転生の出来損ない。霊になった僕は復讐を誓う少女を見守る事にした。

谷翼

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 ミディム冒険者組合の執務室は、酒と煙草の入り混じった澱んだ匂いが鼻をついた。
 必要最低限の調度品を除き、装飾品と呼べるものは皆無。
 この部屋の主が組合長ともあろう男だとは、とても思えなかった。
 唯一目を引くのは、事務机の上に無造作に置かれた数本の酒とその空き瓶、山となった煙草の吸い殻、そして床にまで散乱する書類の束。

 ミディム冒険者組合の長、オッメルソン。長い髪を無造作に束ねた男は、冒険者時代から時を経てもなお、鍛え上げられた肉体を維持していた。

「相変わらず、酷い有様ね」
 タレッタは、うんざりした顔で溜息をついた。
「何一つわかってない。これが良いのだ」
「何が良いのかしら」
「⋯⋯。何だろう」
 タレッタは、ガタっと肩を落とした。
「これがミディム冒険者組合の長たる者の姿?皆、興ざめするわよ」
「馬鹿言え。時と場所は弁える」
 タレッタは鼻を鳴らした。
「ならば、まずこの部屋を片付けたらどう?」
「明日そうするさ」
 タレッタは再び溜息をつき、諦めたように首を振った。
 どうせ明日も同じことだろう。対談が終わったら、掃除をしてやろうと思った。

「それで、用件は?」
 オッメルソンは、酒瓶を片手に尋ねた。
「先日、ドドン山岳へ向かった一行が全滅した件よ」
「蒼階級のキザールたちか」
 タレッタは頷いた。
「 帰還した少女の目撃情報は四メートル近い体躯で狼のような魔獣とのこと」
 オッメルソンは目を閉じて息を吐いた後、腕を組んで。考える素振りを見せた。
「⋯四メートル程とは、だいぶ力を蓄えた魔物だろう。その大きさと見た目故に情報も絞られてくる。似たような話が別の冒険者組合から流れてきている。かなり暴れているようだ。」
「ウチの手練を派遣して調査させようかしら」
「そうしよう。⋯しかし、最近は調査案件が多い。こんな辺境の地で」
 椅子に凭れ、オッメルソンは呟いた。
「田舎で暇を持て余すかと思ったのだがな」
 タレッタは白い目を向けた。

 ドアがノックされた。
「入れ」
「失礼し⋯⋯くさっ!」
 入室した十代ほどの役員は顔をしかめた。
「ほら、皆こうなるのよ」
 タレッタは呆れたように言った。
「⋯善処しよう」
 オッメルソンは立ち上がり、普段は閉ざされた窓を軋ませながら開け放ち、消臭剤を撒いた。

「どうした」
 オッメルソンが若い役員に尋ねる。
「⋯⋯。組合長ではなくタレッタさんにご用件が」 
「えっ、あぁ。そうか」
 タレッタは「私に?」にと問うと若い役員は「はい。そうです」と告げ。そのまま続けた。
「あの少女がヘボイナの森へ向かったそうです」
 タレッタは深く溜息をついた。

「あの子⋯。そこも調査区域じゃないの⋯」

 ●

 一ヶ月が過ぎた。スライム狩りで日々の糧を得ながら、ユウキとリンは魔術の鍛錬に励んでいた。
 地道な努力が実を結び、二人は確かな手応えを感じ始めていた。

 そろそろ、次のステップに踏み込もう。二人はそう考えた。

 土埃を巻き上げ、ザ・コースギィー平原を疾走する。

「あ、あ、あぅ、あっ、う、う、うぅっ、うっ」

 二メートルを超す巨鳥、ダーヴィンの背で、リンが悲鳴にも似た声を上げている。
 隣でその様子を見ていたユウキは笑う。

「あ、あっ、あぅ、う、うう、う。こ、これれ、ユウ、キ、くんも、け、い、けん、した、ほぅ、が、いい、よっ」
「えー」
「しーてー、よっ」

 ユウキは苦笑し、リンに憑依した。
 瞬間。リンの身体に伝わる激しい振動。
 ユウキも思わず声を上げる。

「っ、あっ、うっあっ!っ!」

 今のユウキくん?
 違うよ、リンちゃんでしょ?

