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第1章
002 鼻持ちならないデルカン生
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アシエリス・テカヴィニックは、日本人の母親とイギリス人の父親の元に生まれたハーフである。
しかし、日本人の母は瞳の色は金色がかっているし、父親はイギリス人と呼ぶにはかなり濃ゆい、どちらかと言えばスペイン系では無いかと間違えられる顔立ちをしていることから、本人はきっかり二等分という訳では無いと考えていた。
黒髪に黒目ではあるものの、日本人特有ののっぺりした印象とは程遠く、顔立ちは整っている部類に入るだろうと言える。
彼女は冬には12歳になる、小学六年生である。8歳下には弟がおり、敬愛する母親に似たその容姿から、家族の誰よりも弟を可愛がっていた。
そんな弟バカなアシエリスの、周囲の印象は、″真面目でしっかり者のお嬢さん″だった。
誰とでも仲良くなれる……というようにはいかないまでも、周囲の模範となる優等生であり、一目置かれる存在。誰に対しても礼儀正しく、よく場の空気を読み、歳の割に大人顔負けの論理をかます聡明さは然ることながら、芸事にも秀でている。年上を立て、年下には優しい理想の女子─────。
ただし、それは公での印象である。
親しい者達の間では、アシエリスの評価は若干異なっていた。
″実は、かなり苛烈な性格であり、加えて、意外と抜けているところが多い─────と。
場の空気も読めるし、気遣いも出来る子ではあるものの白黒はっきりつけたがるタイプだし、ズバッとした物言いも多い。逆に聡明な顔つきで考え事をしているように見える時の半分は、何も考えていなかったり、思考が逸れて全く別のことを考えていたりする。
周囲がそれぞれの家族の愚痴を言うなれば、アシエリスは弟や家族の惚気話になるし、読書は堅苦しいもののみかと思いきや、小説に始まり何でも読むし、案外テレビもアニメもゲームも嗜んでいたりする。
要は、外面は完璧だが、中身は普通の……ちょっと残念な女の子だったりする───それが、アシエリスなのだ。
そんなアシエリスは今、貼り付けた笑みを浮かべて佇んでいた。
絶叫の響くボランティア出張研修旅行の、行先発表の日から早1ヶ月と数週間。季節はもう、夏半ばである。
学校はとっくに、夏休みに入っていた。
白い雲がもくもくと青空に広がる晴天の昼下がり、日差しがじんわりと、アシエリスの白い肌を焼いている。
むせ返るような暑さの都心部とは打って変わって、気温は涼しめなものの、海風が肌にまとわりつくここ、ミレンスで、綿素材の薄手のシャツに、同じく綿素材のズボンを合わせた大人びた格好のアシエリスが、他の部員達とミス・ミドリと共に、とある集団と対峙していた。
アシエリスの横にはミス・ミドリと、部長のカーライル・ヘンツ・エリクソンとが並ぶ。
カーライルもアシエリスと似たような笑みを浮かべていたが、此方は眼鏡をかけ、神経質な性格を如実に表している青い瞳で、対峙する集団を睨めつけている。
彼は、男の子にしては少し長めの深緑の髪を後ろで束ね、スラリと伸びた足をピタリと真っ直ぐに伸ばして立っていた。アシエリス同様シャツにジーンズという格好でなければ、まるで熟練の執事の様にも見えるであろう揺るぎない立ち姿である。
そんな彼等が対峙するのは、金持ちや貴族の子供が通うイギリスの名門学校、デルカン校の生徒達だった。
イギリスでデルカン校と言えば、二通りの反応が返ってくる。
「ああ、あの名門校か」という反応と、「あの、問題児の集まりか……」という反応である。
貴族階級時代の名残りで、イーリス校よりもさらに歴史のある私立の学び舎。初等部のみのイーリス校とは違い、全寮制で中等部高等部と並列に存在するデルカン校は、縦の繋がりの結束力が強かった。
