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第二章 ダンジョン・イーツ転換期 編
19:不当な営業停止処分には、断固として抗議いたします。
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翌朝、午前九時。
俺は人生で最も動きにくい装備に身を包んでいた。
「……首が苦しい。これ、呪われた装備なんじゃ?」
鏡の前でネクタイを締め直しながら、俺はあからさまに不機嫌な声を上げた。
着慣れないリクルートスーツ。最後に袖を通したのは、冒険者になる前に勤めていた会社の就活時代だ。
肩は窮屈だし、通気性は最悪。この革靴もいかんな、足がスニーカーに慣れすぎてしまった。
「馬鹿言ってないで、我慢なさい。今日は戦いの種類が違うのよ」
背後から、カグヤが俺の襟を直してくれる。
彼女はと言えば、いつもの探索服ではなく、シックなダークネイビーのパンツスーツに身を包んでいた。
艶やかな黒髪も後ろでキチッとまとめられ、あの「氷の聖女」というよりは「冷徹な女性弁護士」、あるいは「若き女帝」といった雰囲気を醸し出している。近寄りがたいオーラが三割増しだ。
「いい? 相手は魔物じゃないわ。言葉の揚げ足を取り、書類の不備を突き刺してくる『役人』と『法務部』という名のモンスターよ。下手に動けば、あなたの運び屋ライセンスなんて紙切れ一枚で消し飛ぶわ」
「……苦手だなー。俺は黙ってるから、弁護士さんに全て一任します。」
カグヤは、俺のおでこに軽くデコピンを食らわせ、俺の手を引き、部屋を出る。
既にマンション前で待機している、黒塗りのハイヤーに乗り込んだ。
行き先は日比谷公園のすぐ隣、霞ヶ関。
この国のダンジョン管理の中枢、ダンジョン庁が入っている合同庁舎だ。
◆◆◆
ダンジョン庁・物流監査局、第三会議室。
窓のない無機質な部屋には、空調の低い唸り音だけが響き、肌を刺すような冷え冷えとした空気が漂っていた。
長机の向こう側に座っているのは、三人の男たち。
中央に座る、神経質そうな銀縁眼鏡の男が、監査官の釘山《くぎやま》。典型的な事なかれ主義の役人顔だ。
そして、その隣には――。
「やあ、初めまして。ダンジョン・イーツの天野《アマノ》 蓮《レン》さんですね」
やけに艶のあるグレーの高級スーツを着た男が、ねっとりとした笑みを浮かべていた。
「ハリーエクスプレス法務部の堂島《どうじま》です。昨日の秩父でのご活躍、配信で拝見しましたよ。……実に野性味溢れる、素晴らしい走りでした」
野性味ね……挨拶代わりのジャブかな?
「単刀直入に申し上げます」
眼鏡の監査官、釘山が分厚いファイルを机に叩きつけた。
「天野レン氏。貴殿の保有スキル【絶対配送】について、ハリーエクスプレス社より『自社の魔導ナビゲーション技術の不正流用』の疑義が提出されました。これに伴い、調査が完了するまでの間、ダンジョン内での全営業活動の無期限停止を命じます」
「……は?」
俺は思わず声を荒げそうになり、テーブルの下でカグヤにヒールで足を蹴られた。痛い。
「異議あり」
カグヤが涼しい顔で手を挙げる。声色には冷気が混じっているような感じだ。
「不正流用というなら、証拠を提示していただきたいわ。彼のスキルはギルドの鑑定水晶でも『ユニークスキル』と認定されています。ハリー社の技術とは根本的に構造が異なるはずよ」
「ええ、確かに表層の魔法構造は違います」
法務部の堂島が、わざとらしい溜息をつき、手元のタブレットを操作してホログラムモニターを空中に投影した。
そこには、複雑な迷路のようなグラフが表示されている。
「ですが、目的地への最適解を導き出すというロジックがあまりに似すぎている。我々は数億の予算を投じて、過去十年の全ダンジョンデータを解析したAI『ヘルメス』を開発しました。……見てください」
堂島が指差したのは、昨日の秩父ダンジョンの3Dマップだった。
そこに、俺の走行ルート(青線)と、ハリー社のAIによるシミュレーションルート(赤線)が重ねられている。
「秩父の深層において、彼が通ったルートは、我々のAIが『理論上の最適解』として弾き出したルートと、八十五%も一致しています。……彼ごときの個人の勘が、スーパーコンピュータの演算結果とこれほど一致するなど、統計学的にあり得ない」
堂島は勝ち誇ったように眼鏡を押し上げた。メガネ、クイってやつだ。
