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何様だって言ってやる
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もう10回コールしてから切るのを5回は続けてる。
リダイヤルの文字をタップするのを諦めた。
「ちっくしょ、ジュンの野郎、出やがらねぇ」
俺は地面に唾を吐いた。
ふらっと拾ってやったあいつとあの街から離れて、どのぐらい経つだろう。
大体半年か。
そろそろ都会の暮らしにも慣れただろう。
何も言わずにいなくなったし、電話に出なくても当たり前か。
俺は音楽で食っていくことができると思っていた。
数年前までな。
今も少しは稼いでる。音楽で。
インディーズでも動画や配信でいくらか稼げる時代だしな。
でももう優先順位が変わったんだよな、俺の中で。
ヨーロッパから戻って、成田国際空港に着いたはいいが。
「ジンさん、タクシー来ないっすね。ジュンも出ねーし。参ったな」
「ユウヤ!そう怒るなよ。長旅だったんだ。せっかくだしここでなんか食べて帰ろう」
この人はいつも泰然としてるよな。いつも自然体で状況に逆らわない。
「おー、この醤油の香り久しぶりだ!日本食を食べずにおれようか、なあユウヤ」
そう言いながらも、店舗のしつらえからスタッフの配置や練度、食べながら味の具合を確認しつつ、出された料理の原価計算までやってのけるのがこの人だ。
ジン先輩と再会しなかったら、俺はこの道に入ることは無かった。
もう何年前のことだろうか、俺は音楽を仕事にするために血反吐を吐くような思いで毎日を過ごしていた。金は無くても音楽は作る。飯が食えなくても、音楽を作る。
本気だった。
というか今でも音楽を本気で愛してるのは変わりない。
とにかく音楽が出来さえすれば良かった。呼ばれればどこにでも身銭を切って行ったし、金が無ければヒッチハイクしてでも行った。
そこで知り合った人たちは今でも俺の財産だ。
そういや、ジュンはちゃんとキャサリンの世話になってるだろうか。
転がり込んできたら頼むぜ、とは言っておいたから大丈夫だろうが。
キャサリンとも音楽が縁で出会った。
店のショーに使う曲がよりよく聴こえるようにとのミックスと店のジングルの依頼だった。
「まあ、ノラ猫みたいないい男ね!」
あいつの褒めてんだか貶してんだかわからない一言から俺たちは知り合った。
「あなたも一角獣みたいにイイ女ですね」
適当に言っといた。髪が逆立ってたから。
「フフ…ちゃんと人の事を褒めることができる男はいい仕事をするわ。じゃあお願いね」
そう言って、カフェのテーブルに元の音源だけ置いていった。
訳わかんねー奴、とか思ったけど、何故かあいつの家に転がり込むくらいは仲良くなった。
店の依頼の作業期間中だった。もう家賃が払えなくなってさ。
「キャサリン、この店、倉庫とか無いか?しばらく機材置かせてくれ」
「え?構わないけど」
「助かる」
「ユウヤ……?あんた、部屋が工事か立ち退きなの?」
「あー……まあ、そんなもん」
「じゃないでしょ?嘘つかないで」
「鋭いんだな」
「だって命の次に大事なものを倉庫だなんて。ねぇ、アタシんち部屋が余ってるからいらっしゃいよ」
「俺の事信用できるのか?」
「家賃はあんたの身体で払って」
全く話が噛み合わないまま、俺はキャサリンの家に引っ越し居候になった。
「デカい家だな!お前ここに一人で住んでんの?」
「そうよ、だから部屋が余ってんのよ。はい、この部屋使って。このぐらい広けりゃ機材も余裕で置けるでしょ」
キャサリンはいわゆる性転換者だが、見た目は背の高い女性にしか見えない。それもイイ女。なのにオネエ丸出しのキャラでくるもんだから調子が狂う。
「これ、合鍵ね」
「ほんとにいいのか?」
「変な事したら、天罰が下る仕様の部屋だから、安心してちょうだい」
そう言ってキャサリンはオホホホ、と高笑いした。
ある日、家賃を払いに行こうとした日のこと。
「これ、少ないけど、家賃」
「あら?私家賃は”現物払い”してってお願いしたはずよ?」
「……マジで言ってんのか」
俺はその頃、女と別れたばかりだった。
貧乏で売れないミュージシャンは、金を持ってる商社勤めの男に負けた。
十代の時から付き合ってる、なんてのは二十代半ばになれば有利にも何もならなくて、あんなに好きで大切にしていたのに、その気持ちは届かなかった。
俺は再び湧き上がってきた、悲しさと屈辱と恋しさとやりきれなさが入り混じった感情をどこにぶつけてよいかわからなかった。
「それでいいならそれで払うけど」
俺は、デカいソファーを女王のように占領して座り、シャンパンの入ったフルートグラスを片手に、長い脚を組み火を点けようとしたキャサリンの手から煙草を取り上げた。
「……ほんとはかわいい顔してるのに、何で毎晩あんな化粧するんだよ」
顎を摘んで持ち上げた。
やりすぎになりがちな濃厚な香水を纏っても全く違和感が無い、女の見た目をしている男。男?こいつが?
