「ちょっと待て、おまえの言いたいことはわかった。いい考えだとも思う。けどな、それは今夜の打ち合わせで話したほうがいい」

「そりゃあ、いきなりここで決められないのはわかってるけどよ。先にあんたに聞いといてほしかったんだよ」

「俺に?」

「あぁ。あんたはどう考えるのかを知りたかった」

 答えを引き出したい、そんな目をしている。
 鴇汰も修治と同じように迷っているのだと感じた。

「いい考えだと思う、って言っただろう? 俺はさすがにそこまでは思いつかなかったからな」

 それを聞いて、鴇汰はホッとした表情を見せた。
 乱暴なやりかたかもしれない、けれど鴇汰のいうように海岸でひしめき合いながら多勢を相手にするには、こちらが少数過ぎる。
 無駄に危険が増すというのは良くわかった。
 クリアしなければならない問題も多そうだが、うまくすればかなり優位に立てそうだ。

「ゆっくり考えたいのはわかるけど、拠点を作ったりするには急いで決めないと、って思うのよ」

「……そうだな」

「夜までまだ時間はあるし、いろいろと話しておかなきゃならないよな。岱胡も交えてさ」

 急に変なやる気を見せ始めた鴇汰と鬼灯が重なって見える。
 落ち着かせるように軽く背中をたたいた。
 小会議室に戻ると岱胡は杉山から受け取った資料を見入っている。
 麻乃の隊員たちが誰もいなくなっていて、問いかけると資料を増刷しに行ったと答えた。

「とりあえず今夜の打ち合わせの前に、昨夜、俺たちが聞いたことを話さなきゃならないと思う」

「麻乃さんのこと、ですか?」

「それだけじゃねーよ、もう一週間しか時間がないことも、ジャセンベルのやつらがこれを機に大陸の統一を狙ってることも全部だろ」

「あぁ、先に話しておかないと思うことと違う方向へ動いてしまうかもしれないからな」

 独断でレイファーの呼び出しに応じた以上、聞いたことは自分の口で、ちゃんと説明しなければならない。
 なにも言わずに事を進めようとしても、高田は絶対に首を縦に振らないだろう。

 ただ……話しの持っていきかたが問題だ。
 敵兵との密談から得た情報ともなれば、穏やかで済まない。

「それから黒玉の件も頼むよ」

「わかってる。サツキさまだけを呼び出すのは難しいと言われたが、手がないわけじゃないらしい。行って理由を説明すれば力になってもらえそうだ」

「そっか……良かった」

「黒玉ってなんのことッスか?」

 鴇汰と顔を見合わせた。
 そう言えば岱胡にはまだ話していなかった。

「実は鴇汰が黒玉を持って帰ってきている」

「マジですか! やったじゃないッスか! それがあれば上層だって……」

 修治と同じ反応をした岱胡を見て苦笑した。
 そして鴇汰に上層には渡さないと言われ、同じように憤慨している。
 鴇汰が夢の話しをしてやると、不満そうな顔をしながらも納得したようだ。

「とにかく、順を追って昨日のことをまとめちまおう」

 三人で試行錯誤しながら昨夜の出来事をメモに書き出した。
 大事なことはそれを見れば全部わかる。
 気がつけばもう夕暮れで、外から何度か鳥のさえずりが聞こえた。
 声のほうへ視線を巡らせると、小会議室の窓から見える外灯に一羽とまっている。

「しまった! 忘れてた!」

 ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった鴇汰が、やけに慌てた様子で会議室を飛び出していった。

「突然なんだ?」

「……さぁ?」

 開け放たれたままの扉を岱胡が閉めた。
 ふと窓の外に目を向けると、さっきの鳥はもういなくなっていた。

「岱胡」

 手招きして岱胡を呼び、小声で話した。

「はい?」

「ちょっと用があってな、俺はこれから高田先生のところへ行こうと思う」

「あ、もしかして、さっきの麻乃さんの話しですか?」

「あぁ、高田先生も同じことを考えるに決まってる。もしも口に出されたら、鴇汰のやつが血相変えて西区に詰める、って言い出すのが目に見えるようだろう?」

 岱胡はプッと吹き出した。
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