「つまり、彼は何らかの方法で当社のサーバーをハッキングし、リアルタイムで演算結果を盗み見ながら走っている可能性が高い。これは重大な知的財産権の侵害です」
めちゃくちゃな理屈だ。
むしろいちいちデータを確認しながら走っていたら、臨機応変な対応はできないし、逆にそっちの方が難しいだろ……俺が速いのはAIをカンニングしてるからじゃなくて、俺が必死にペダルを漕いでるからだ。
「それに……」
釘山監査官が、ここぞとばかりに冷ややかな視線を俺に向ける。
「技術的な真偽はともかく、貴殿の配送スタイルはあまりに危険だ。自転車などという防護性の皆無な車両で深層へ潜るなど、自殺行為に等しい。もし事故が起きれば、救助に向かう二次災害のリスクがある。管理庁として、このような行為を認めるわけにはいかないのです。ダンジョン内をサイクリングコースにされては困りますな!」
盗っ人扱いされた上に、サイクリング呼ばわりか。
俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。
「……サイクリング、ねえ」
俺はカグヤの制止を振り切り、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「おい、そのグラフ。もう一度よく見せてみろ」
「は? なにを……」
「八十五%は一致してるかもしれないが、残りの十五%は『ズレてる』よな?」
俺はモニターに表示された、赤い線と青い線が乖離しているポイントを指差した。
「ここだ。断崖絶壁のヘアピンカーブ。あんたのAIは、安全のために減速して大回りを推奨してる。……だが、俺のルートは壁面を走ってショートカットしてる」
「なっ……壁面走行だと? そんな非常識な……」
「次、こっちだ。氷柱の落下ポイント。AIは迂回ルートを示してるが、俺はその下を全速力で突っ切ってる。迂回してたら間に合わなかったからな」
俺は懐から、一枚のUSBメモリを取り出し、机の上に滑らせた。
「これは昨日の俺のサイクルコンピュータのログデータだ。タイヤの回転数、路面の摩擦係数、心拍数、そしてルート選択の判断速度。……盗用だと言うなら、あんたのところのAIと比べてみればいい」
堂島が眉をひそめ、部下にUSBを解析させる。
数分後。手元のモニターに表示された波形を見て、操作していた技術者の顔色が青ざめた。
「ど、堂島部長……これ……」
「なんだ、ハッキングの痕跡が出たか?」
「いえ……逆です。この反応速度……ハッキングによる遅延(ラグ)が一切ありません。それどころか、AIが危険として除外したルートを、0.01秒の判断で選択し続けています。……これを、演算で行うのは無理です。異常な反射神経と、異常な空間把握能力のなせる技です。」
技術者の震える声が、会議室に響いた。
「AIは最も安全で効率的な道を選びますが、彼は生存可能なギリギリの最短ルートをこじ開けています。……これをAIのコピーだと言うのは、無理があります」
会議室に、沈黙が落ちた。
考えるまでもなく、結論は既に出ているのだ。こんな茶番に付き合わされる職員達も大変だな、同情しちゃうよ。
「……ふん。反射神経が良いことは認めましょう」
堂島は顔色一つ変えず、話題をすり替えた。さすがはかの国の法務部、面の皮の厚さがダンジョンの壁より分厚い。
「ですが、安全性の問題は別だ。個人の曲芸に、市民の荷物を預けるわけにはいかない。個人の力量に依存しすぎた配送は、インフラとは呼べない。そうでしょう、釘山監査官?」
「さ、左様! 偶然上手くいっただけかもしれない。公共の福祉のためには、実績とマニュアルのある大手企業に物流を一本化すべきだ! 万が一、君が死んだら誰が責任を取るんだ!」
結局、そこか。
俺がどれだけ速くても、どれだけ正確でも、「大手じゃないから」「管理できないから」という理由で潰しにかかる。
その時だ。
カグヤが、音もなく立ち上がった。
彼女は手元のブランドバッグから、小さな桐の箱を取り出し、ドンと机に置いた。
「……これは?」
「瑞月の新作、氷聖女の初日の出大福よ。」
自分で言ってて恥ずかしくないのかな?とも思うが、ここは口を出さない。
「……お二方とも、随分と頭が固くなっておられるようだから、甘いものでも食べて脳に糖分を回した方がいいかと思って」
「なっ、ここは神聖な聴取の場だぞ! 賄賂のつもりか!」
釘山が顔を真っ赤にして立ち上がる。