 二人は心の中で笑い合った。

 ●

 ダーヴィンに揺られること一時間。ヘボイナの森に到着した。ルッキィの森とは比べ物にならないほど、鬱蒼とした木々が視界を覆う。

「おぼろろろろ」
 森に着くなり、リンがダーヴィンの横で虹を作っていた。
 ユウキは見て見ぬふりをした。

 ヘボイナの森に出現する主な魔物はゴブリンだと聞く。
 弱い魔物だが、人への危害を厭わない厄介な存在だ。
 ユウキは気を引き締めた。

「リンちゃーん。大丈夫?」
「んー。ちょっと休憩したいかな」
 ダーヴィンにひどく酔ったらしい。リンは地面に寝そべっている。

「じゃあ、先に森の中を見てくるよ」
 ユウキはリンの得物を手に取り、森へ足を踏み入れようとした。

「と、その前に試してみるか」
 ユウキは異能【分裂】で分身体を生み出した。
 分身体と意識を切り替える。
 すぐ隣には、リンの得物を握る分身体のユウキ。
 異能【再生】を発動すると、分身体は凄まじい勢いで本体に吸収され、持っていた得物が地面に落ちた。
「なるほどね」
 ユウキは再び分身体を作り、リンの身体に憑依した。
 そして、分身体に意識を切り替える。
 リンから距離を取り、心の会話を試みる。
『リンちゃん聞こえる?』
『んー、何言ってるの。側にいるじゃん』
『それは僕が作ったもう一人の僕だよ』
 リンは驚いたように目を丸くした。
「ほら、こっちこっちー」
 ユウキはリンから離れた場所で手を振った。
『ホントだ。離れていてもユウキくんとお話できるんだー。すごいね』

 これで、いつでもリンの安否を確認できるし、守ることもできる

「じゃあ、僕は散歩してくるよ。何かあったら声をかけてね」
「はーい」

 リンの返事を背に、ユウキは森の奥へと進んだ。

 ●

 ユウキは、人間のシルエットに緑色の肌、卑しい顔立ちをしたゴブリンを見つけるたびに、容赦なく斬りつけた。
 先手必勝。ゴブリンたちは霊体であるユウキに気づくことなく、次々と倒れていった。

「だいぶ狩ったな……。思ったより数も多い」

 ユウキが通った道には、ゴブリンの死体が点々と転がっている。
「⋯リンちゃんには見せられない光景だ」
 ユウキは、自分でやっておきながら、その光景に慄いた。

 さらに奥へと進むと、ユウキは思わず声を漏らした。
「⋯。⋯い、嫌だなぁ⋯」
 視界に飛び込んできたのは、木々に張り巡らされた太い蜘蛛の糸。
 あらゆる場所に、不気味な卵がへばりついている。
 ユウキは顔を引きつらせた。

 見なかったことにして、立ち去ろう。
 そう思った時、リンがユウキを呼んだ。

「ユウキくーん」
 ユウキは、急いでリンのもとへ戻ることにした。

 ●

 戻ればリンは魔術の行使をしていた。
 一ヶ月前の可愛い魔術と比べたら今のそれは可愛いとは言えなくなった。
 地面からはタコやイカ、クラゲを連想させる触手のような植物の根がうねうねと奇妙に動いていた。

「ただいま~」と声を掛けるとリンは魔術の行使を止めて
 ん~っと伸びをした。
「おかえり。わたしもそろそろ森の中に⋯」
 言葉の途中でリンの視線がユウキの持つ鞄に向いた。

