AとB

Yoshinaka

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AとB

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長い微睡から醒め、Aが小さく息を吐くと、Bが思いついたように体を離した。このような関係になった当初は、事が済むと互いにそそくさと体を離したのだが、いつからか未練がましく抱き合う時間が出来てきた。身を起こした際に自分の乳房が目に入り、Aはため息をつく。思春期以降、どれほど自分はこれの存在に悩まされてきただろう、と。だけど、それならBも同様だ。BはAとは違い、平たい筋肉質な胸を持つが、逆にそのような体つきを嫌悪して生きてきた。AとBの体が入れ替われれば苦労はしないのに、ときっとお互い考えているだろう。短い髪を振り、AはBに笑った。
「あんた、女を抱くのが上手くなったね。」
ぎょっとBが振り返る。「その言い方はよしてくれ」とはっきり顔に書いてあった。
「正気で言っている?」
かろうじて苦笑いを作ったBに、Aは勝気に微笑んだ。
「羨ましいんだよ、そうやって男らしくセックスできるあんたが。」
「だったら、僕だって女らしく色っぽい声出せる君が羨ましいよ。」
通常の男女なら、ありふれた情事後のやり取りかもしれない。だけど、AとBにとっては極めて自虐的な心理を伴う。しかし、さらに二人を戸惑わせるのは、一概に「自虐」といいきれなくなった昨今の互いの心境の変化だった。
わざと勢いをつけてAはベッドから降りた。そっと足を延ばして静かに降りようものなら、それこそ本物の女になったみたいで気が退けた。Bは反対にわざと大人しめな仕草でベッドから出る。Aが真っ先に身に着けるのはブラジャーではなく、「なべシャツ」と言われる締め付け胸バンドだ。これを着ると、晒しをまくような効果が出せる。反対にBが付けたのはブラジャーだ。最近男性でもブラジャーを秘かに着る人間が出てきたおかげで、随分下着を買いやすくなったと以前Bが話してくれた。ネット通販でしか「なべシャツ」が買えず、しかも値段はブラジャーを遥かに凌ぐことが悩みの種のAにとっては羨ましい話である。一人暮らしのAにとって、男性宅配業者がなべシャツの小包を届けに来る時ほど緊張感と複雑な気持ちに悩まされることはないのだ。これらの意地交じりのこだわりは、アイデンティティーを保つための大切な儀式だと共に認識している。互いに、肉体とは相反した性を秘める相手。だからこそAとBは出会った。