「いいえ? ただの補給よ。……それとも、この場で世界中に配信しましょうか? 『ダンジョン庁は、昨日多くの命を救った英雄を、企業の利益のために言いがかりで潰そうとしている』って」
カグヤがスマホを取り出す。画面には、既に配信待機状態のD-Tubeアプリが表示されていた。
タイトルは『緊急配信:ダンジョン庁からの呼び出しについて』。
現在の待機視聴者数――500万人。
「なっ……五百……?!」
釘山の顔から血の気が引く。昨今の役所にとって、炎上こそが最大の恐怖だ。ましてや今のレンは、世界中が注目する時の人だ。ここで彼を不当に処分すれば、ダンジョン庁に抗議の電話が殺到し、サーバーがダウンするのは目に見えている。
「……チッ。相変わらずやり方がずる賢いですね、氷の聖女様」
堂島が舌打ちをし、立ち上がった。
「いいでしょう。今回は『証拠不十分』ということで引き下がります。……ですが、天野 蓮さん。我々はまだ、あなたの『安全性』と『継続性』を認めたわけではない」
堂島は俺の目の前まで歩み寄り、挑戦的な視線をぶつけてきた。
「一週間後。ダンジョン庁主催の『次世代物流トライアル』が、新設される『横浜ダンジョン・湾岸エリア』で開催されます。そこで我々ハリーエクスプレスが開発した、最新鋭の無人配送ドローン部隊と勝負しなさい」
「ドローン……だと?」
「ええ。人間のようなミスも疲労もなく、正確無比に空を飛ぶ物流の革命児です。……もしその勝負で負けたら、その時代遅れの自転車を降りて、廃業してもらいましょう。我々の邪魔をした詫び料として、ライセンスを返上していただきます」
「……もし俺が勝ったら?」
「ハリー社は、今後一切の干渉を行わず、あなたの営業権を公式に認めるよう庁に働きかけましょう。さらに、今回の非礼への詫びとして、賞金一億を出してもいい」
一億……それに、公的な営業権の保証……
。
悪い話じゃない。何より、売られた喧嘩を買わずに帰るのは、俺の流儀じゃない。
俺は息苦しいネクタイを少しだけ緩め、堂島を睨み返してニヤリと笑った。
「いいぜ。その勝負受けてやる」
こうして俺は、魔物ではなく、空飛ぶ機械の群れとレースをすることになったのだった。
俺は人生で最も動きにくい装備に身を包んでいた。
「……首が苦しい。これ、呪われた装備なんじゃ?」
鏡の前でネクタイを締め直しながら、俺はあからさまに不機嫌な声を上げた。
着慣れないリクルートスーツ。最後に袖を通したのは、冒険者になる前に勤めていた会社の就活時代だ。
肩は窮屈だし、通気性は最悪。この革靴もいかんな、足がスニーカーに慣れすぎてしまった。
「馬鹿言ってないで、我慢なさい。今日は戦いの種類が違うのよ」
背後から、カグヤが俺の襟を直してくれる。
彼女はと言えば、いつもの探索服ではなく、シックなダークネイビーのパンツスーツに身を包んでいた。
艶やかな黒髪も後ろでキチッとまとめられ、あの「氷の聖女」というよりは「冷徹な女性弁護士」、あるいは「若き女帝」といった雰囲気を醸し出している。近寄りがたいオーラが三割増しだ。
「いい? 相手は魔物じゃないわ。言葉の揚げ足を取り、書類の不備を突き刺してくる『役人』と『法務部』という名のモンスターよ。下手に動けば、あなたの運び屋ライセンスなんて紙切れ一枚で消し飛ぶわ」
「……苦手だなー。俺は黙ってるから、弁護士さんに全て一任します。」
カグヤは、俺のおでこに軽くデコピンを食らわせ、俺の手を引き、部屋を出る。
既にマンション前で待機している、黒塗りのハイヤーに乗り込んだ。
行き先は日比谷公園のすぐ隣、霞ヶ関。
この国のダンジョン管理の中枢、ダンジョン庁が入っている合同庁舎だ。
◆◆◆
ダンジョン庁・物流監査局、第三会議室。
窓のない無機質な部屋には、空調の低い唸り音だけが響き、肌を刺すような冷え冷えとした空気が漂っていた。
長机の向こう側に座っているのは、三人の男たち。
中央に座る、神経質そうな銀縁眼鏡の男が、監査官の釘山《くぎやま》。典型的な事なかれ主義の役人顔だ。
そして、その隣には――。
「やあ、初めまして。ダンジョン・イーツの天野《アマノ》 蓮《レン》さんですね」
やけに艶のあるグレーの高級スーツを着た男が、ねっとりとした笑みを浮かべていた。
「ハリーエクスプレス法務部の堂島《どうじま》です。昨日の秩父でのご活躍、配信で拝見しましたよ。……実に野性味溢れる、素晴らしい走りでした」
野性味ね……挨拶代わりのジャブかな?
