風俗で調教 隠微録【クリムトの《ダナエ》に垂れこめる黄金の雨――】エロ官能

ロクシタン

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個人的な太陽(村上春樹構文)

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藤田嗣治という画家は、陶磁器みたいな白い肌を描いて、パリで長いあいだ生き延びた人だった。

光さえも跳ね返す乳白色の下地は、まるで夜の海に浮かぶ月の裏側みたいで、
それを見るたびに、僕は自分の体温が少しだけ奪われていくのを感じる。

五人の裸婦は、触覚、聴覚、視覚、味覚、嗅覚という五つの感覚を象徴しているらしい。

でも僕には、それが五つの小さな惑星が、同じ軌道を静かに回っているようにも見える。

ベッドの上に佇む一匹の猫は、官能の象徴というより、
この世界とどこか別の世界をつなぐ、黒いアンテナのようだった。


そんなことを考えながら、れなさんの待つドアを開けた。

廊下の蛍光灯は、古い水族館の水槽みたいな青白い光を放っていて、
僕の影は床の上で、見知らぬ魚の骨格みたいに伸び縮みしていた。

ドアを開けると、髪を下ろしたれなさんが、冬の匂いをまとって立っている。

その匂いは、遠い昔に嗅いだ雪の積もる校庭の空気と、
夜明け前の無人駅のホームと、
まだ読んだことのない本のページをめくるときの紙の匂いが、
不思議な割合で混ざり合ったものだった。

彼女が微笑むと、慌ただしい十二月の時間は、
まるで誰かが大きな時計のゼンマイを外したみたいに、
音もなく止まってしまう。

世界はゆっくりとオレンジ色に染まり、
その中心に、彼女がぽつんと立っている。


れなさんの中には、藤田の五人の裸婦が持っていた五感が、
折り紙みたいに丁寧に畳まれて、胸の奥にしまわれている。

声は耳の内側を撫で、
視線は遠くの山にかかる霧みたいに心を覆い、
指先の気配は、まだ触れてもいないのに、
もう触れられてしまったかのような錯覚を残す。

猫を愛し、猫に話しかけ、
そして他のどこにも売っていない種類の愛を、
自動販売機で缶コーヒーを買うみたいな自然さで、僕に手渡してくれる。

彼女は僕にとって、
夜の砂漠をひとりで歩くときに、突然空に現れる、
個人専用の小さな太陽みたいな存在だった。


動物を愛し、動物にも愛される彼女の横顔には、
すべてを赦してしまうような、
深い井戸の底をのぞき込んでいるような眼差しがある。

たぶんこの世界の生きものたちは、
理由もなく彼女のまわりに集まってきて、
そのまま動けなくなってしまうのだ。

陶器みたいな白い肌は、その眼差しとは違って、
軽い決意くらいなら簡単に弾き返してしまいそうな、
氷の表面のような硬さを視覚に訴える。

でも、もしそこに触れてしまえば、
春先の川底の石みたいに、意外なほどぬるくてやさしい。

冷たさと温もりが、同じ場所に同時に存在している。

その矛盾に、僕はいつも足を取られて、
気がつくと赤ん坊みたいに、
彼女の腕の内側へと転がり落ちている。



彼女を包む下着は、
夜の花壇にいっせいに咲いた花が、
誰にも見られないまま静かに光っているみたいに輝いている。

普通なら下着は女性を飾るものなのだろうけれど、
ここでは逆に、下着のほうが彼女から生命をもらって、
「咲かせてもらっている」ように見える。

布の影が肌に落とす線ひとつひとつが、
まるで地図の等高線みたいに、
彼女という存在の起伏を示している。

れなさんは、触れるものすべてを慈しみ、
勝手に輝かせてしまうほど、
完成されすぎていて、少しだけ現実から浮いている存在だった。


「――だめ」

彼女はそう言う。
その声は、遠くの踏切のベルみたいに、
どこか懐かしくて、でも抗いようがない。

今年最後の逢瀬で、
彼女を求めてしまう僕を、笑顔で拒む。
それは、暖かい箱の中で眠っていた子猫を、
外の冷たい風の中にそっと置くみたいな仕草だった。

言葉の意味とは逆向きの何かが、
部屋の空気を満たしていく。

拒絶は彼女のスパイスで、
その一言でこの空間は彼女の領土になり、
僕はそこに迷い込んだ、
名前のない旅行者になる。


すべてを分かってもらえている。
その言葉が、拒絶として成立している関係を作れたことが、
なぜか少しうれしくて、
僕は自分でも理由がわからないまま、笑ってしまう。

その一瞬を彼女は見逃さず、
見えない支配の糸が、
僕の脚にそっと絡みつく。



「――限界まで触らないって、決めてるの」

その言葉は、
凍った湖の上に引かれた、
細い白い線みたいだった。

彼女が僕の限界を握っている。

それは、エレベーターの非常停止ボタンを、
彼女だけが知っているみたいなものだ。
長く細い指が体に触れるだけで、
彼女の呼吸が、
夜の波みたいにゆっくりと伝わってくる。
瞳は、すべてを赦すみたいにやさしく、
口元は、支配という言葉の輪郭を、
静かに浮かび上がらせている。

彼女の温度の中に沈んで、
僕は自分がどこまで息をしていいのか、
だんだんわからなくなる。


「――腕を壁につけて、膝で立って」

壁に映る影は、
もう僕の形をしていない。
支配の匂いが、さらに濃くなり、
えれなさんの言葉だけが、
この世界で通用する通貨みたいになる。

抱きつきたいのに、
壁に縋ってしまう自分の情けなさを、
彼女はちゃんと見抜いて、
それを言葉にして、なぜかやさしく包む。


独立と支配、高潔と死、官能と堕落。

ドラクロワやクリムトが描きたかったテーマを、
彼女はその瞬間ごとに、
まるでスライド映写機みたいに、
次々と僕の内側に映し出していく。


彼女の描くアートの中に身を沈めると、
目を開けることも、
口を閉じることも、うまくできなくなる。

彼女の吐息と、
見えない絵筆の軌跡が、
僕という存在を、
少しずつ塗り替えていく。

彼女のためのカンバスになり、
画材になって、
その表現に使われることが、
どうしようもなくうれしい。

自分の輪郭をぼかして、
彼女の一部になろうとする。

脱力して、
唾液が枕に落ちるのを感じながら、
僕はそれを、
遠い国のニュースみたいに、
どこか他人事のように受け取っている。



「――満たせてくれなかったから、罰」

その声は、
夜のラジオから流れてくる、
意味のよくわからない外国語の歌みたいに、
胸の奥に静かに染み込む。

彼女に尽くすことは本願だった。
全部を賭けたつもりでも、
やっぱり届かない。

その情けなさを、
彼女はわざわざ言葉にする。

でも、その言葉とは逆のやり方で、
ちゃんと僕を包み込んでくれる。
自分の情けなさを愛せるようになったとき、
僕はようやく自分を肯定できて、
癒されて、満たされる。

その瞬間を黙って見届けてくれるから、
彼女は僕にとって、
太陽の女神なのだと思う。


彼女の罰は、僕にとって微笑みだ。

それは、北の空に浮かぶ星を頼りに進む、
小さな船の羅針盤みたいなものだ。

その先に何があるのか、
僕自身にもわからない。

でも彼女に出会うたびに、
僕はいつも、
「新しい自分」という、
聞いたことのない港に辿り着く。


だから僕は、
今日もまた、
彼女の支配という名の、
静かで深い海の中に、
ひとりで、ゆっくりと溺れていく。
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