AとBの出会いは、極めて打算的なものだった。とあるネットコミュニティーの伝手で共通目的を持つものとして知り合った。どちらも望まぬ性別の体に生まれたものの、肉体上の異性を求める性欲を持て余し、そのはけ口を探していた。
初めての待ち合わせ場所は大型チェーン系列のカフェだった。先に着いたAはどこか落ち着かず、わざとガサツに足を組んだ。服装は極めて中性的。思い切って男物にしようかと思ったが、選んだのはユニクロの上下だった。しばらくして、一人の男が入ってきた。同じくユニクロで決めた相手は、きょろきょろと辺りを見回し、Aに目を止めた。静かな歩調で近寄ると、彼は穏やかな口調で尋ねた。
「あなたがAさんですか?」
「はい、そうですが。」
Aがやや緊張した面持ちで応えると、相手は安堵の息を吐いた。
「はじめまして。僕はBと言います。」
その柔和な笑顔を見、「合格」とAは心の中で呟いた。初顔合わせであることには違いないが、初デートと言うよりも、すでに真っ先の性交を目的としていた。援助交際みたいだ、とAは自嘲した。まさか、自分が不良女子高生まがいのことをするなんて、と。
二人が逢引の場所に選んだのは、それらしいラブホテルだった。せめてもっと落ち着いた場所にするべきだったかと両者ともに戸惑ったが、下手に気取った場所よりも自分たちにはむしろここがふさわしい気がした。入口の入り方や料金の支払い方はどうするのだ、とAは戸惑ったが、Bはぎこちないないながらもこなした。
「入ったことあんの?」
訝しげにAが尋ねると、「人から聞いた」とBが素っ気なく答えた。事前調査とは流石だな、とAは苦笑いを零した。
派手な作りの個室に入るやいなや、Aはさっさと服を脱ぎだした。変な間を持たせるよりも、早く始めて終わりたかった。上のシャツを脱ぐと、なべシャツに覆われた胸部が露わになり、相手が息を飲む気配がした。舌打ちしたい気持に駆られながら、きつく締めつけるそれを脱ぐ。脱いだとたん解放感と伴に乳房が零れるのを感じた。いつもこの瞬間、Aは遣り切れないもどかしさに駆られる。残ったパンツを脱ごうとして、Aはその手を止めた。つかつかとやけにでかいダブルベッドに歩み寄り、弾みをつけて仰向けに横たわった。
「これはあんたに脱がしてやるよ。どうぞ。」
ごくっとBがつばを飲み込むのが分かった。ややもどかしげな手つきでBも服を脱ぐ。シャツを取り払うと現れたブラジャーを目に留め、Aは目を逸らした。ブラジャーをしたくない女がいる一方で、乳房もないのにそれを敢えて着ける男がいる。この世は理不尽だと。戸惑いを断ち切るようにパンツを脱ぐと、BはAに覆いかぶさった。ためらいがちにパンツが下され、自分と相手が下半身もろとも密着したのを感じ、Aは最後の覚悟を決めた。Bの手が乳房や陰部をまさぐるか、それとも口が乳首や首筋を狙うか、とAは踏んだが、意外と真っ先にBはAに唇を重ねた。遠慮がちに入り込んだ舌に自分のそれで応じながらAは妙な感心をしてしまった。キスから始めとは、やけに正当律儀な手順じゃないかと。濃厚な口づけを打ち切り、Bが一旦顔を離す。「本当にいいの?」ともろに合わられた彼の遠慮ぶりに、「何を今更」とAが苦笑を返した。Bが再び顔を近づけ、Aの首筋を吸うと、Aは顔をのけ反らせて呻いた。続いてAも負けじとBの髪をまさぐりつつ、その耳元から首筋を唇でなぞった。そこで箍が外れたのか、後は雄と雌に立ち還り互いを貪るように体を交わした。
事が済んだあと、慌てて体を離したBに向かって、Aが訊いた。
「やけに手馴れてなかった?本当に初めて?」
「本当だよ。そっちこそ、本当に処女だったの?」
「当たり前じゃん。散々オナニーはしていたけどね。」
「僕もだよ。」
それだけ言うと、Bは照れ笑いをAに向けた。共犯者の気持ちを共有した喜びで、二人は顔を見合わせて笑った。その後もAとBは逢引を繰り返した。



身支度を整え、帰路につく。逢引場所から慌ただしく外に出るのは当初からだが、近頃ある変化が出た。
「あのさ。ちょっとそこで飲み物買ってきたいんだけど、待っててくれる?」
コンビニの前で足を止め、ためらいがちにBがAに振り返った。「いいよ」とAが応じると、「サンキュ」と軽く笑って小走りに店内に入って行った。そんなBの後姿を見、Aはため息を吐いた。
「コンビニなんてそこら中にあるから、別に後に行けばいいのに。何で今?」
よりにもよって援助交際まがいの相手と一緒の時に、とAは首をかしげる。こんな後ろめたい付き合いの相手とは、目的達成すれば早々別れたいものではないのか。だけどBのこの行動は、まるでAと過ごす時間を引き延ばしたがっているかのようだ。それもラブホテルの中だけでなく、何気ない帰り道にまで。加えてAが戸惑うのは、そんなBの態度に、どこかほっとしている自分であった。
コンビニから小型ペットボトルを手にしたBが出て、「待った?」と笑う。友達みたいに親しい者に向けるその表情を見、Aは軽い眩暈を覚えた。その後の駅までの道、身を寄せることもなければ、特別親しげに話をすることもない。でも、とAはすぐ隣のBを窺う。リラックスした表情のBは、それこそAと何気なく肩を並べて歩くこのひと時そのものを楽しんでいるらしい。