「単刀直入に申し上げます」
眼鏡の監査官、釘山が分厚いファイルを机に叩きつけた。
「天野レン氏。貴殿の保有スキル【絶対配送】について、ハリーエクスプレス社より『自社の魔導ナビゲーション技術の不正流用』の疑義が提出されました。これに伴い、調査が完了するまでの間、ダンジョン内での全営業活動の無期限停止を命じます」
「……は?」
俺は思わず声を荒げそうになり、テーブルの下でカグヤにヒールで足を蹴られた。痛い。
「異議あり」
カグヤが涼しい顔で手を挙げる。声色には冷気が混じっているような感じだ。
「不正流用というなら、証拠を提示していただきたいわ。彼のスキルはギルドの鑑定水晶でも『ユニークスキル』と認定されています。ハリー社の技術とは根本的に構造が異なるはずよ」
「ええ、確かに表層の魔法構造は違います」
法務部の堂島が、わざとらしい溜息をつき、手元のタブレットを操作してホログラムモニターを空中に投影した。
そこには、複雑な迷路のようなグラフが表示されている。
「ですが、目的地への最適解を導き出すというロジックがあまりに似すぎている。我々は数億の予算を投じて、過去十年の全ダンジョンデータを解析したAI『ヘルメス』を開発しました。……見てください」
堂島が指差したのは、昨日の秩父ダンジョンの3Dマップだった。
そこに、俺の走行ルート(青線)と、ハリー社のAIによるシミュレーションルート(赤線)が重ねられている。
「秩父の深層において、彼が通ったルートは、我々のAIが『理論上の最適解』として弾き出したルートと、八十五%も一致しています。……彼ごときの個人の勘が、スーパーコンピュータの演算結果とこれほど一致するなど、統計学的にあり得ない」
堂島は勝ち誇ったように眼鏡を押し上げた。メガネ、クイってやつだ。
「つまり、彼は何らかの方法で当社のサーバーをハッキングし、リアルタイムで演算結果を盗み見ながら走っている可能性が高い。これは重大な知的財産権の侵害です」
めちゃくちゃな理屈だ。
むしろいちいちデータを確認しながら走っていたら、臨機応変な対応はできないし、逆にそっちの方が難しいだろ……俺が速いのはAIをカンニングしてるからじゃなくて、俺が必死にペダルを漕いでるからだ。
「それに……」
釘山監査官が、ここぞとばかりに冷ややかな視線を俺に向ける。
「技術的な真偽はともかく、貴殿の配送スタイルはあまりに危険だ。自転車などという防護性の皆無な車両で深層へ潜るなど、自殺行為に等しい。もし事故が起きれば、救助に向かう二次災害のリスクがある。管理庁として、このような行為を認めるわけにはいかないのです。ダンジョン内をサイクリングコースにされては困りますな!」
盗っ人扱いされた上に、サイクリング呼ばわりか。
俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。
「……サイクリング、ねえ」
俺はカグヤの制止を振り切り、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「おい、そのグラフ。もう一度よく見せてみろ」
「は? なにを……」
「八十五%は一致してるかもしれないが、残りの十五%は『ズレてる』よな?」
俺はモニターに表示された、赤い線と青い線が乖離しているポイントを指差した。
「ここだ。断崖絶壁のヘアピンカーブ。あんたのAIは、安全のために減速して大回りを推奨してる。……だが、俺のルートは壁面を走ってショートカットしてる」
「なっ……壁面走行だと? そんな非常識な……」
「次、こっちだ。氷柱の落下ポイント。AIは迂回ルートを示してるが、俺はその下を全速力で突っ切ってる。迂回してたら間に合わなかったからな」
俺は懐から、一枚のUSBメモリを取り出し、机の上に滑らせた。
「これは昨日の俺のサイクルコンピュータのログデータだ。タイヤの回転数、路面の摩擦係数、心拍数、そしてルート選択の判断速度。……盗用だと言うなら、あんたのところのAIと比べてみればいい」
堂島が眉をひそめ、部下にUSBを解析させる。
数分後。手元のモニターに表示された波形を見て、操作していた技術者の顔色が青ざめた。
「ど、堂島部長……これ……」