そこに在籍する生徒たちは皆、余程の金持ちか、昔今問わず爵位持ちの家系の子供ばかりである。
学校内部での上下関係は、家の爵位と財力で決まると言えば分かるだろうか。トップに君臨する生徒達は皆総じて、親の権力を笠に着る我儘で傲慢な性格へと変貌する。そんな閉鎖的な環境が12年続くのだから、矯正は難しい。
世界的な階級社会など、とっくに廃れた二十一世紀の現在。名門であると同時に、問題児の集まりという評価がついてしまうのは、仕方の無いことかもしれなかった。
そんなデルカン校の生徒達が、何故アシエリス達と共に、こんな辺境の海辺の街にいるのか。ボランティアなどでは勿論ない……と言いたいが、実はそんな彼らも、デルカン校のボランティア部のメンバーである。
といっても、その活動内容はかなり異なってはいるかもしれないが──。
それを証拠に、7人ばかりの彼らは皆、スーツケースを三つも四つも持たせている。
彼らの後ろに倍の数控えているのは、使用人や荷物持ちといったフットマンたちである。
日傘を差し出されている生徒達は、同じく日差しの中、ジリジリと焼かれているアシエリス達を馬鹿にしたような目で笑っていた。
そういう彼らの顔が、アシエリスとカーライルに貼り付けた笑みを浮かべさせている原因である。二人以外の部員は、うんざりとした顔を隠そうともしなかった。
デルカン校の生徒達のリーダー格と見られる男子生徒が、一歩前に進み出る。
整った顔立ちと足の長さは、まるで映画の俳優のような格好良さなのに、傲慢な態度が滲み出ていて台無しだった。
艶のある短めに切り揃えられたプラチナブロンドの髪が、海風に揺れて陽の光をキラキラと反射している。
「誰かと思えば、イーリス校の生徒諸君じゃないか。相変わらず、趣味の悪い貧相な服装に、安いチャーターバスとはご苦労な事だな。なぁ、カーライル・ヘンツソン」
「カーライル・ヘンツ・エリクソンだ、フィリップ・デル・エリンデン・セインガーゾン。相変わらず、人の名前を覚えないやつだな。何でお前達がここにいるんだ」
「お前如きにお前などと、呼ばれる筋合いはないなカーライル。私達はお前達と違って、時間を有効に使っているまでだ。この休暇に、私の別荘に友人を招待してな。お前たちは働きアリ宜しく、下々の者の真似事でもしていろ」
「そうだな、俺達は暇じゃないからな。精々働くとするよ。暇人は暇人らしく、老後のご隠居よろしく昼寝でもしていればいい」
「なんだと? 私たちが老けているとでも言いたいのか!」
「違ったか? いや、これは失礼したな。自分の荷物ひとつ満足に運べないのは、筋力が衰えているからかと思ったんだがな」
「ハン。 荷物持ちなど、私達のすることでは無い」
「口ではなんとでも言えるよなフィリップ。老後は寝たきり生活かな」
「もう一度言ってみろ!!」
「いくらでも、喜んで」
今にも殴りあそうな二人を、双方の友人達が止めにかかった。
この二人はいつも、こうである。
フィリップ・デル・エリンデン・セインガーゾンと、カーライル・ヘンツ・エリクソンとは元々、家が隣同士の幼馴染である。
双方セインガーゾン家は侯爵、エリクソン家は伯爵位をもつ貴族であったものの、エリクソン一家は数年前、カーライルの曽祖父が亡くなった時に爵位を国に返上している。セインガーゾン一族は、代々デルカン校の要職を務め、フィリップの父は現在理事長の地位についている。
そんな訳で、爵位を返上した事で一般市民になったカーライルはイーリス校に進学し、それを機に貴族主義のセインガーゾン一家との縁は薄くなってしまった。
親同士は隣同士という事もあって最低限の交流はあるものの、フィリップはカーライルを目の敵にしており、カーライルはカーライルで、何かと突っかかってくるフィリップが煩わしくなり、以来自他ともに認める犬猿の仲となってしまったのだ。