 鞄はゴブリンの魔石でパンパンに膨らんでいた。

 冒険者組合では魔石以外にもゴブリンの体の一部でも買い取ると言っていたが、見た目が酷いモノだから、鞄に詰めようとは思いもしなかった。

 しかし、ゴブリンの体の一部は何に使うのだろう⋯。
 ユウキは不思議に思った。 

「今日もユウキくんに仕事取られちゃった」 と、口を尖らせるリン。 
「まあまあ、僕はこれくらいしかできないから」
「 わたし何もしてないじゃん」
「そんな事無いよ~」
「ほら、いつもそうやって言う」
 ふんっ。鼻を鳴らした後
「でも、ありがとね」と礼を言うのは忘れない。
 そんなリンにユウキは頬を緩めた。

 ●

 ユウキは、先ほどとは異なる方向へリンを連れて歩き出した。
 道に転がるゴブリンの死体や気味が悪い蜘蛛の巣を、この少女に見せるわけにはいかない。
 そう思ったからだ。

「見てー、ユウキくん」
 リンがそう言うと、魔術を発動させた。地面に現れたのは、淡く光る緑色の魔法陣。ひび割れた地面から、植物の根がにょきにょきと生え出す。

 それがゴブリンを捉えると、首を締め上げた。

「⋯⋯えっぐ」
 思わず、ユウキは声を漏らしてしまった。

 ユウキの記憶にあるルーシィもまた、木の属性を有していたが、生き物を縛り付けるような魔法ではなかった。
 攻撃から身を守るための防壁を作ったり、移動の際に足場を作ったりと、補助的なものが主だった。
 魔術の力量は、やはり想像力で決まるのだろうか。ユウキは改めてそう思った。

 想像力かぁ。

「ねえ、リンちゃん。パフォーマンスって大事だと思わない?」
 ユウキの言葉に、リンは首を傾げた。
「パフォーマンス?」
「そう。戦う姿をかっこよく見せたいと思わない?」
「そんなの、考えたことないよ。でも⋯かっこいいことは、良いことだと思う」
 リンはそう言うと、「どうするの?」と尋ねてきた。
「ロマンを追求する」
 リンは不思議そうな顔をした。
「まあ、言葉よりやってみた方が早いよね」

 ユウキはそう言うと、視界に入ったゴブリンを指差した。

「一緒に戦おう。何かかっこいいポーズをしてみて」
「ど、どういうこと⋯⋯?」
「何でもいいよ。あのゴブリンに向かって、手を振りかざすとかでもいいから」

 戸惑った様子のリンはユウキに、言われた通りゴブリンへ向かって腕を振り上げた。
 それを見たユウキは、リンの得物を構え、ゴブリンに突進し、刃を突き刺した。
「こういうこと」
「⋯わたしの動きに合わせて、ユウキくんが攻撃したりするってこと?」
「そういうこと!」
 元気よく言うユウキに、リンは半眼で見た。
「わたし、何もしてなくない?」
「そんなことないよ。考えてみて。僕たちは霊が見えるからあれだけど、普通の人が見たら剣がリンちゃんの意思で動いているように見えるんだよ!?」

「かっこいいと思わない!?」
 声を上げるユウキに、リンは困った顔をした。

 それから、ユウキのロマンに付き合ううちに、リンに笑顔が生まれた。

 様々なポーズをすれば、ユウキがそれっぽいことをしてくれるのが、リンは嬉しくてたまらなかったのだ。

 腕を振りかざせば刃が飛び、両手を広げてみれば、ユウキの下級魔術で火の玉が浮かび上がったり、綺麗な水玉が宙を舞ったりする。

 自分に出来ないことが出来ているようで、リンは楽しんでいた。

「あっはは!楽しい!楽しいよ、ユウキくん!」

 楽しんでくれてよかった。ユウキもそう思い、「僕も楽しいよ」と答えた。

 喜びを分かち合っていると、茂みを激しくかき分ける音がした。何だろうと、揺れる茂みに目を凝らす。
「うお」
「ひえ⋯」
 すると、大きな影が見えた。
 現れたのは、体長三メートルほどのイノシシ、エル・ボーアという魔物だ。
 生えた牙は、顔と釣り合わないほど大きい。
 あれに突き刺されたら終わりだろう。