AとBが逢引を続けたのは、セックスの相性が良かったから。そう思っていた。しかし、この関係が続くうち、気づいたことがある。AもBも、普段はなべシャツやブラジャーを手放せない。だけど体を交わしている間だけ、それがなくても己の肉体の枷から解放され、自由になった気持ちになれる。まるで、互いに欠けたものを補うかのような完全一体感と共に。性欲を満たしたため、そんな打算的な感情だと思っていたが、それ以上のものを近頃感じてならない。もし、B以外の男性とだったら、Aはこんな気持ちになれないと思う。Bも同様だろう。かろうじて性交の間だけは解放感や一体感は味わえても、徹底的な差がある。他の男性だったら、なべシャツで胸を覆うAを憐れみか痛ましげに見るだろう。「僕と付き合ううちに、それがいらなくなるよ」と優しげに労わりながら。きっと他の女性だったら、ブラジャーを手放せないBを生理的に受け付けるかで葛藤すると思う。どちらも、一般的に不自然と言われるあり方が、自分にとっては自然だというスタイルでこの性価値観の世の中を生きている。所謂、同類、共犯者、そして相棒。思えば、最初からAもBも、そんな存在を求めていたのかもしれない。
事後にただ抱き合う時間が出来たのも、性交を出しに軽口をたたき合うのも、何かを示しているのだろう。このところ、Aは自分を抱くBの腕に、単なる性欲以外の想いを感じる。きっとAもBの体を貪るだけではなくなっているはずだ。互いに空気のように気楽で、そして大切な存在。その言葉が浮かんだ時、Aの胸にこれまでくすぶっていた危機感が一気に付きあがった。
セックスフレンドとしてならば、今のままで十分だ。だけど互いの想いに気づき、騙し合いのような関係が保てなくなるのは時間の問題だ。しかし晴れて本当の恋人になった時、自分たちは一体どうなるのだろう。自分たちをかこむ周りは、こんなあべこべな性価値観を持つ男女カップルをそっとしておいてくれるだろうか。Aの脳裏に、白くて狭い診察室が浮かんだ。向かい合って座る白衣を着た医者は、Aの話を聞き、「歪んだ女性イメージからくる錯覚です」とこともなげに言い放った。その後長い間、Aは心理療法を受け、薬を飲み、必死で女性の肉体に違和を感じなくて済む自分になろうと努めた。だけど、結局無駄だった。ある時、それをBに話したら「僕もそうだったよ」と苦笑いを浮かべていた。恋をしたのに相変わらずな自分たちは、おそらく身近な人々の思いやりからくる「助言」に悩まされるだろう。「あるべき「男女」の形」云々と武装された理屈で。そして、自分たちはそんなプレッシャーの中、自我を保てるだろうか。そんな自信など、これまでに散々干渉され臆病になったAにはなかった。
Aははたと足を止めた。そんなAに気づかずに歩くBの後姿を見据える。Aの奇妙な様子を察し、Bが足を止め振り向いた。
「どうしたの?」
気さくな口調で尋ねるBから、必死でAは目を逸らしたくなる。これ以上、彼のこの笑顔を見てはいけない。Aは秘かに決意を固めた。



いつもの駅の改札口の前でぴたりとBが足を止めた。じゃあ、と軽く手を上げて別れようとしたBに、Aが思い切って切り出した。
「あのさ、もう止めようよ、会うの。」
スットプボタンを押したようにBの動きが止まった。同時に周りの雑音まで止まったみたいだった。
「何で?」
ようやくBがかすれた声で聞き返し、Aは思わず目を逸らした。嫌な予感がした。
「だって、あんたといると、私が私でなくなっちゃうみたいだから。あんたもそうなんじゃない?」
Aは切り上げ口調で挑発的に相手を睨みつける。反射的にBがAの手首をつかんだ。そこに込められた力にAは後悔した。もっと早く会うのをやめるべきだったと。これじゃあ、別れ絡みの男女の痴話喧嘩そのままではないか。それこそ、互いがもっとも陥るのを恐れた関係ではないかと。
「僕は・・。」
Aの手首をつかんだまま、Bが呻いた。Aにとって力学の要領を活かして、Bの手を振り払うくらい訳はない。足を払うか踏んづけるのもいい。勢い余って抱き竦められた後よりも、今なら振り切るのは簡単だ。しかし、どうしたわけかAの体は動かなかった。
Bは微動だにせずに、唇をかみしめた。「男らしく踏み切れないのかよ」と言いかけてAは自嘲する。自分だって女になりきれないからこそ、彼との関係を切ろうとしているのに。
しばし、凍ったような沈黙が続いた。Bの手から諦めたように力が抜けかけたのを機に、Aは思い切りその手を振り払った。互いの未練を断ち切った瞬間だった。
Bはくるりと背を向けた。歩きかけて思いとどまり、Aに振り返る。泣きそうな顔をして、Bは吐き捨てた。
「もっと簡単なものだと思っていた。」
「それはセックスだけの関係?それとも本当の恋愛?」
Aが突き放すように聞き返すと、Bは何も答えず前に向き直り歩き出した。彼の後姿が改札を抜け雑踏に紛れると、Aの胸が詰まり両目から涙が溢れた。


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