疑心暗鬼

玉城真紀

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気づき

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私は大学を暫くの間休むこととなった。
祖母の側にいたかったので病院に泊まれるかと聞いたが断られてしまったので、仕方なく家を出て以来帰っていなかった実家に戻る事になった。

家に帰った私は、部屋に入りベッドに横になる。携帯を確認すると千絵と彼からの連絡が入っていたが折り返しかける気になれなかった。

「・・・もうやだ」

彼とは別れたくはないが、又兵衛が言った言葉

「お主と一緒にいる人間は災いをもたらす。即刻離れた方が良し」

この言葉が頭から離れない。
祖母の話が本当の事なのか確証はないが、実際自分の目の前に又兵衛と名乗る喋る人形が現れた。女中と恋仲になったとも言っていたし、恐らく本当の事と考えていいのだろう。

(どうして私とお祖母ちゃんの所に来たんだろう。お母さんの所にも来たのかしら)

私はベッドから飛び起きると、一階の台所で片づけをしている母のもとへ行った。

「お母さんちょっと聞いていい?」

「なに?」

母はこちらを見ずに、せわしなく手を動かしながら返事をする。

「又兵衛って知ってる?」

「え?又兵衛?なにそれ犬かなんかの名前?」

「いや、犬に又兵衛何て名前つけないでしょ。聞いたことない?」

「聞いたことないわね。なんなの?」

手を止め不思議そうに私を見る。

「聞いたことないならいいんだ」

私はまた二階の自分の部屋へ戻った。

(お母さんの所には来てないんだ。じゃあ何故・・・)

私は考えているうちに寝てしまっていた。


次の日の朝。
一階から私を起こす母の声で目を覚ます。

(寝ちゃったんだ・・・シャワー浴びようかな)

その日は、朝食を取るとすぐに母と一緒に祖母のいる病院へ行き、そこで一日を過ごした。今日の祖母は、昨日より体調が悪いらしく話すことが出来ないでいた。
祖母の体の心配で頭がいっぱいになりながら家に帰る。
家に着いたのは午後三時半。
もっと祖母の側にいたかったのだが、家の仕事(農家である)をほっとくことが出来ないとかで母が早めに切り上げたのだ。
私は家に戻っても何もすることがないので、自分の部屋のベッドに横になり考えていた。
その時、ある事に気が付いた。

(ん?ちょっと待って。又兵衛は一緒にいる人間って言っていた。ソレは本当に彼なのだろうか。私が早とちりをして勝手に彼だと思い込んでいたとしたら・・・そう。昔の又兵衛のように)

私は勢いよく体を起こし、自分の荷物を手に取ると部屋を飛び出した。
畑の方に出ている母に

「お母さん!ちょっと今から東京に帰る!すぐ戻るから駅まで急いで送って!」

私の勢いに母はたじろいだ。

「え?なに今から?」

「いいから早く車出して!」

「わ、分かったわ」

私のただならない迫力に押されたようで、母は驚いた顔をして車を出してくれた。

それからの私は猛烈な勢いで東京へ戻った。


息を切らせ私がたどり着いた先は・・・大学だった。
時計を見るともう七時を回っている。思ったより時間がかかってしまった。
私が所属しているオカルト会は終わりの時間はハッキリしていない。何となく解散。これが終わりだ。夜の七時と言ってもまだあの部屋で皆が話している時間だろう。
オカルト会が利用している部屋を見ると、案の定電気がついている。
私は、皆が帰る方向ではない別の場所でオカルト会が終わるのを待った。
今は十月。大分夜も冷えるようになってきた。
しかし、今の私の体は熱病に侵されているかのように熱くなっている。いつ持ち出したのか自分でも分からないカッターを両手に握りしめている。
呼吸が荒くなり、次第に自分が本当に息をしているのかどうかさえ分からなくなってくる。

(やっと分かった。なるほどね、よくも私をだましてくれたわ)

部屋の電気が消えた。
オカルト会のメンバーが出てくるだろう。
私は手の汗を服で拭うと、また力強くカッター持ち直しキチキチと刃を長く出した。

「来た」

ガヤガヤと楽しそうに話しながら建物から出てくる影。その中に彼はいた。例え逆光で姿がよく見えなくとも自分の愛している人だ。影だけでもわかる。

そして・・・
その彼の腕に自分の腕を絡め一緒に歩く女。
彼の帰る道は分かっていた。みんなとは反対方向なのである。
私は呼吸を整えた。
女の笑い声が聞こえてくる。彼と女がみんなと離れこちらに向かってくる。彼にピッタリと体をくっつけながら歩く女のシルエットが見える。
その二人が物陰に身を潜めていた私に気が付かずに、通り過ぎた後

「裏切者」

私は静かに声を掛けた。

二人はびくりとしたように足を止めこちらを振り向く・・・と、同時に私の体は動いていた。女の首めがけて横一文字にカッターを力強く引いく。固いような柔らかいような肉を切っているような味わった事のない感触が、手から体に伝わる。

「きゃ~っ!!」

暗闇に女の断末魔の叫び声が響き渡った。

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