秘密

玉城真紀

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出張先にて

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出張先の東北は、東京と比べて涼しいかと思いきや意外に暑かった。
ビルの隙間から見える入道雲を見ながら、首周りの汗を拭い書店を回る。たった2件回っただけで、シャツの襟が汗でびっしょりになる。電子書籍に押され気味の中、何とか店に本を置いてもらえるよう交渉する。
小さな書店から大型書店まで何件も周り、クタクタになった頃に昼休憩。食事をしている間も高野と交渉についての話を入念に打合せする。その中で、都会の街中ではなく郊外にも足を運んでみようという事になる。書店の数は少なくなるが、一軒でも契約が結べればいい。
俺と高野は電車に乗り、高いビルから低い建物へ。暫くすると田畑の多い景色が車窓から見えるぐらいの移動をした。

「おい高野。本当にここでいいのか?」
駅に降り立った俺は、周りを見ながら言った。
短いホームには屋根もなく「帰疎きそ」という錆びた看板があり、板が外れ今にも壊れそうなベンチが一つあるだけの、無人駅だ。
周りを見ても人の気配もなく山や荒れ果てた田畑が広がり、住んでいるのか分からない民家が何軒か見える。
「ん?大丈夫だって。こんな辺鄙なところでも本屋ぐらいあるだろう。考えても見ろ。これだけなんも建物がなく娯楽がない場所で何が楽しみになる?本だろう?」
そうだろうか。昭和なら分からなくもないが、令和の今はインターネットという物がある。辺鄙な場所だからこそのインターネットだと思うが。それでなくても打倒電子書籍で動いてる俺達にとって、かなり難儀な場所になるのではないか。
自信に満ちた高野の背中を見ながら無駄足にならない事を祈った。

「な?言ったろう?」
高野は上機嫌で俺の方を見て言う。
駅から少し離れた所に商店街があった。
その中になんと書店が三件。その三軒共に、うちの書籍を置いてくれる契約を結ぶことが出来たのだ。
「ああ。驚いたよ。まさかこんなに上手くいくとはな」
まるで、強盗をやり終えた犯人みたいなセリフを俺は言った。
「視野を広げなきゃ駄目なんだよ。視野をね」
高野は薄い胸を青い空に見せつけるように張り自信に満ちた足取りで歩いて行く。金髪も太陽の光を受け、喜んでいる様にキラキラと光っている。
「そうだ。いい機会だからちょっとその辺りぶらついてみようぜ」
「え?ぶらつくって?」
「こんな田舎に来ることなんて滅多にないだろ?本当は今頃お盆休みなんだぜ?三軒も新規の顧客を掴んだんだ、少しは跳ね伸ばしても罰は当たらないだろう。な?」
な?と言われても・・・まぁいいか。
俺は「ああ」と短く返事をすると、大きく空に浮かぶ入道雲を見上げた。


「あ~暇だな」
高野は川の土手に座り、意味もなく近くの草をむしり取りながら言った。
商店街から高野の言うまま赴くままぶらついた。
標高の低い山が北側から東側へと連なり、西にはそれ程大きくない川が流れている。川と山に挟まれるように田畑が広がりその中に点を置くように民家がまばらに建っている。川沿いに目をやると大きな赤い橋が架かっているのが見える。何も無い田舎には不釣り合いな程立派な橋だ。俺たちはその橋を渡ってきた。太鼓橋になっていて、渡り始めの急な傾斜に驚きながら渡ったのだ。
どうやらここは、あの橋を渡らないと隣町には行けないようだ。一つしか橋がないという事は、この橋が混んでしまう程の人は住んでいないのだろう。
「何だよ。お前が羽を伸ばすって言って適当にバスに乗って来たんだろう?」
俺は高野の隣に座り、呆れたように言う。
目の前の名も知らない川は穏やかに流れ、太陽の光がキラキラと反射している。透き通った水で、川底にある丸い石が見える。
「でもさ、ここまで何もないのもなぁ。何て言うかな・・・俺が求めてたのはこう・・日頃の都会の喧騒を忘れられるようないい感じって言うの?目の保養って言うかそういうのだったんだよなぁ」
「目の保養ならここで十分だろ。高いビルもない、車も殆ど通らない。俺達が乗って来たバスだって、ここには入れないんだぞ?勿論人なんてまだ見てない。あるのは畑と少ない民家だけ。周りは山と川だけで自然が沢山じゃないか」
俺は両手を広げ大袈裟にアピールするように言った。
「う~ん」
それでも高野はどこか納得がいっていないようで、渋い顔をしている。
高野がイメージしているものがどんなものなのかがよく分からない俺は、広げた両腕を真上に上げ大きく深呼吸した。
「あ~空気が美味いな」
新規の客は三件もとれるし、ゆっくりと田舎の空気は吸えるしで俺はとても満足していた。高野の気まぐれに付き合って良かったとさえ思っている。
「まぁ空気はな・・・あっ、そうだ。お前知ってるか?」
「何を?」
「この川のずっと川下の方なんだけどさ、雑木林しかない何もない場所があるんだ。半年前だったかな・・土地開発で業者が入ったんだよ。その時、その雑木林の土の下からゴロゴロ人の骨が出てきたそうだぜ」
「人の骨?ゴロゴロってことは複数人の骨ってことか」
「ああ。しかも、大きさからいって子供らしい」
「子供・・・」
「犯人はまだ見つかってないみたいだけど。かなり古い骨らしいからな。多分、大昔の骨なんじゃないかな。今じゃ心霊スポットになってるらしいぞ」
「古い骨・・もしかしたら、土葬の後を掘り返しちゃったんじゃないか?場所も雑木林って言うし」
「ん~分からん・・・・・まぁいいや、帰るか」
「え?もう?」
勢いよく立ち上がり、尻を叩く高野を見上げ驚いた。
「いつまでもここにいたってしょうがないだろう?さっさと会社に戻って報告書かいて家に帰った方が俺の為にはいいって事が分かった」
成る程、生まれも育ちも都会っ子の高野には田舎の良さが分からないらしい。
社長の息子と聞いた時は、ボンボン上がりのおぼっちゃまかよと、舌打ちの一つでも打ちたかったが一緒に行動していると高野の人となりが分かって来る。自我が強い部分もあるが、かと言って周りが迷惑する程の我儘でもない。努力家でもあるし案外人想いのいい奴なのだ。なので、気まぐれ付き合わされたとしても怒りはしない。
俺は「分かったよ」と言いながら立ち上がり、尻についた汚れを払い歩き出した。

