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第7話 小さな歯車はやがて
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「じゃあ学校でね」
雪那が振り返り、いつものように手を振る。
「あぁ。バイト頑張ってな」
俺もそんな雪那に合わせ、手を振り返した。
「うん颯真くんも」
5月の爽やかな陽気に照らされ、輝くような笑顔で手を振りながらハンバーガー屋からバイト先へと向かう、雪那の背中を視線で追う。
大学生活が始まって1ヶ月、克哉の話では既に数人の学生から告白を受けているらしい、雪那の断り文句は「ごめんね。好きな人がいるの」だそうだ。
それが誰か分からないが、その笑顔には世の男達が魅了されるだけの破壊力が、確かにあった。
結局、このゴールデンウィークの後半の5日間は、毎日雪那と昼の休憩を利用して、ランチを共にしていた。
明日は、お互いにバイトの時間が合わない。次に会うのは明後日の学校だろう。
幼馴染とは違った関係、初めての女友達という関係に最初は少し戸惑ったけど、今は少しは慣れた自分がいる。
克哉達のいない2人だけの会話も、随分自然になった。
そう言えば、今日は親父達がいない最後の日か。
晩飯なんだろうな。
***
「ただいまー。あー疲れたー」
いつものと変わることのない。颯ちゃんの声が、玄関からキッチンへと届く。
バイトから帰ってきた颯ちゃんは、部活帰りの高校生みたいにお腹を空かせて帰ってくる。
やっぱり可愛い。
そう思った瞬間、あの時の光景が頭をよぎる。
颯ちゃんの笑顔とともに。
「おかえりー。お疲れ様。もう出来てるから早く手を洗ってきてね」
ざわっとする胸のあたりを強引に抑え込み、玄関に向けて出来る限り、明るい声を届ける。
「りょうかーい。」
颯ちゃんが何事もなかったようにいつも通りに答え、洗面所へと向かう。
颯ちゃんが手を洗っている間に、テーブルに食事をセットする。
今日は、こうして食べる最後の日。
本当は、焼き肉でも焼こうかと思ったけれど、私の暗くなってしまった気持ちを隠すために、どうしても華やかな料理にしたかった。
「おっうまそう!ちらし寿司か!すげーな」
テーブルに用意されたちらし寿司に、少年のように颯ちゃんが目を輝やかせる。
「ありがと。お刺身がすごく美味しそうだったから。買ってみたの。食べて食べて」
沈んだ気持ちのまま、スーパーへ行った私の目に入ったのは、ちらし寿司の素《もと》の華やかなピンクのパッケージ。
その瞬間私は、自然とちらし寿司の素と、お刺身を手に取っていた。
一心不乱に、お寿司の素とご飯を混ぜ合わせていると、さっきの光景を思い出す回数も減り、マグロにサーモン、イカにエビ、そしてアボカドに甘く煮た椎茸を細かく切り、具を乗せる頃には、少し気持ちが軽くなっていた。
「「頂きます」」
「明日にはお父さん達帰ってくるし、明後日からはもう学校だね」
2人で席について普段通りの会話が始まる。
「10連休もあっという間だよな」
「うん。克哉くんとか雪那さんにも早く会いたいね」
「んっああぁ。そうだな。ゴールデンウィーク明けにでも4人で遊びに行くか」
颯ちゃんが少し慌てた様子で、ちらし寿司を頬張る。
卑怯だよね。
この事実を知ったところで、何になるわけでもないのに、探るような真似をしている自分がいる。
颯ちゃんは、嘘はついていない。ただ話してないだけ。
恋愛経験のない私には、これがどういう意味があるのかさえ分からない。
だから私は、気にしない事にする。私は私。そう言い聞かせている自分の胸がちくりと痛む。
それでも私は、常に笑顔でいよう。
そして、こう応える。
「うん。そうだね。」
***
ゴールデンウィークも終わり、1週間も経てば学校に活気が戻ってきた。
梅雨入り前の貴重な日差しを、多くの学生達が屋外で楽しむ。そんな中、講堂の長机にいつものように突っ伏す二人の男子。
「あー。無理だー。休み明けたのにやる気がしねぇ。なんだこの疲れはー」
「だな。この1週間の授業がキツすぎる」
