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大切なもの
第8話 生還 ~巧 3~
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泉翔を目前にして、梁瀬は北浜から大分離れた海上に点在する岩場へと式神を下ろした。
「ちょっと、こんな場所でどうしたのよ?」
「このままじゃ結界にさえぎられちゃうから」
そう言いながら梁瀬は腰を低くして小さな岩の周りを見回している。
確かに結界のおかげで外部から泉翔内に式神が通らないことは知っていた。
けれどこんなときにこんな場所で立ち往生させられるとは。
「どうするのよ。泉翔は目の前だって言うのに……」
「あった」
「なにがよ?」
梁瀬は巧の問いに答えず、荷物を海へ落として自分までもが岩場から飛び降りた。
「ちょっと――!」
あわてて飛び降りた場所から下を覗き込むと、梁瀬はボートのエンジンをかけながら、大声で巧を呼んだ。
「巧さんも早く! ここからあの崖っぷちまで移動してから、北浜に向かうから」
「そのボート……」
「早く!」
急かされて、仕方なく飛び降りると待っていたかのように梁瀬は舵を切って海へと滑り出した。
「本当はもう少し近くから泳がなきゃならないかな、って思ってたんだけど、クロムさんが準備をしてくれていたんだよ」
「クロムさんが?」
「そう。入れないだろうから使いなさいって。このほうが時間もかからないし無駄な体力を使わなくて済む。それになにより安全だからって」
「……へぇ、そうだったの」
自分たちを残して鴇太とともに泉翔へ渡ってから、きっと様々な準備をしてくれていたのだろう。
十分もかけずに崖の下へとたどり着いた。
「巧さん、悪いけどボートを繋いでくれる?」
「わかった」
言われたとおりに近くの岩にロープを繋いでいるあいだに、梁瀬は再度、式神を出した。
促されて式神にまたがった瞬間、北浜の方角から大勢の声が響いてきた。
「まずいわ。動きだしたんじゃあない?」
「うん。急ごう」
式神は大きく羽ばたきをして、そのまま北浜へと向かってスピードを上げた。
崖の上の森に入り、木々を避け、更に上へと舞い上がったところで、北浜の様子が目に入った。
ヘイトの兵は先陣で出た数が少なかったのか、浜にはかなりの数が見える。
応戦しているのは鴇太と穂高の部隊だろう。
森の出口には岱胡の隊員たちらしき影も見え、銃声も耳に届いた。
いよいよ戦場の上に差しかかり、目を凝らして鴇太の姿を探した。
けれど、暗いせいでどうにもハッキリと見わけがつかない。
梁瀬も同じなのか珍しく舌打ちをすると、スピードを落として旋回した。
「様子がおかしい! みんなの動きが鈍いわ!」
「金縛りだ……術師がいる……」
梁瀬はそう呟き、高度も落とした。
そのおかげでようやく鴇太らしき姿を確認できた。
やっぱり動きが鈍い。
「ヤッちゃん! 今、鴇太が――!」
「巧さん、ジャセンベルが着いた!」
巧と同時に梁瀬が大声を上げ、巧が海岸へ目を向けたときに誰かの叫んだ声が聞こえた。
「――敵の援軍だ!」
グラリと式神が大きく体を傾け、更に高度を下げる。
「巧さん! タイミングを見て飛び降りて! 僕は岱胡さんの隊員たちへ連絡に向かう!」
「わかった!」
「伝令を回したら、鴇太さんを迎えにすぐに戻るから!」
振り返った梁瀬にうなずいて答え、目をしっかりと見開き、鴇太の姿を見つけると、式神の背中を強く蹴って飛び降りた。
高い場所から飛び降りることには慣れている。
けれど動いているものから飛び降りるのは初めてだったせいか着地したのは鴇太からかなり離れた場所になってしまった。
「ああっ! もうっ!」
自分の不甲斐なさを、今は嘆いている場合じゃあない。
突然現れた巧に驚きながらも向かってきた敵兵を薙ぎ倒し、周囲をぐるりと見回した。
(――いた!)