「ユ、ユウキくん!危なそうなのが出てきたよ!」
「大丈夫!危ないのは間違いないけど、あれは弱いんだ!」
「危ないけど弱いって、どういうこと!?」

 言い合っていると、エル・ボーアがリンを目にしたらしい。
 蹄を何度も地面に叩きつけ、今にも突進してきそうだ。

「こっちに来るよ!ユウキくん!」
 エル・ボーアが、こちらへ向かって勢いよく駆け始めた。リンは引き気味だ。
 スライムやゴブリン相手には容赦しなかったのに⋯。
「リンちゃん!今こそ、僕たちのロマンをお披露目する時だよ!」
 若干引き気味だったリンは、ユウキの言葉を聞くと、困った顔をした後、小さく苦笑した。
「そうだね!」
 リンはそう言うと、地面に手をつき、木属性の魔術を発動させた。
 地面を這う根が、エル・ボーアの足を絡め取る。
 エル・ボーアは嘶き、足に絡みつく根を煩わしそうに払いのけようとする。
 その隙に、リンはエル・ボーアへ向けて腕を大きく振りかざした。
 ユウキは、その動きに合わせてエル・ボーアの弱点である火属性の魔術を放った。

 エル・ボーアに魔術が炸裂した。

 エル・ボーアが倒れたのを確認すると、リンはくるくると回って「やったあ」と喜びを表現した。
 ふと、きゅるるぅ、とリンのお腹が鳴った。
 ユウキは笑い「そろそろご飯時だね」と言い、リンは「うん」と恥ずかしそうに答えた。

「せっかくだし、このイノシシを食べようよ」

 リンは「えぇ」と困惑した様子を見せたが、瞳は輝いていた。

 ●

 ユウキたちが戦いにロマンを求め始めた頃に遡る。

 ミディム冒険者組合の四人組。

 屈強な体躯、短く刈り込まれた茶髪、精悍な顔立ちの剣士、ゲン。

 大柄でがっしりとした体格、堅牢さを感じさせる無骨な顔立ちの盾使い、ヘイト。

 長身で細身、鋭い眼光が印象的な弓使い、ショット。

 そして、腰まで届く茶髪、チョコレート色の瞳に優しさを宿す土属性の魔術師、イア。

 彼らはタレッタの要請を受け、ユウキたちが現在いるヘボイナの森へと足を踏み入れた。

 要請の内容は、森に足を踏み入れた少女の保護と、森の調査。

「まだ正式な冒険者でもない幼い子が、この森に入っていったとのことだ」
「その幼い子って、前にキザールたちが連れて行った白髪の子よね」
「見た感じ、あのお嬢ちゃんはかなりのお転婆だったな」
「歳相応だろ。聞いた話じゃ、キザールたちに連れられてドドン山岳で危ない目に遭ったばかりだってのに懲りない子だ」

 全員が呆れたように首を振った。

「で、このヘボイナの森では一体何が起きているんだ?」
 髭を弄りながらヘイトが尋ねると、ゲンは肩を竦めた。
「さあな。どうせ、厄介事なのは間違いない。さっさと女の子を回収し、変わった場所を確認したら撤退するぞ。それだけで金がもらえるんだ」

 ゲンの言葉に、全員が頷いた。

「⋯あれはなんだ?」
 ショットが険しい表情で呟いた。
 彼らが目にしたのは、道に転がるゴブリンの死体だった。
「気味が悪いわね⋯これ。女の子は無事なのかしら⋯」
 イアが不安げに呟いた。
「嬢ちゃんのこともそうだが、俺たちの身の安全も考えた方がいい」
 ヘイトが強張った声で言った。

