上 下
2 / 3

第2話:異世界

しおりを挟む
「可愛い子だね」
「お疲れ様、フィリア」

 声が聞こえる。どうやら、俺は転生に成功したようだ。

 目覚めると、一人の若い女性が俺を覗き込んでいる。彼女は金髪碧眼で二十代に見え、美人と言える。
 隣には、同じく若い銀髪の男性がいて、俺に優しい笑みを向けている。

 彼たちは誰だろう……。

 自分の手を見てみると、手は小さくなっている。身体もそうだ。

 なるほど、俺は生まれたばかりの赤ん坊に転生したようだ。目の前にいる男女が俺の両親であるらしい。

「この子を抱いてみてもいい?」
「いいわよ」

 彼たちが話している言葉は日本語じゃないけど、なぜかわかる。

 そして俺はその男……いや、父さんに抱き上げられた。

「本当に可愛いね」
「でしょう。そうだ、この子の名前は決まったの?」
「決まったよ。シルイドはどう?」

 シルイドか、いい名前だな。

「ヤー、ヤー」

 と、声を出した。

 俺は赤ん坊なので、ヤヤという声を出すしかなかった。

「返事した!」
「この子はその名前が気に入ったみたいね」
「そうだね。じゃ、シルイド」
「ヤヤー」

 また声を出して返事する。

 俺はシルイドと命名されたようだ。

「この子は不思議だな、まるで私たちの言葉を理解しているようだ」

 これは神様の加護のせいか、彼たちの言葉がわかる。

 でも、赤ん坊の身体はちょっと疲れやすいので、眠たくなった。眠い……と、思う俺はこのまま眠ってしまった。


 ❖❖❖


 シルイド・ウィーロス、これは俺が転生して今の名前だ。ウィーロス辺境伯家の三男として生まれ変わり、異世界の貴族の家に生まれた。

 父さんの名前はラインケル・ウィーロス・ファレンシア。
 この世界の貴族はみな、自分の嶺地の名称を名前の最後に入れる。だから、ファレンシアは父さんに今支配されている嶺地だ。
 ファレンシア嶺はリオメナス王国の東北に位置するけど、王国はユーニセニア大陸の中央南寄りに位置し、周囲をいろいろな国に囲まれている状態である。
 王国で辺境伯とは、国境地域防衛のために軍事指揮権が与えられ、かなり上級の貴族だ。

 母さんの名前はフィリア・ウィーロス。
 女性は結婚したら改姓する。夫の家の姓に変えないとならない。

 それに二人の兄がいて、長兄の名前はクライード・ウィーロス、次兄の名前はクルヘーム・ウィーロス。
 長兄とは十歳離れ、次兄とは九歳離れている。

 しかし、クライードとクルヘームは俺の存在に対してとても反感を抱いているようだ。この世界は男性の社会的地位が高く、継承権は男系男子に限られている。
 でも、俺は権力や地位に興味がない。神様に頼まれたから、早く邪神を倒さなきゃ。

 っていうか、綾可はどこかな?

 綾可は俺と一緒に転生したけど、今はどこにいるかわからない。綾可に会いたいなぁ。

「シル、お腹空いたでしょう?」

 母さんは俺のことをシルという愛称で呼ぶ。

「はーい」

 と、服のボタンを外して授乳する母さん。

 もちろん恥ずかしく思うけど、今の俺はただの赤ん坊なので母乳を飲むしかない。


 ❖❖❖


 あっという間にもう三年が過ぎ、三歳になった。

 生まれてからみなの言葉を理解していたことで、賢い子と思われた。
 やべぇかな、人目を引きたくないのに。

 そのために俺は兄さんたちに嫉妬されていたようだ。彼たち二人はよく継承権をめぐって闘争をする。
 その闘争に巻き込まれたくないけど、二人とも俺に敵意を抱いている。

 どうしよう、俺は……。と、思わず嘆息をもらして苦笑した。

 そして神様の言った通り、この世界には魔法がある。母さんは前に俺に魔法を見せたことがあり、かっこよくて綺麗と思ったから、魔法を勉強すると決めた。

 けど魔法は、母さんから聞いて誰でも使えるようになるものではない、万人に一人だけが使える。
 自分には魔法の才能があるかどうかわからないが、魔法をやってみたい。

 今、俺は廊下を歩いてぶらぶらと書庫みたいな部屋を探している。

 書庫にはきっと魔法の教本があると思った。それにこの世界には俺が知らないことはまだたくさんだから、この世界の情報も集めないと。

 さすが貴族の屋敷、廊下は広くて部屋もたくさん。

「屋敷に書庫があるの?」

 と、メイドに聞いた。

「書庫なら奥にあります、シルイド様」
「ありがとう」

 メイドの言ったとおりに奥に行くと、前に扉があった。
 扉を開けて入って、確かに書庫だ。

 適当に本を取って自分の目的の本を探すと、間もなく「下級雷魔法」というタイトルの本を見つけた。

 本を開けて最初のページから読む。

 この世界の文字はもちろん日本語の文字じゃないけど、俺は読める。
 これも神様の加護のせいか。

 この世界には九つの属性がある。それぞれは水・炎・木・土・風・雷・無、それと希少な属性の光と闇。

 本棚を見て他の色々な魔法教本もあるけど、まず下級雷魔法を勉強しよう。

 本を持って書庫を離れた。

 でも、書庫から本を持ち出すには父さんの同意を得なければ。

 父さんのオフィスに行ってドアをノックした。

「誰だ?」
「あの、私です」
「シルイドか、入って」
「はい」

 ドアを開けてオフィスに入った。

 父さんは立派な執務机に向かって座り、何かを書いている。机の上は書類が山積みだ。

「どうしたの、シルイド?」
「その、書庫にある魔法教本を持ち出してもいいですか、父さん?」
「そんなことはお前の自由だ。私の同意は必要ないよ」
「はい。それでは、失礼しました」

 お辞儀をしてオフィスを離れ、廊下に出てドアを後ろ手で閉めた。

 俺がオフィスに入室から退出までその間、父さんは一度も顔を上げなかった。ずっと何かを書き続けていて忙しそうだった。

 まあ、それでもいい。父さんが同意した以上、早く魔法を勉強しよう。
しおりを挟む

処理中です...