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序章

2 列車にて

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 異端。それは聖教国が定めたこの世に存在してはならない者、事象、物体、概念。その存在は最終的にこの世に生きる全なる生物たちを汚し滅ぼす。故にいてはならない。存在が許されない。
 だから殺す者たちが現れた。
 執行者。天神の名の下に異端を刈り取る者。聖教国によって作られた組織、執行機関『アンゲルス』に属する者たちの総称。影の存在である彼らは聖教国の守護者たる輝かしい聖騎士たちとは違い、表に姿を表すことはない。ただ命令に従い粛々と異端を殺す。
 俺を拾ったのはそんな執行者である男女だった。男の名前はイナニス、女の名前はノレア。どちらも執行機関の幹部であり、あの日村に現れた黒い異形を追っていたらしい。
 そんな彼らに拾われた俺は執行者になった。戦闘の経験はない。そんな世界で生きていなかったから。だからノレアが俺に教えてくれた。戦い方を、生きる術を。
 
******
 
 「起きろ、シン」

 名前を呼ばれて瞼を上げる。
 なんの模様もない真っ白な仮面が俺を覗いていた。表情はわからないけど、仮面の下に不機嫌そうな顔があるのは目に見える。

 「着いた?」
 「まだ。でももうすぐだ」
 「了解」

 俺を起こしたのは仮面で顔を覆っている少女。名前はティア。
 執行者は2人、あるいは3人でチームを組むようになっている。ティアは俺のチームの1人だ。もう1人メンバーにティアの双子の姉であるフィアがいるが、今回は他の仕事があって来ていない。まあ今回は戦うわけではないし問題はないはずだ。

 「仮面、外したら?」
 「やだ」
 「なんで? 誰もいないのに」
 「他の車両にはいるだろうが。万が一でも見られたら困る」

 ティアが仮面をしてるのは仕方なくだ。隠さないといけない理由がある。

 「残念。せっかく綺麗な目してるのに」
 「…………」

 仮面の下にあるティアの瞳は赤と青のオッドアイ。宝石みたいでとても綺麗だ。

 「……そういうのはフィアに言ってやれよ、アホ」
 「どうして?」
 「さーな。自分で考えろ」

 考えてもわからないから聞いたんだけどそれを言ったら殴られるから言わない。

 「ん、見えた」

 窓から外に目を向ける。見えたのはこの魔力列車の終点、俺たちの目的地である白亜の塔。100年前の第二次天魔大戦の英雄にして『超越者』の1人、ウォレスが眠るとされている場所だ。

 「大陸の端っこまでわざわざ来させられてやるのが結界の延長だけって、何でわざわざ私たちがやるんだよ」
 「ノレアが言うには俺に剣を見てもらいたいらしいけど」

 塔の下、ウォレスが眠っているとされている場所には剣がある。
 ただの剣ではない。神々が残した武具、『神器』。その中でも最高位と言われる天神アイテールの武具『十二神器』の一つだ。
 聖教国の管理する神器であり、これは誰も手にできないよう魔術で結界が張られている。けれど封印は永続しない。摩耗する。ましてや強力な力を持つ神器の結界となれば尚更だ。だから結界を更新する必要がある。今回任された俺たちの任務はそれだ。更新自体は難しくはない。塔を守護する聖教国の騎士たちに気づかれないようにしないといけないのが面倒なだけぐらいだ。

 「お前1人で行けよ」
 「今更言っても仕方ないよ。というかティアは優しいから1人で行くって言っても着いてきてくれたでしょ」
 「なわけあるか」

 そんなわけがある。ティアはすごく優しい。言動は荒いけど。

 「──あの」

 ティアじゃない少女の声が鼓膜を揺らす。声の主はすぐ横にいた。俺と同い年ぐらいの黒髪の少女だ。珍しい。黒髪の人間なんて滅多に見ない。これまでに出会った中で黒髪だったのは俺以外じゃイナニスぐらいだ。が、正直そこはどうでもよくて、それよりも気にしなければならないことがある。……声をかけられるまで存在に気づけなかった。

 「なに?」
 「今会話に出てた剣の話……詳しく聞かせてくれませんか?」

 そう言う少女の声音は不安そうだった。俺に怯えているというのもあったのかもしれないけど、なんというか言葉が通じているかどうかレベルの不安を感じているように俺には見えた。流石にそんなわけがないだろうけど。

 「どうして?」
 「その剣に触れないといけないんです」

 触れたい、か。聖教国の人間じゃないな。いや、流石に短慮か。でも少なくとも国教であるアイテール教の信徒ではない。信徒であれば神の遺物たる十二神器に触れようだなんて言うわけがない。
 であれば何者だろうか。俺が感知できなかった時点で只者ではないのは間違いないが、判断材料が少なすぎる。困った。ティアの方をチラッと見るといつでもぶん殴れるぞって体勢だった。落ち着いてほしい。

 「あれには触れないよ。国宝だから聖教国の騎士たちが守ってる」
 「そう、ですか……」

 諦めたように言葉を吐き出した少女は礼儀よく頭を下げ、別の車両へと歩いて行ってしまった。俺はその背中を見送った。見えなくなるまで眺めていた。

 「一目惚れか?」
 「どうして?」
 「お前がいつもは他人に無関心だからだよ」
 「そんなことないと思うけど。ティアのことはよく見てるし」
 「お前ほんとキモいな」
 「流石に傷つく」
 「傷ついてろ。大体よく見てるなんて言うけど最初の頃は見向きもしてなかったからな」
 「確かに」

 今は毎日顔を合わせるし家族のようなものだからそんなことはないけど、言われてみると確かにチームを組むまではティアもフィアもどうでもよかった。
 そう考えるとやっぱり俺は他人に無関心なのかもしれない。けど、そうだとして、今のは何だったんだろう。いつもの俺ならならすぐに少女の背中から視線を外していたんじゃないだろうか。
 興味がある?
 ああ、多分そうだ。俺はあの少女に興味がある。
 同じ黒髪だから? いや違う。髪の色なんてどうでもいい。
 容姿に惹かれた? 確かに顔立ちは整っていた。だが、ノレアほどではない。
 じゃあ何だ。わからない。わからないけど、なんとなく嬉しいような気がする。あの少女に会えたことが俺は多分嬉しい。

 変な感じだ。
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