克哉くんと颯ちゃんだ。
「おーい。課題の提出今日迄なー。出してないやつ前に出しとけよー」
情報経済の講師、仲田先生が提出用の箱を置いて出ていく。
流れるようにクラスメイト達が、教壇に向かい課題を出し教室の外へと出ていく中で、相変わらずこの2人の体は重く、机から頬を剥がそうともしない。
そんな2人を見かねて、声をかける。
「わた……」
「あっ私行ってこようか?」
「おっサンキュー雪那ちゃん。おーい颯真ー。出さんと評価まずいぞー」
「わかってるよ。じゃあこれ宜しく。」
出遅れた……。
「雪那ちゃん。私も行くよ」
「いいよ。いいよ。春ちゃんの分も私が出すから、ほらっだしてだして」
そういうと強引にノートをとって机の上でコンコンと4冊をまとめると、雪那ちゃんは課題を出しに行った。
ゴールデンウィーク明けから、雪那ちゃんは驚くほど積極的になった。
常に颯ちゃんの隣にいる雪那ちゃん。
前の私は、この変化にも気付けなかったんだな。
前の記憶を頼りに、この光景を思い出すと、確かに、休み明けから雪那ちゃんが颯ちゃんの隣に座っている光景が浮かんだ。
そして私は、本当に何も考えず笑っていた。
「ったく。ホント優しいよな雪那ちゃん。きっと俺に惚れてるな」
キランと、光ってもない歯を出して笑う克哉くんに、颯ちゃんが大きなワザとらしい溜息をつく。
「はぁー。そうだな。きっとそうだ。お前も告白してみろ。そうすれば、雪那の好きな人に入っているか、わかるぞー」
「むっ。なんだよ颯真~。お前も少しは期待してんだろー」
「ねー何?何の話ー?」
「克哉が、雪那を体育館裏に呼び出すって話」
「えー。ごめんなさい。私好きな人がいます!ホントごめんなさい。友達のままでお願いします!」
「えっ?俺何もしてないのに振られたの?ってか颯真。体育館裏って違くね?この学校なら大樹桜だろ!誰が誰をシメに行くんだよ!いや。この場合俺が締められるのか?」
「ぷっ。ははは。」
「あー春佳ちゃんまでー。たくっひっでーな」
こんな3人のやりとりに、私はつい吹き出してしまう。
それでもこれが嵐の前の静けさだと、私は知っている。
雪那が振り返り、いつものように手を振る。
「あぁ。バイト頑張ってな」
俺もそんな雪那に合わせ、手を振り返した。
「うん颯真くんも」
5月の爽やかな陽気に照らされ、輝くような笑顔で手を振りながらハンバーガー屋からバイト先へと向かう、雪那の背中を視線で追う。
大学生活が始まって1ヶ月、克哉の話では既に数人の学生から告白を受けているらしい、雪那の断り文句は「ごめんね。好きな人がいるの」だそうだ。
それが誰か分からないが、その笑顔には世の男達が魅了されるだけの破壊力が、確かにあった。
結局、このゴールデンウィークの後半の5日間は、毎日雪那と昼の休憩を利用して、ランチを共にしていた。
明日は、お互いにバイトの時間が合わない。次に会うのは明後日の学校だろう。
幼馴染とは違った関係、初めての女友達という関係に最初は少し戸惑ったけど、今は少しは慣れた自分がいる。
克哉達のいない2人だけの会話も、随分自然になった。
そう言えば、今日は親父達がいない最後の日か。
晩飯なんだろうな。
***
「ただいまー。あー疲れたー」
いつものと変わることのない。颯ちゃんの声が、玄関からキッチンへと届く。
バイトから帰ってきた颯ちゃんは、部活帰りの高校生みたいにお腹を空かせて帰ってくる。
やっぱり可愛い。
そう思った瞬間、あの時の光景が頭をよぎる。
颯ちゃんの笑顔とともに。
「おかえりー。お疲れ様。もう出来てるから早く手を洗ってきてね」
ざわっとする胸のあたりを強引に抑え込み、玄関に向けて出来る限り、明るい声を届ける。
「りょうかーい。」
颯ちゃんが何事もなかったようにいつも通りに答え、洗面所へと向かう。
颯ちゃんが手を洗っている間に、テーブルに食事をセットする。
今日は、こうして食べる最後の日。
本当は、焼き肉でも焼こうかと思ったけれど、私の暗くなってしまった気持ちを隠すために、どうしても華やかな料理にしたかった。
「おっうまそう!ちらし寿司か!すげーな」