「日和るのはまだ早いぞ」

 先に進むと、巨大な蜘蛛の巣が目立つようになった。

「⋯以前はこんなのなかったな。駆け出しの冒険者が消える理由はこれか」
 ショットの言葉に、全員が頷いた。
「見た感じ、これは俺たちの手に負えないかもしれないな。ここは大人しく引いて、嬢ちゃんを探しに行こう」

 ヘイトがそう言った時だった。

 巨大な黒い影が現れた。
 全員は咄嗟に茂みに身を隠した。
「なんだ⋯⋯あれは」
「見たことのない魔物だわ⋯おぞましい姿をしているわね」

 全員が黒い影を凝視した。
 それは体長三メートルほどの巨体で、人の手の形をしていた。脚は槍のように鋭く、関節部分には巨大な目がいくつもついていた。
 その目は常に忙しなく動いている。

 しばらく観察していると、魔物は道端のゴブリンの死体に近づき、巨大な脚を振り上げた。
 腹部が露わになり、そこには巨大な口があった。
 口の中には無数の鋭い歯が並んでいる。
 魔物はゴブリンを口の中に放り込み、咀嚼を始めた。
 その様子に、全員が顔を顰めた。

 ゲンは魔導携帯を取り出し、写真を撮った。
「……よし、これで調査報告の内容は十分だ。撤退するぞ」
 そう告げた時、魔物がこちらを向いた。

「奴、気づいていたのか!?」
 ショットが声を上げた。

「逃げるぞ!」

 全員が全力で逃げようとした時、蜘蛛の糸のようなものが彼らの前を走った。
 直後、黒い巨体が飛び込んできた。
「くそっ!⋯塞がれた」

 ●

 エル・ボーアの巨大な肉をまるまるっと豪快に炙るユウキ。
 すぐ側には目を輝かせて待ち遠しそうにしているリンがいた。
  
「はいっ、上手に焼けました~!」  
 ユウキが愉快気に言うと
 リンは「わ~い」と両手をあげてはしゃぐ。
「じゃぁ、召し上がれ~」 
「 ユウキくんも一緒に食べよ~」
 リンのお言葉に甘えてユウキは彼女に憑依した。 
 憑依の扱いにも慣れてきて体の主導権を好きなようにすることが出来るようになった。
 ユウキはただリンに憑依するだけで体の自由は彼女にあった。

 香ばしい肉の香りが食欲をそそる。
 リンが小さな手で焼いた肉を持つと「あちち」と手の中で転がした。
 慣れると、小さな口を限界まで開けて、思いっきり噛みついた。
 ホクホクの熱さに肉を噛む感触。弾力のある食感。ジューシーさに、リンとユウキは感嘆する。 
「ん~美味しっ!」
「そだね~」
 リンの食べる手が止まらない。
「そんな食べちゃうとおデブになっちゃうよリンちゃん」
「まるまる焼いたユウキくんが悪い」 
 ご尤もだ。ユウキは苦笑する。
「ユウキくんお水ほしいかな~」
 リンの言葉に「はいはい」とユウキは応えて憑依を解除。
 持ってきた水筒を鞄から取り出す。中身は空っぽだった。 
 なので魔素を水に変換させて容器に入れる。それをリンに渡した。
「ありがとう。ユウキくんは凄いね何でも出来て」
「何でもは出来ないよ。出来ることをやってるだけ」

 穏やかな時間を過ごしていた。
 そんな時、 
 遠くの方で悲鳴が聞こえた。 
 それに気づいたリンが
「ユウキくん!」
 と声をあげた。
 方向は⋯
 恐らく先程ユウキがゴブリン狩りをしていた場所だ。