新緑の季節。青い空。大きな入道雲。これでもかと照り付ける太陽。五月蠅いほど鳴いている蝉。どれもこれも、関西の田舎で過ごした俺には、小さい頃を思い出させる懐かしい情景。
左手には川が、右手には畑が広がる狭い道を歩いて行く。この村を一周したいと、早く帰りたがっている高野を説得したのだ。舗装された道だが細かい砂利と土が多い。恐らく農機具が良く通る道なのだろう。早足に前を歩く高野の後を歩く俺は、虫取り網を持ちトンボやカブトムシに蝶を捕まえるのに走り回った幼い頃を思い出していた。
(あの頃は全てがキラキラしてたな。見るものが全て新鮮で楽しかった。中学になると早く大人になりたくてしょうがなかったが、実際大人になって社会に出てみると・・・)
俺はそれ以上考えないよう頭を振る。
しばらく行くと、俺たちが渡ってきた橋が近づいて来た。ペンキ塗りたてのような毒々しいまでの赤。太鼓橋は中心が盛り上がっているので、こちらから向こうの終わりが見えない。
その橋を横目に過ぎると、見上げるほどの大きな鳥居が現れた。鳥居の隣には日向神社と掘られた石。
「こりゃデケェな」
二人して口を開けながら鳥居を仰ぎみる。折角来たし参拝したかったのだが、高野はスタスタと歩いていってしまう。
仕方なく俺はその後をついて行った。
日向神社に沿うように道があり、道なりに歩いていく。そびえ立つ山が次第に近くなり、蝉達の声がさらに大きく聞こえてきた。
絵に書いたような田舎の風景に、懐かしさと少しの寂しさを感じながら歩く。
「わっ!!!!」
先を歩いていたはずの高野が立ち止まっていたらしく、俺はその背中に見事にぶつかった。
「ど、どうしたんだ?」
高野は山の方を見て黙って見ている。
「・・・おい、高野?」
「呼んでる」
「は?何が?誰が呼んでるんだ?」
俺は、高野の視線の先を追う。
鬱蒼とした木々が立ち並ぶ何処にでもある山・・・・いや、違う。沢山の葉に覆われて見えにくくなっているが、鳥居が立っていた。元は朱色だっただろう後を辛うじて残しているその鳥居の奥には、飛び石が続いている。日の当たらない場所にあるソレは、苔むしてツルツルと滑りそうだ。見た所、誰も足を踏み入れていないように思う。
「何だろう」
高野はそう呟くと、体の向きを変え鳥居をくぐろうとする。
「おい。高野!何処に行くんだよ」
慌てて高野に走り寄り肩を掴む。
「お前、聞こえなかったのか?」
足を止めた高野は、顔を俺に近づけると声をひそめて言った。
「聞こえるって・・何も聞こえなかったけど・・何か聞こえたのか?」
「ああ。こっち。こっちって聞こえた」
「こっち?」
俺は鳥居の奥を見る。薄暗く左にカーブしていて、先を見通すことが出来ない。
「どうせ暇してんだ。行ってみようぜ」
高野は鳥居をくぐった。
一度言ったらやり遂げるまで気が済まないという高野の性格を知っている俺は、仕方なくついて行くことに。
何となく嫌な予感はするが、それ以上に好奇心もあったからだ。

今にも崩れそうな鳥居をくぐり、滑らないよう飛び石を慎重に踏みしめ歩く。途端に、ヒンヤリとした空気が俺の体を包んだ。いや、少し寒いくらいだ。
緩やかに曲がる飛び石に案内されるかのように進んでいく。
「なんだこれ」
飛び石が無くなったところで、高野の声が聞こえた。
「?」
俺は足を速め高野の近くまで行った。
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