「仕事だからよ」
「じゃあ慰労してやる」
俺はそのままキャサリンにキスをした。
ちゃんと柔らかいじゃん、唇。散々吸っていた苦い煙草の味がするかと思ったら、果物みたいなシャンパンの方の味がして俺は戸惑った。
そのままその場で彼女を抱いた。
必要以上に膨らましてある胸もちゃんと柔らかい。
「あ、ゴムねえな」
「大丈夫よ。アタシは妊娠しないし……HIVも他のもネガティブだから、安心して」
……毎回、そんなことを相手に言いながらセックスしてるのか。
何か少し胸が痛んだ。
「俺が持ってるかもしれねーだろ」
「持つ暇もないほど音楽してるでしょ…知ってるわよ、ユウヤ」
彼女の腰を掴むと、狭い骨盤だけが明らかに男性の名残を残していて、こいつもずっと取り返せない悲しみを持ちながら生きているのかもしれない、と思った。
俺はキャサリンと寝てから、何となく料理を作るようになった。
自分はあまり食べないが、あの女とも男とも言えないあいつが、この広い家に帰ってきた時に人の気配がする方がいい気がしたから。
「あ~!いい匂い!ノラ猫シェフ、今日はどんなメニューなの?」
朝帰ってくるキャサリンと、朝まで音楽の作業をしている俺は生活リズムが似ていた。
高い踵のヒールを脱ぐと、こいつは俺よりも少し背が小さい。
態度はXLなのにな、とちょっと笑ってしまう。
「何よ?アタシの顏に何かついてる?」
「いーや。今日はスープがメイン。お肌のために野菜食っとけよ?」
刻んだ野菜がたっぷり入ったスープを作った。
「しっつれいね!どれだけスキンケアにお金かけてると思ってんのよ」
そう文句を言いながらも、ぺろりと平らげてくれる。
「そこら辺の店より美味しいわ。最近ユウヤのせいで太っちゃったかもだわよ」
と言いながら、キャサリンが自分の頬を撫でる。
「俺のせいにするなよ」
「だって外食するより美味しいんですもの。私の専属にするには惜しいわ」
何度も、外食するより美味い、外でばかり食べている私が言うんだから間違いない、と言ってくれたことが、意識のどこかに染み込んでいたのかもしれない。
その日は、遠方での仕事があり長距離バスで行き来した。
ここのバスターミナルの辺りにはほとんど来ない。この案件は交通費も出たし、何だかこの店美味しそうだな、と感じた店に入ってみた。
カジュアルなイタリアンだ。小ぎれいな店だな。
値段を考えたら乾麺だろうと思ったら生パスタか。ソースも美味い。
すごいな、こんな小さな店なのに。
周りを見ると、夕食には少し早い夕方の中途半端な時間にも関わらず、ほとんど席が埋まっていた。
どんな人が作ってるんだろう。純粋にそう思った。
水を注ぎに来たウエイターに声を掛けた。
「とても美味しいです。シェフは有名な方なんですか?」
「ありがとうございます。いえいえ、この店も開店して1年ほどですから。美味しいと言っていただいたこと、シェフに伝えておきます」
そう言ってウエイターが下がった。
その後、デザートを食べていると、コック姿の人がやってきた。
「先ほどはパスタをお褒め頂いてありがとうございます…」
「あ!!!」
その人と俺は同時に声を上げた。
「ユウヤ!!!」
「ジンさん!!」
「久しぶりだな!元気にしてたか!大学の時以来だな!」
「ジンさんこそこんな店出してるなんて!美味かったですよ!」
俺たちは再会を喜び、付き合いが再び始まった。
何度かジンさんと食事や飲みに行った。
美味い店もあればそうでない店もあり、美味い店の味を解析するのが楽しくてネタでやっていた。
「…ユウヤ、お前笑いながら言ってるけど、それちゃんと味判って言ってるのか?」
「ええ、だいたい判るのを言ってるだけです」
「お前料理作ったりする?」
「はい、最近は一日一食はちゃんと作るようにしてます」
ジンさんが珍しく真面目な顏で俺を見た。真面目な顔するとカッコいいんだけどなこの人。
「音楽と料理って、似てるとこあるか?」
「そうですね、言われてみたら似てるかもしれません。楽器と食材が同じようにあっても、どんなものができるか、美味いか不味いかは作る人のセンスや腕によるから」
フム、と顎に手を当てたジンさんが言った。