「嫌な予感するなぁ⋯。ってリンちゃん!」

 飛び跳ねるようにリンが立ち上がり声のした方に走り出した。

 そして、途中で躓いて転びそうになった。

「⋯ありがとう。ユウキくん」
「うん。じゃあ行こっか」

 危ないよって言ってもどうせ
 この子は引かないんだから。

 ユウキはリンを抱きかかえ、悲鳴が聞こえた場所へ向かう。

 ●

 四人組の冒険者が窮地に追い込まれていた。
「 くっ⋯」「くそっ⋯」
 剣士と盾使い、弓使いの男たちが黒い魔物が吐き出した粘着性の強い糸に囚われて身動きが出来なくなっていた。

「イア逃げろ!」
 男の叫びに緑のローブを着た女が「嫌!」と叫び返した。
「イヤじゃねぇんだよ!イア!」
「嫌ぁ!―ッ!」
 イアと呼ばれた女までもが囚われた。
「クソッ!」 その戦闘地にいた冒険者全員が吐き捨てた。
 四人組の冒険者たちはもうここで終わったと、絶望を抱いていた。
 黒い魔物が剣士の前に位置取る。脚を広げると同時に大きな口を開けた。
「クソがあああ!」怒号の叫び声を放った。
 死ぬ。彼はそう思った。

 その時、一閃が黒い魔物の口を貫いた。
 黒い魔物が奇声をあげた。
 黒い魔物が後退った。

「何が起こったんだ⋯?」 

 ● 

 黒い魔物が、糸で拘束された男に牙を剥いた瞬間だった。
 そのおぞましい姿を目にしたユウキは、「キメぇえええええ!」と悲鳴を上げながら、突進した。

「何だ、あの気持ち悪いの⋯。あんなの見たことない。キモすぎる。マジで無理」

 目の前の黒い魔物に対し、ユウキは嫌悪感を隠そうともしない。
 そんなユウキの背後では、リンが冒険者たちを捕らえる魔物の糸を、懸命に引きちぎっていた。
 見た感じ相当に強固な糸のようだ。
「あなたは⋯」緑のローブを身に纏う女が口を開くが
「大丈夫?」とリンが遮った。
「⋯ええ、おかげさまで。ありがとう」
 緑のローブを纏った女が、リンに礼を言った。

 リンは女を解放すると、すぐにユウキの方へと駆け寄った。

「あ、危ないわよ!君!」
「あなたの仲間たちを助けてあげて!」 

 残念ながら、リンは人の話を聞かない子なんだ。

 黒い魔物は、リンが近づくと、一度崩した体勢を立て直した。
 腹部を露わにし、おぞましい口から糸を吐き出す。
 その速度は異常なほど速い。
 ユウキはリンを抱え、それを回避した。

「あの嬢ちゃん、浮いてるぞ!」

 そんな声が聞こえたが、ユウキに構う余裕はない。

 糸が次々と飛んでくる。
 躱しても、すぐに次の糸が迫る。連射力が凄まじい。
 あの魔物は蜘蛛のようだが、蜘蛛の糸は体内のタンパク質が尽きない限り、吐き続けることができるらしい。

「糸が尽きるまで逃げ続けるか⋯?」

 いや、それはまずい。
 この場が、完全に魔物の領域と化してしまう。
 それに、蜘蛛の糸はタンパク質でできている。吐き出した糸を再び口にされれば、意味がない。

 一気に決着をつけるしかない。

「せっかく駆けつけてくれたのに、ごめんね。これはリンちゃんの力ではどうしようもないかも」

 ユウキの言葉に、リンは苦い顔をした。申し訳ない。

 ユウキは抱きかかえたリンを安全な場所に降ろした。

 リンは、自分の力で何かを成し遂げたいとそう願う子だ。
 それはわかっている。

「せめて、みんなの前でかっこよくポーズを決めて」

 リンは不満そうな顔をした後、「⋯⋯うん」と呟くと、溜めるように手を上げ、蜘蛛に向けて振り下ろした。

 ユウキはリンの動きに合わせ、体内に秘めた魔素を稼働させた。
 全身に力を込め、巡る魔素を掻き回す。
 何度も掻き回し、奔流を起こす。

 これがユウキに唯一できる、最大の攻撃手段だ。

「だあああああ!」

 ユウキは体内で暴走した魔力を解放した。
 青紫の光が走り、直後に巨大な爆発が起こった。
 木々がへし折れ、地面が割れた。
 冒険者たちの悲鳴が聞こえ、土煙が激しく舞い、土の雨が降り注ぐ。