その仲の拗れ具合は、ご覧の通りという訳である。
しかし、日本人の母は瞳の色は金色がかっているし、父親はイギリス人と呼ぶにはかなり濃ゆい、どちらかと言えばスペイン系では無いかと間違えられる顔立ちをしていることから、本人はきっかり二等分という訳では無いと考えていた。
黒髪に黒目ではあるものの、日本人特有ののっぺりした印象とは程遠く、顔立ちは整っている部類に入るだろうと言える。
彼女は冬には12歳になる、小学六年生である。8歳下には弟がおり、敬愛する母親に似たその容姿から、家族の誰よりも弟を可愛がっていた。
そんな弟バカなアシエリスの、周囲の印象は、″真面目でしっかり者のお嬢さん″だった。
誰とでも仲良くなれる……というようにはいかないまでも、周囲の模範となる優等生であり、一目置かれる存在。誰に対しても礼儀正しく、よく場の空気を読み、歳の割に大人顔負けの論理をかます聡明さは然ることながら、芸事にも秀でている。年上を立て、年下には優しい理想の女子─────。
ただし、それは公での印象である。
親しい者達の間では、アシエリスの評価は若干異なっていた。
″実は、かなり苛烈な性格であり、加えて、意外と抜けているところが多い─────と。
場の空気も読めるし、気遣いも出来る子ではあるものの白黒はっきりつけたがるタイプだし、ズバッとした物言いも多い。逆に聡明な顔つきで考え事をしているように見える時の半分は、何も考えていなかったり、思考が逸れて全く別のことを考えていたりする。
周囲がそれぞれの家族の愚痴を言うなれば、アシエリスは弟や家族の惚気話になるし、読書は堅苦しいもののみかと思いきや、小説に始まり何でも読むし、案外テレビもアニメもゲームも嗜んでいたりする。
要は、外面は完璧だが、中身は普通の……ちょっと残念な女の子だったりする───それが、アシエリスなのだ。
そんなアシエリスは今、貼り付けた笑みを浮かべて佇んでいた。
絶叫の響くボランティア出張研修旅行の、行先発表の日から早1ヶ月と数週間。季節はもう、夏半ばである。
学校はとっくに、夏休みに入っていた。
白い雲がもくもくと青空に広がる晴天の昼下がり、日差しがじんわりと、アシエリスの白い肌を焼いている。
むせ返るような暑さの都心部とは打って変わって、気温は涼しめなものの、海風が肌にまとわりつくここ、ミレンスで、綿素材の薄手のシャツに、同じく綿素材のズボンを合わせた大人びた格好のアシエリスが、他の部員達とミス・ミドリと共に、とある集団と対峙していた。
アシエリスの横にはミス・ミドリと、部長のカーライル・ヘンツ・エリクソンとが並ぶ。
カーライルもアシエリスと似たような笑みを浮かべていたが、此方は眼鏡をかけ、神経質な性格を如実に表している青い瞳で、対峙する集団を睨めつけている。
彼は、男の子にしては少し長めの深緑の髪を後ろで束ね、スラリと伸びた足をピタリと真っ直ぐに伸ばして立っていた。アシエリス同様シャツにジーンズという格好でなければ、まるで熟練の執事の様にも見えるであろう揺るぎない立ち姿である。
そんな彼等が対峙するのは、金持ちや貴族の子供が通うイギリスの名門学校、デルカン校の生徒達だった。
イギリスでデルカン校と言えば、二通りの反応が返ってくる。
「ああ、あの名門校か」という反応と、「あの、問題児の集まりか……」という反応である。
貴族階級時代の名残りで、イーリス校よりもさらに歴史のある私立の学び舎。初等部のみのイーリス校とは違い、全寮制で中等部高等部と並列に存在するデルカン校は、縦の繋がりの結束力が強かった。
そこに在籍する生徒たちは皆、余程の金持ちか、昔今問わず爵位持ちの家系の子供ばかりである。
