秘密

玉城真紀

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まゆ婆からの知らせ

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梨花の家は落ち着く家だった。
玄関を上がると短い廊下の両側に和室の部屋が二つ。右側は広くテーブルやテレビがある部屋。左側は可愛らしい学習机があるので梨花の部屋と思われる。部屋全体もピンクや黄色などの原色が多く、壁にはやけに大口を開けて笑うキャラクターが描かれているポスターが張られていた。家の中に充満する線香の匂いは、梨花の祖母が炊いてるのだろう。
「こちらでどうぞ。今ちょっとバタバタしてますけど気にしないでゆっくりしてください」
ミヨのおまけでついてきた俺は所在なさげにそわそわとしながら、右側の部屋に入りテーブルについた。部屋続きになっている隣はキッチンになっているらしく、そちらから換気扇の音といい匂いが漂ってくる。梨花の母親のお茶を入れる音を聞きながら部屋をぐるりと見まわす。東側に大きな窓があり、その隣には壁の中に埋め込みタイプの仏壇がある。鴨居にはご先祖の遺影がいくつも飾られており、突然来た来客を値踏みしているようだ。部屋の入り口付近には凝った装飾がされたサイドボードがあり、食器が綺麗に並べられている。その上にはカバーがつけられた電話や木彫りの猫が置かれている。とても温かみのある家庭という雰囲気だ。
「お客さん?」
南側の縁側がある方から突然作業服姿の男が顔を出した。色白の精悍な顔立ちをしたガタイの良い男。少し髪が後退してはいるものの肌艶が良く健康的だ。目尻が下がり、とても人当たりの良さそうな男に見える。
「え?ああそう。タマとクロのお友達」
キッチンから顔を出した梨花の母親が答える。
その言い方だと誤解されはしないか?
「タマとクロの?」
この家の主人らしき男は俺を見て驚いた。
ほらやっぱり・・・どうやら似たもの夫婦らしい。
「あ、あの、俺の飼っている猫の事です」
「ああ、そういう事。ははは。梨花のやつまた無理を言ったんだな。すみませんねぇ。本当に猫が大好きな子で。前にも猫を連れた人を無理やりうちに連れてきた事があったんですよ」
「そうですか」
「まぁ、遠慮せずにゆっくりしてってください。ここは何もないけど、時間だけはたっぷりありますからね。丁度明日の準備も大体終わったし・・そうだ。こっちの方はいけますか?」
主人はのそのそと部屋に上がりながら、そう言ってお猪口をくいっと飲む仕草をする。
「え?ええ。それほど強くはありませんが」
「それはいい。おい!祭りの前祝いだ!準備してくれ」
「昼間っから?ハイハイ分かりましたよ」
梨花の母親の呆れた声が返ってくる。
「あの、前祝いというのは明日の祭りの事でしょうか」
「そうそう。今年はうちの子の番でしてね」
「百目鬼旅館のご主人に御地家の子祭りの事を聞きましたが、少し変わった祭りのようですね」
「まぁね。普通の祭りは櫓くんだり屋台が出たり賑やかな祭りが多いですからね。それに比べると、ここの祭りは変わっている。最初はとても怖かったのを覚えてますよ」
「そうですよね。たった一人で町を歩くんですから」
「それもそうだが、がありましてね」
梨花の母親が次々とテーブルの上に料理を運んでくる。煮物やら肉炒めや魚の煮つけ。山菜のお浸しに天ぷら。酒の肴にしては豪勢だ。
「ささ。遠慮なくやって下さい」
ビールの栓を抜くと、俺のコップに並々と注いでくれ、自分のコップにも手酌で注ぐ。
「いただきます・・・・・別の怖さとは?」
「ああ、それはね・・・」
主人は少しだけ顔を曇らせる。

「あ~~~~!!!ダメダメダメ!!ケンカしちゃダメだって!!」
突然梨花の慌ただしい声が聞こえ、ふぎゃふぎゃと猫の騒がしい声と共に、3匹の猫と梨花がこちらの部屋に転がり込んできた。
「ミヨ!!」
黒い猫がミヨと絡み合い唸り声をあげている。ミヨも黒いのでどっちがどっちだか・・・
でっぷりと太った茶色い猫は少し離れたところで傍観している。あれがタマか。
「やめなさい!!」
ずれた眼鏡を直すこともせず、梨花が無理やりミヨとクロの間に入り引き剝がす。
クロはかなり興奮しているようでふ~ふ~と鼻息荒く逆毛をたててミヨを鋭い目で睨んでいる。一方ミヨは、毛並みこそ乱れてはいるがすまし顔で顔を洗っている。どうやら勝敗はミヨの勝ちらしい。
「仲良くするの!ケンカしちゃダメでしょ!」
「はははは!!猫だって、喧嘩の一つや二つするさ」
主人は楽しそうに笑うと酒をあおる。
「だって、ミヨがお友達になった証にクロとおそろいのコレをつけてあげようと思っただけなの。そしたら急にクロが・・・」
梨花はずれた眼鏡を直しながら、手に持っている赤いリボンを差し出した。
なるほど、クロの首にも同じ色のリボンが巻かれている。
「自分のを取られたと勘違いしたんだろう。別の色にしてご覧。そうすれば、クロも納得するだろう」
「ん~そうかもしれないね。分かった」
梨花はそう言うと自分の部屋へと戻り、暫くすると真っ白なリボンを手にやってきた。
「これならいいかな」
梨花はクロの様子をうかがいながらミヨの首元にリボンを結び始める。ミヨはつんと鼻を高くして顔を持ち上げ、されるがままになっている。まんざらでもないようだ。
「ほらな。クロの奴おとなしいじゃないか」
見ると、クロは黙ってミヨと梨花の方を見ている。なるほど、猫にも面白い感情があるものだと俺は感心した。
「それより梨花。明日は祭り何だから早く寝なさい」
「うん。でもお祖母ちゃんが・・・」
梨花は大人のように口を濁す。
「ああ。まだ拝んでるのか。今日来るからな」
「誰か来るんですか?」
さっきの、別の怖さと言う話も気になるが俺は話の流れに任せることにした。


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