「食べたら俺の店行こう。何か俺に料理作ってくれ」
「え?俺がですか?ジンさんに??」
「冷蔵庫のもの何使ってもいいから」
そうして、俺はジンさんの店に強制的に連れて行かれた。
「何でもいい。好きなの作ってくれ。あと一品だけ卵料理な」
「はあ」
今思えば料理人オーディションだったんだよな。
俺の料理を食べたジンさんは言った。
「ユウヤ。お前音楽もいいけど、その料理の才能生かしてみないか?」
次の言葉が一番俺を揺さぶったかもしれない。
「俺とお前なら、絶対いける。金も稼げるし、お前の音楽を店の宣伝に使おう」
金が稼げる。そして音楽もできる。
今のままではどうにもならないことをさすがに理解していたから、次どうしようかと思っていたところだった。
それに、もしかしたら、金を稼いだら、彼女が帰ってくるかもしれない。
ブランド品を買ってくれる商社マンのところに行ってしまった、付き合いの長かった彼女。
俺が本気で店をデカくできたら、金を稼げたら、彼女はどう思うだろうか。
チャラチャラして戻ってきたら、こっぴどく振ってやる。
「お前ノコノコ戻ってきやがって、何様だ?」って言ってやる。
相当恨んでるって言うか、悔しかったんだな、俺。
だって、十年近く一緒にいたんだぜ?
ずっと一緒にいると思ってた。
特別なことは何もなくても。
でもそれに飽き、未来のわからない俺にうんざりした彼女は他の男を作った。
彼女が悔しがるぐらい、成功してやるんだ。
「ユウヤ、これから開店準備で忙しくなるから覚悟してくれよ?」
「受けて立ちますよ、ジンさん」
俺はいつか必ず、お前を迎えに行く。
もしお前が戻ってこなくたって、幸せになってやる。
リダイヤルの文字をタップするのを諦めた。
「ちっくしょ、ジュンの野郎、出やがらねぇ」
俺は地面に唾を吐いた。
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大体半年か。
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何も言わずにいなくなったし、電話に出なくても当たり前か。
俺は音楽で食っていくことができると思っていた。
数年前までな。
今も少しは稼いでる。音楽で。
インディーズでも動画や配信でいくらか稼げる時代だしな。
でももう優先順位が変わったんだよな、俺の中で。
ヨーロッパから戻って、成田国際空港に着いたはいいが。
「ジンさん、タクシー来ないっすね。ジュンも出ねーし。参ったな」
「ユウヤ!そう怒るなよ。長旅だったんだ。せっかくだしここでなんか食べて帰ろう」
この人はいつも泰然としてるよな。いつも自然体で状況に逆らわない。
「おー、この醤油の香り久しぶりだ!日本食を食べずにおれようか、なあユウヤ」
そう言いながらも、店舗のしつらえからスタッフの配置や練度、食べながら味の具合を確認しつつ、出された料理の原価計算までやってのけるのがこの人だ。
ジン先輩と再会しなかったら、俺はこの道に入ることは無かった。
もう何年前のことだろうか、俺は音楽を仕事にするために血反吐を吐くような思いで毎日を過ごしていた。金は無くても音楽は作る。飯が食えなくても、音楽を作る。
本気だった。
というか今でも音楽を本気で愛してるのは変わりない。
とにかく音楽が出来さえすれば良かった。呼ばれればどこにでも身銭を切って行ったし、金が無ければヒッチハイクしてでも行った。
そこで知り合った人たちは今でも俺の財産だ。
そういや、ジュンはちゃんとキャサリンの世話になってるだろうか。
転がり込んできたら頼むぜ、とは言っておいたから大丈夫だろうが。
キャサリンとも音楽が縁で出会った。
店のショーに使う曲がよりよく聴こえるようにとのミックスと店のジングルの依頼だった。
「まあ、ノラ猫みたいないい男ね!」
あいつの褒めてんだか貶してんだかわからない一言から俺たちは知り合った。
「あなたも一角獣みたいにイイ女ですね」
適当に言っといた。髪が逆立ってたから。
「フフ…ちゃんと人の事を褒めることができる男はいい仕事をするわ。じゃあお願いね」
そう言って、カフェのテーブルに元の音源だけ置いていった。