学校内部での上下関係は、家の爵位と財力で決まると言えば分かるだろうか。トップに君臨する生徒達は皆総じて、親の権力を笠に着る我儘で傲慢な性格へと変貌する。そんな閉鎖的な環境が12年続くのだから、矯正は難しい。
世界的な階級社会など、とっくに廃れた二十一世紀の現在。名門であると同時に、問題児の集まりという評価がついてしまうのは、仕方の無いことかもしれなかった。
そんなデルカン校の生徒達が、何故アシエリス達と共に、こんな辺境の海辺の街にいるのか。ボランティアなどでは勿論ない……と言いたいが、実はそんな彼らも、デルカン校のボランティア部のメンバーである。
といっても、その活動内容はかなり異なってはいるかもしれないが──。
それを証拠に、7人ばかりの彼らは皆、スーツケースを三つも四つも持たせている。
彼らの後ろに倍の数控えているのは、使用人や荷物持ちといったフットマンたちである。
日傘を差し出されている生徒達は、同じく日差しの中、ジリジリと焼かれているアシエリス達を馬鹿にしたような目で笑っていた。
そういう彼らの顔が、アシエリスとカーライルに貼り付けた笑みを浮かべさせている原因である。二人以外の部員は、うんざりとした顔を隠そうともしなかった。
デルカン校の生徒達のリーダー格と見られる男子生徒が、一歩前に進み出る。
整った顔立ちと足の長さは、まるで映画の俳優のような格好良さなのに、傲慢な態度が滲み出ていて台無しだった。
艶のある短めに切り揃えられたプラチナブロンドの髪が、海風に揺れて陽の光をキラキラと反射している。
「誰かと思えば、イーリス校の生徒諸君じゃないか。相変わらず、趣味の悪い貧相な服装に、安いチャーターバスとはご苦労な事だな。なぁ、カーライル・ヘンツソン」
「カーライル・ヘンツ・エリクソンだ、フィリップ・デル・エリンデン・セインガーゾン。相変わらず、人の名前を覚えないやつだな。何でお前達がここにいるんだ」
「お前如きにお前などと、呼ばれる筋合いはないなカーライル。私達はお前達と違って、時間を有効に使っているまでだ。この休暇に、私の別荘に友人を招待してな。お前たちは働きアリ宜しく、下々の者の真似事でもしていろ」
「そうだな、俺達は暇じゃないからな。精々働くとするよ。暇人は暇人らしく、老後のご隠居よろしく昼寝でもしていればいい」
「なんだと? 私たちが老けているとでも言いたいのか!」
「違ったか? いや、これは失礼したな。自分の荷物ひとつ満足に運べないのは、筋力が衰えているからかと思ったんだがな」
「ハン。 荷物持ちなど、私達のすることでは無い」
「口ではなんとでも言えるよなフィリップ。老後は寝たきり生活かな」
「もう一度言ってみろ!!」
「いくらでも、喜んで」
今にも殴りあそうな二人を、双方の友人達が止めにかかった。
この二人はいつも、こうである。
フィリップ・デル・エリンデン・セインガーゾンと、カーライル・ヘンツ・エリクソンとは元々、家が隣同士の幼馴染である。
双方セインガーゾン家は侯爵、エリクソン家は伯爵位をもつ貴族であったものの、エリクソン一家は数年前、カーライルの曽祖父が亡くなった時に爵位を国に返上している。セインガーゾン一族は、代々デルカン校の要職を務め、フィリップの父は現在理事長の地位についている。
そんな訳で、爵位を返上した事で一般市民になったカーライルはイーリス校に進学し、それを機に貴族主義のセインガーゾン一家との縁は薄くなってしまった。
親同士は隣同士という事もあって最低限の交流はあるものの、フィリップはカーライルを目の敵にしており、カーライルはカーライルで、何かと突っかかってくるフィリップが煩わしくなり、以来自他ともに認める犬猿の仲となってしまったのだ。
その仲の拗れ具合は、ご覧の通りという訳である。
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