テーブルに用意されたちらし寿司に、少年のように颯ちゃんが目を輝やかせる。
「ありがと。お刺身がすごく美味しそうだったから。買ってみたの。食べて食べて」
沈んだ気持ちのまま、スーパーへ行った私の目に入ったのは、ちらし寿司の素《もと》の華やかなピンクのパッケージ。
その瞬間私は、自然とちらし寿司の素と、お刺身を手に取っていた。
一心不乱に、お寿司の素とご飯を混ぜ合わせていると、さっきの光景を思い出す回数も減り、マグロにサーモン、イカにエビ、そしてアボカドに甘く煮た椎茸を細かく切り、具を乗せる頃には、少し気持ちが軽くなっていた。
「「頂きます」」
「明日にはお父さん達帰ってくるし、明後日からはもう学校だね」
2人で席について普段通りの会話が始まる。
「10連休もあっという間だよな」
「うん。克哉くんとか雪那さんにも早く会いたいね」
「んっああぁ。そうだな。ゴールデンウィーク明けにでも4人で遊びに行くか」
颯ちゃんが少し慌てた様子で、ちらし寿司を頬張る。
卑怯だよね。
この事実を知ったところで、何になるわけでもないのに、探るような真似をしている自分がいる。
颯ちゃんは、嘘はついていない。ただ話してないだけ。
恋愛経験のない私には、これがどういう意味があるのかさえ分からない。
だから私は、気にしない事にする。私は私。そう言い聞かせている自分の胸がちくりと痛む。
それでも私は、常に笑顔でいよう。
そして、こう応える。
「うん。そうだね。」
***
ゴールデンウィークも終わり、1週間も経てば学校に活気が戻ってきた。
梅雨入り前の貴重な日差しを、多くの学生達が屋外で楽しむ。そんな中、講堂の長机にいつものように突っ伏す二人の男子。
「あー。無理だー。休み明けたのにやる気がしねぇ。なんだこの疲れはー」
「だな。この1週間の授業がキツすぎる」
克哉くんと颯ちゃんだ。
「おーい。課題の提出今日迄なー。出してないやつ前に出しとけよー」
情報経済の講師、仲田先生が提出用の箱を置いて出ていく。
流れるようにクラスメイト達が、教壇に向かい課題を出し教室の外へと出ていく中で、相変わらずこの2人の体は重く、机から頬を剥がそうともしない。
そんな2人を見かねて、声をかける。
「わた……」
「あっ私行ってこようか?」
「おっサンキュー雪那ちゃん。おーい颯真ー。出さんと評価まずいぞー」
「わかってるよ。じゃあこれ宜しく。」
出遅れた……。
「雪那ちゃん。私も行くよ」
「いいよ。いいよ。春ちゃんの分も私が出すから、ほらっだしてだして」
そういうと強引にノートをとって机の上でコンコンと4冊をまとめると、雪那ちゃんは課題を出しに行った。
ゴールデンウィーク明けから、雪那ちゃんは驚くほど積極的になった。
常に颯ちゃんの隣にいる雪那ちゃん。
前の私は、この変化にも気付けなかったんだな。
前の記憶を頼りに、この光景を思い出すと、確かに、休み明けから雪那ちゃんが颯ちゃんの隣に座っている光景が浮かんだ。
そして私は、本当に何も考えず笑っていた。
「ったく。ホント優しいよな雪那ちゃん。きっと俺に惚れてるな」
キランと、光ってもない歯を出して笑う克哉くんに、颯ちゃんが大きなワザとらしい溜息をつく。
「はぁー。そうだな。きっとそうだ。お前も告白してみろ。そうすれば、雪那の好きな人に入っているか、わかるぞー」
「むっ。なんだよ颯真~。お前も少しは期待してんだろー」
「ねー何?何の話ー?」
「克哉が、雪那を体育館裏に呼び出すって話」
「えー。ごめんなさい。私好きな人がいます!ホントごめんなさい。友達のままでお願いします!」
「えっ?俺何もしてないのに振られたの?ってか颯真。体育館裏って違くね?この学校なら大樹桜だろ!誰が誰をシメに行くんだよ!いや。この場合俺が締められるのか?」
「ぷっ。ははは。」
「あー春佳ちゃんまでー。たくっひっでーな」
こんな3人のやりとりに、私はつい吹き出してしまう。
それでもこれが嵐の前の静けさだと、私は知っている。
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