訳わかんねー奴、とか思ったけど、何故かあいつの家に転がり込むくらいは仲良くなった。
店の依頼の作業期間中だった。もう家賃が払えなくなってさ。
「キャサリン、この店、倉庫とか無いか?しばらく機材置かせてくれ」
「え?構わないけど」
「助かる」
「ユウヤ……?あんた、部屋が工事か立ち退きなの?」
「あー……まあ、そんなもん」
「じゃないでしょ?嘘つかないで」
「鋭いんだな」
「だって命の次に大事なものを倉庫だなんて。ねぇ、アタシんち部屋が余ってるからいらっしゃいよ」
「俺の事信用できるのか?」
「家賃はあんたの身体で払って」
全く話が噛み合わないまま、俺はキャサリンの家に引っ越し居候になった。
「デカい家だな!お前ここに一人で住んでんの?」
「そうよ、だから部屋が余ってんのよ。はい、この部屋使って。このぐらい広けりゃ機材も余裕で置けるでしょ」
キャサリンはいわゆる性転換者だが、見た目は背の高い女性にしか見えない。それもイイ女。なのにオネエ丸出しのキャラでくるもんだから調子が狂う。
「これ、合鍵ね」
「ほんとにいいのか?」
「変な事したら、天罰が下る仕様の部屋だから、安心してちょうだい」
そう言ってキャサリンはオホホホ、と高笑いした。
ある日、家賃を払いに行こうとした日のこと。
「これ、少ないけど、家賃」
「あら?私家賃は”現物払い”してってお願いしたはずよ?」
「……マジで言ってんのか」
俺はその頃、女と別れたばかりだった。
貧乏で売れないミュージシャンは、金を持ってる商社勤めの男に負けた。
十代の時から付き合ってる、なんてのは二十代半ばになれば有利にも何もならなくて、あんなに好きで大切にしていたのに、その気持ちは届かなかった。
俺は再び湧き上がってきた、悲しさと屈辱と恋しさとやりきれなさが入り混じった感情をどこにぶつけてよいかわからなかった。
「それでいいならそれで払うけど」
俺は、デカいソファーを女王のように占領して座り、シャンパンの入ったフルートグラスを片手に、長い脚を組み火を点けようとしたキャサリンの手から煙草を取り上げた。
「……ほんとはかわいい顔してるのに、何で毎晩あんな化粧するんだよ」
顎を摘んで持ち上げた。
やりすぎになりがちな濃厚な香水を纏っても全く違和感が無い、女の見た目をしている男。男?こいつが?
「仕事だからよ」
「じゃあ慰労してやる」
俺はそのままキャサリンにキスをした。
ちゃんと柔らかいじゃん、唇。散々吸っていた苦い煙草の味がするかと思ったら、果物みたいなシャンパンの方の味がして俺は戸惑った。
そのままその場で彼女を抱いた。
必要以上に膨らましてある胸もちゃんと柔らかい。
「あ、ゴムねえな」
「大丈夫よ。アタシは妊娠しないし……HIVも他のもネガティブだから、安心して」
……毎回、そんなことを相手に言いながらセックスしてるのか。
何か少し胸が痛んだ。
「俺が持ってるかもしれねーだろ」
「持つ暇もないほど音楽してるでしょ…知ってるわよ、ユウヤ」
彼女の腰を掴むと、狭い骨盤だけが明らかに男性の名残を残していて、こいつもずっと取り返せない悲しみを持ちながら生きているのかもしれない、と思った。
俺はキャサリンと寝てから、何となく料理を作るようになった。
自分はあまり食べないが、あの女とも男とも言えないあいつが、この広い家に帰ってきた時に人の気配がする方がいい気がしたから。
「あ~!いい匂い!ノラ猫シェフ、今日はどんなメニューなの?」
朝帰ってくるキャサリンと、朝まで音楽の作業をしている俺は生活リズムが似ていた。
高い踵のヒールを脱ぐと、こいつは俺よりも少し背が小さい。
態度はXLなのにな、とちょっと笑ってしまう。
「何よ?アタシの顏に何かついてる?」
「いーや。今日はスープがメイン。お肌のために野菜食っとけよ?」
刻んだ野菜がたっぷり入ったスープを作った。
「しっつれいね!どれだけスキンケアにお金かけてると思ってんのよ」
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「そこら辺の店より美味しいわ。最近ユウヤのせいで太っちゃったかもだわよ」
と言いながら、キャサリンが自分の頬を撫でる。