 ユウキはやり遂げたと確信した。
 体内の魔素は底を尽き、霊体であるにも関わらず、体が重い。

 やがて土煙が晴れた。
 そして、そこには。

「⋯⋯ま?」

 唖然とした。
 ユウキが全力で放った魔力を受け、なおそこに立つ蜘蛛の姿があった。
 だが、満身創痍といった様子だ。
 黒かった甲殻は剥がれ、全身から緑色の液体が溢れ出ている。

 仕留めきれなかったのは驚愕だが、瀕死まで追い詰めたのは間違いない。
 しかし、ユウキにはもう何もできる余力は残っていなかった。

 蜘蛛の魔物が体を震わせた。
 何か行動を起こそうとしている。
 思わぬ方向へ糸を吐き出した。この場から逃げようとしているのだろうか。
 蜘蛛が脚に力を込めたのが分かった。
 次の瞬間に跳ぶだろう。跳ぶ。

 そう思った時、蜘蛛の脚一本が、地面から生えた植物の根に捕らわれた。
 次に、激しい矢の雨が蜘蛛を襲った。地槍が蜘蛛を貫き、遅れて剣撃が閃き、重撃が何度も見舞われた。

 そして、ついに蜘蛛の動きが止まった。

「やっ、やったぞぉおお!」

 剣士の男が叫んだ。
 他の仲間たちも、それに続くように勝利を叫んだ。

「勝ったのか⋯」
  
 爆発魔術で体の魔素が底をついて、気怠い。
 はしゃげるような元気はないが。
 清々しい気持ちで満たされていた。

「あぁ、皆で戦うって、こういうことだったよな」

 リンが、ぐったりとしたユウキの元へ駆け寄った。

「どう?かっこよかった?」

 リンの嬉しそうな様子に、ユウキは心の中で「さすがだな」と感じた。

 ●

「⋯なるほど。そんな事があったのね⋯」 

 リンと、この日ヘボイナの森で出会ったゲン、ヘイト、ショット、イア。四人の冒険者はミディム冒険者組合の応接間に招かれていた。

 もちろん、リンの側にはユウキがついている。

 ヘボイナの森での戦闘を終えた彼らは蜘蛛の魔物に勝利した喜びと生き残った感動を分かち合った。
 その後に、自己紹介を交わし
 タレッタから任務を受けていたゲンたちはその報告した。

 内容が内容だったので、応接間に招かれたという流れだ。

「大変だったでしょ」
 タレッタの言葉にゲンたちは、「いや、本当に大変な目に遭った。改めてこの生業のキツさを認識させられたよ」
 と皆が口を揃えていう。

「リンが来てくれて本当に命拾い出来たよ。ありがとねーリン」
 イアがリンの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「びっくりしたよ。本当。初めてみた頃はタレッタさんが言うようにただの乙女にしか思えなかったのにな!今じゃ、戦友のように思えるぜ」
 ゲンが愉快そうに言う。
 他の面々も似たようなことを各々口にして、リンはもじもじとしている。

『よかったねリンちゃん』
『恥ずかしい⋯ユウキくん』

 皆の話を聞いていたタレッタは考える素振りを見せた。

「あなたにそんな実力があるなんて、正直思いもしなかったわ⋯」と何処か申し訳なさそうにしてから
「これからは、あなたに正式に冒険者として頑張ってもらいたいわ」
 そう言った。
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

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