ひどく焦った様子の鴇太は、鈍い動きながらも隊員たちを庇うように周辺の敵兵を斬り伏せている。
少しずつ鴇太との距離が縮まっていく。
鴇太のほうは、波打ち際でなにが起きているのか気になるようで、注意力も散漫だ。
(あのバカ……こんなときに目の前の敵に集中しないなんて)
鴇太のすぐそばにいた橋本が、背後に迫る敵兵に気づいたようだ。
「長田隊長!」
振り返ろうとした鴇太の背に、敵兵の掲げた剣が振り下ろされた。
巧は砂を蹴って走り、辛うじてそのあいだに割って入った。
敵の目一杯の力を龍牙刀でしっかりと受け止めたものの、勢いで背中が鴇太の肩にぶつかった。
「ったく……こんな状況でぼんやりしてるんじゃあないよ」
わずかに顔を向けた視線の先に、驚いて目を見開いている鴇太の顔が見えた。
「ちょっと、こんな場所でどうしたのよ?」
「このままじゃ結界にさえぎられちゃうから」
そう言いながら梁瀬は腰を低くして小さな岩の周りを見回している。
確かに結界のおかげで外部から泉翔内に式神が通らないことは知っていた。
けれどこんなときにこんな場所で立ち往生させられるとは。
「どうするのよ。泉翔は目の前だって言うのに……」
「あった」
「なにがよ?」
梁瀬は巧の問いに答えず、荷物を海へ落として自分までもが岩場から飛び降りた。
「ちょっと――!」
あわてて飛び降りた場所から下を覗き込むと、梁瀬はボートのエンジンをかけながら、大声で巧を呼んだ。
「巧さんも早く! ここからあの崖っぷちまで移動してから、北浜に向かうから」
「そのボート……」
「早く!」
急かされて、仕方なく飛び降りると待っていたかのように梁瀬は舵を切って海へと滑り出した。
「本当はもう少し近くから泳がなきゃならないかな、って思ってたんだけど、クロムさんが準備をしてくれていたんだよ」
「クロムさんが?」
「そう。入れないだろうから使いなさいって。このほうが時間もかからないし無駄な体力を使わなくて済む。それになにより安全だからって」
「……へぇ、そうだったの」
自分たちを残して鴇太とともに泉翔へ渡ってから、きっと様々な準備をしてくれていたのだろう。
十分もかけずに崖の下へとたどり着いた。
「巧さん、悪いけどボートを繋いでくれる?」
「わかった」
言われたとおりに近くの岩にロープを繋いでいるあいだに、梁瀬は再度、式神を出した。
促されて式神にまたがった瞬間、北浜の方角から大勢の声が響いてきた。
「まずいわ。動きだしたんじゃあない?」
「うん。急ごう」
式神は大きく羽ばたきをして、そのまま北浜へと向かってスピードを上げた。
崖の上の森に入り、木々を避け、更に上へと舞い上がったところで、北浜の様子が目に入った。
ヘイトの兵は先陣で出た数が少なかったのか、浜にはかなりの数が見える。
応戦しているのは鴇太と穂高の部隊だろう。
森の出口には岱胡の隊員たちらしき影も見え、銃声も耳に届いた。
いよいよ戦場の上に差しかかり、目を凝らして鴇太の姿を探した。
けれど、暗いせいでどうにもハッキリと見わけがつかない。
梁瀬も同じなのか珍しく舌打ちをすると、スピードを落として旋回した。
「様子がおかしい! みんなの動きが鈍いわ!」
「金縛りだ……術師がいる……」
梁瀬はそう呟き、高度も落とした。
そのおかげでようやく鴇太らしき姿を確認できた。
やっぱり動きが鈍い。
「ヤッちゃん! 今、鴇太が――!」
「巧さん、ジャセンベルが着いた!」
巧と同時に梁瀬が大声を上げ、巧が海岸へ目を向けたときに誰かの叫んだ声が聞こえた。
「――敵の援軍だ!」
グラリと式神が大きく体を傾け、更に高度を下げる。
「巧さん! タイミングを見て飛び降りて! 僕は岱胡さんの隊員たちへ連絡に向かう!」
「わかった!」
「伝令を回したら、鴇太さんを迎えにすぐに戻るから!」
振り返った梁瀬にうなずいて答え、目をしっかりと見開き、鴇太の姿を見つけると、式神の背中を強く蹴って飛び降りた。
高い場所から飛び降りることには慣れている。
けれど動いているものから飛び降りるのは初めてだったせいか着地したのは鴇太からかなり離れた場所になってしまった。
「ああっ! もうっ!」
自分の不甲斐なさを、今は嘆いている場合じゃあない。
突然現れた巧に驚きながらも向かってきた敵兵を薙ぎ倒し、周囲をぐるりと見回した。
(――いた!)
ひどく焦った様子の鴇太は、鈍い動きながらも隊員たちを庇うように周辺の敵兵を斬り伏せている。
少しずつ鴇太との距離が縮まっていく。
鴇太のほうは、波打ち際でなにが起きているのか気になるようで、注意力も散漫だ。
(あのバカ……こんなときに目の前の敵に集中しないなんて)
鴇太のすぐそばにいた橋本が、背後に迫る敵兵に気づいたようだ。
「長田隊長!」
振り返ろうとした鴇太の背に、敵兵の掲げた剣が振り下ろされた。
巧は砂を蹴って走り、辛うじてそのあいだに割って入った。
敵の目一杯の力を龍牙刀でしっかりと受け止めたものの、勢いで背中が鴇太の肩にぶつかった。
「ったく……こんな状況でぼんやりしてるんじゃあないよ」
わずかに顔を向けた視線の先に、驚いて目を見開いている鴇太の顔が見えた。
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