「俺のせいにするなよ」
「だって外食するより美味しいんですもの。私の専属にするには惜しいわ」
何度も、外食するより美味い、外でばかり食べている私が言うんだから間違いない、と言ってくれたことが、意識のどこかに染み込んでいたのかもしれない。
その日は、遠方での仕事があり長距離バスで行き来した。
ここのバスターミナルの辺りにはほとんど来ない。この案件は交通費も出たし、何だかこの店美味しそうだな、と感じた店に入ってみた。
カジュアルなイタリアンだ。小ぎれいな店だな。
値段を考えたら乾麺だろうと思ったら生パスタか。ソースも美味い。
すごいな、こんな小さな店なのに。
周りを見ると、夕食には少し早い夕方の中途半端な時間にも関わらず、ほとんど席が埋まっていた。
どんな人が作ってるんだろう。純粋にそう思った。
水を注ぎに来たウエイターに声を掛けた。
「とても美味しいです。シェフは有名な方なんですか?」
「ありがとうございます。いえいえ、この店も開店して1年ほどですから。美味しいと言っていただいたこと、シェフに伝えておきます」
そう言ってウエイターが下がった。
その後、デザートを食べていると、コック姿の人がやってきた。
「先ほどはパスタをお褒め頂いてありがとうございます…」
「あ!!!」
その人と俺は同時に声を上げた。
「ユウヤ!!!」
「ジンさん!!」
「久しぶりだな!元気にしてたか!大学の時以来だな!」
「ジンさんこそこんな店出してるなんて!美味かったですよ!」
俺たちは再会を喜び、付き合いが再び始まった。
何度かジンさんと食事や飲みに行った。
美味い店もあればそうでない店もあり、美味い店の味を解析するのが楽しくてネタでやっていた。
「…ユウヤ、お前笑いながら言ってるけど、それちゃんと味判って言ってるのか?」
「ええ、だいたい判るのを言ってるだけです」
「お前料理作ったりする?」
「はい、最近は一日一食はちゃんと作るようにしてます」
ジンさんが珍しく真面目な顏で俺を見た。真面目な顔するとカッコいいんだけどなこの人。
「音楽と料理って、似てるとこあるか?」
「そうですね、言われてみたら似てるかもしれません。楽器と食材が同じようにあっても、どんなものができるか、美味いか不味いかは作る人のセンスや腕によるから」
フム、と顎に手を当てたジンさんが言った。
「食べたら俺の店行こう。何か俺に料理作ってくれ」
「え?俺がですか?ジンさんに??」
「冷蔵庫のもの何使ってもいいから」
そうして、俺はジンさんの店に強制的に連れて行かれた。
「何でもいい。好きなの作ってくれ。あと一品だけ卵料理な」
「はあ」
今思えば料理人オーディションだったんだよな。
俺の料理を食べたジンさんは言った。
「ユウヤ。お前音楽もいいけど、その料理の才能生かしてみないか?」
次の言葉が一番俺を揺さぶったかもしれない。
「俺とお前なら、絶対いける。金も稼げるし、お前の音楽を店の宣伝に使おう」
金が稼げる。そして音楽もできる。
今のままではどうにもならないことをさすがに理解していたから、次どうしようかと思っていたところだった。
それに、もしかしたら、金を稼いだら、彼女が帰ってくるかもしれない。
ブランド品を買ってくれる商社マンのところに行ってしまった、付き合いの長かった彼女。
俺が本気で店をデカくできたら、金を稼げたら、彼女はどう思うだろうか。
チャラチャラして戻ってきたら、こっぴどく振ってやる。
「お前ノコノコ戻ってきやがって、何様だ?」って言ってやる。
相当恨んでるって言うか、悔しかったんだな、俺。
だって、十年近く一緒にいたんだぜ?
ずっと一緒にいると思ってた。
特別なことは何もなくても。
でもそれに飽き、未来のわからない俺にうんざりした彼女は他の男を作った。
彼女が悔しがるぐらい、成功してやるんだ。
「ユウヤ、これから開店準備で忙しくなるから覚悟してくれよ?」
「受けて立ちますよ、ジンさん」
俺はいつか必ず、お前を迎えに行く。
もしお前が戻ってこなくたって、幸せになってやる。
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