「なんだ、ハッキングの痕跡が出たか?」
「いえ……逆です。この反応速度……ハッキングによる遅延(ラグ)が一切ありません。それどころか、AIが危険として除外したルートを、0.01秒の判断で選択し続けています。……これを、演算で行うのは無理です。異常な反射神経と、異常な空間把握能力のなせる技です。」
技術者の震える声が、会議室に響いた。
「AIは最も安全で効率的な道を選びますが、彼は生存可能なギリギリの最短ルートをこじ開けています。……これをAIのコピーだと言うのは、無理があります」
会議室に、沈黙が落ちた。
考えるまでもなく、結論は既に出ているのだ。こんな茶番に付き合わされる職員達も大変だな、同情しちゃうよ。
「……ふん。反射神経が良いことは認めましょう」
堂島は顔色一つ変えず、話題をすり替えた。さすがはかの国の法務部、面の皮の厚さがダンジョンの壁より分厚い。
「ですが、安全性の問題は別だ。個人の曲芸に、市民の荷物を預けるわけにはいかない。個人の力量に依存しすぎた配送は、インフラとは呼べない。そうでしょう、釘山監査官?」
「さ、左様! 偶然上手くいっただけかもしれない。公共の福祉のためには、実績とマニュアルのある大手企業に物流を一本化すべきだ! 万が一、君が死んだら誰が責任を取るんだ!」
結局、そこか。
俺がどれだけ速くても、どれだけ正確でも、「大手じゃないから」「管理できないから」という理由で潰しにかかる。
その時だ。
カグヤが、音もなく立ち上がった。
彼女は手元のブランドバッグから、小さな桐の箱を取り出し、ドンと机に置いた。
「……これは?」
「瑞月の新作、氷聖女の初日の出大福よ。」
自分で言ってて恥ずかしくないのかな?とも思うが、ここは口を出さない。
「……お二方とも、随分と頭が固くなっておられるようだから、甘いものでも食べて脳に糖分を回した方がいいかと思って」
「なっ、ここは神聖な聴取の場だぞ! 賄賂のつもりか!」
釘山が顔を真っ赤にして立ち上がる。
「いいえ? ただの補給よ。……それとも、この場で世界中に配信しましょうか? 『ダンジョン庁は、昨日多くの命を救った英雄を、企業の利益のために言いがかりで潰そうとしている』って」
カグヤがスマホを取り出す。画面には、既に配信待機状態のD-Tubeアプリが表示されていた。
タイトルは『緊急配信:ダンジョン庁からの呼び出しについて』。
現在の待機視聴者数――500万人。
「なっ……五百……?!」
釘山の顔から血の気が引く。昨今の役所にとって、炎上こそが最大の恐怖だ。ましてや今のレンは、世界中が注目する時の人だ。ここで彼を不当に処分すれば、ダンジョン庁に抗議の電話が殺到し、サーバーがダウンするのは目に見えている。
「……チッ。相変わらずやり方がずる賢いですね、氷の聖女様」
堂島が舌打ちをし、立ち上がった。
「いいでしょう。今回は『証拠不十分』ということで引き下がります。……ですが、天野 蓮さん。我々はまだ、あなたの『安全性』と『継続性』を認めたわけではない」
堂島は俺の目の前まで歩み寄り、挑戦的な視線をぶつけてきた。
「一週間後。ダンジョン庁主催の『次世代物流トライアル』が、新設される『横浜ダンジョン・湾岸エリア』で開催されます。そこで我々ハリーエクスプレスが開発した、最新鋭の無人配送ドローン部隊と勝負しなさい」
「ドローン……だと?」
「ええ。人間のようなミスも疲労もなく、正確無比に空を飛ぶ物流の革命児です。……もしその勝負で負けたら、その時代遅れの自転車を降りて、廃業してもらいましょう。我々の邪魔をした詫び料として、ライセンスを返上していただきます」
「……もし俺が勝ったら?」
「ハリー社は、今後一切の干渉を行わず、あなたの営業権を公式に認めるよう庁に働きかけましょう。さらに、今回の非礼への詫びとして、賞金一億を出してもいい」
一億……それに、公的な営業権の保証……
。
悪い話じゃない。何より、売られた喧嘩を買わずに帰るのは、俺の流儀じゃない。
俺は息苦しいネクタイを少しだけ緩め、堂島を睨み返してニヤリと笑った。
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