秘密

玉城真紀

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境内にて

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「それって・・・」
俺はそれ以上言葉が続かなかった。
隣に座る男は俯くだけで何も言わない。
神社の屋根の軒先からぽたぽたとしずくが垂れている。積もった雪が、上ってきた太陽の熱で溶けだしたのだ。相変わらず境内では、沢山の子供達が楽しそうに遊んでいる。
あ・・・
その時気が付いた。遊んでいる子供の中に洋服の女の子がいることを。眉毛の上にきちんと切りそろえた前髪に、ボンボンが付いた赤いゴムで縛ったツインテール。他の子供達より体格が良く頭一つ分大きい。
まさか・・・
俺は立ち上がり、せわしなく眼玉をぐりぐりと回した。
いた・・・
遊んでいる子供達から少し離れた場所にその子はいた。坊ちゃん狩りの頭の男の子。楽しそうに遊ぶ皆をちらちらと見ている。上手く仲間に入れないのか、声をかけてもらうのを待っているように見える。俺はまたほかの子供に視線を移す。
あの子・・・
地面に御絵描きをしている女の子。一緒に絵を描いている子と笑いあっている。何か喋っているようだが、やたらと瞬きが多い。
「あ・・・あの子達は・・・」
まだ頭を垂れている男を見た。男はゆっくりと俺を見上げる。その目は燃え滾るようなぎらぎらとした目をしていた。
「信じられませんでしたよ。一歩間違えば・・・いや、確実にと言ってもいい。あんな流れが速く恐ろしい川に入ったら間違いなく死ぬ。そもそも、友人に濁流と化した川の中に入れなんて言えますか?私はその時のルナの気持ちを考えると悔しくて・・悲しくて・・。ルナは人の心をよめる。きっと、その時の友人の心の中をよみ、考えは分かっていたと思うんです。分かっていてルナは川へと入っていった。ルナは・・・あの子はとても優しく思いやりの塊のような子だった。自分が犠牲になったとしても他の人達が幸せならば・・・そんな考えを持った子なんですよ」
男のぎらぎらとした目から、大粒の涙が溢れてくる。
「私が・・・私がすべて悪いんですよ。私が外に連れ出したから・・」
言葉を詰まらせながらそう言うと、俯き肩を震わせた。
俺は男を見て思った。この男はずっと長い間、自責の念に苦しめられてきたのだ。確かに、こんな小さな村にいる子供達の数なんてたかが知れている。だからみんな仲良く一緒に遊びたい。一人でも欠けてしまうのは寂しい。きっとこの男もルナのように優しい男なのだ。
俺は男から、無邪気に遊ぶ子供達の方へ視線を移す。
思い思いに遊ぶ子供達の中に、こちらに背を向けて立つルナ。何を思って、みんなが遊んでいる中に立っているのか。嬉しいのか。悲しいのか。悔しいのか・・・そして、周りで無邪気に遊ぶ子供達は立ち尽くしているルナに気が付いているのだろうか。
むらむらとした沸き立つような怒りが俺の中に湧いてくる。
「警察には?警察には知らせたんだろう?」
俺はドスンと腰を下ろし、男に詰めるように言った。怒りのせいで声が震える。
男は虚ろな赤い目をこちらに向けると
「警察に知らせたのかどうかは分かりません。あの時の私は動揺が激しく、まともに物事が考えられませんでしたから・・・真相が分かった後、私は悩みました。この事をルナのひい祖母ちゃん・・ことり祖母ちゃんに言うか言わないか悩みました。寝ても覚めてもずっと頭から離れなかった。外に出ることもなく家の中で膝を抱え一人苦しんでいました。ある日の夕暮れ時、そんな私を見て心配した父親が、私を散歩に連れ出したんです。父親から少し遅れて歩く私に、父親は何も喋りかけてきませんでした。分かっていたんですよ。父親も人の心が読める人ですからね。その時です。私達の行く手に、ことり祖母ちゃんが立っていたんです。場所は川の側。ルナが流されたあたりです。その姿を見た途端、私の足は止まり地面に吸い付いたように動かなくなりました。体から汗が吹き出し、ぶるぶると震え出したんです。ことり祖母ちゃんは人の気配を感じたのかゆっくりとこちらを振り向きました。その時の顔・・・その時の顔は死んでも忘れませんよ」

いつの間にか、太陽が空高くのぼっていた。どこかで、どさりどさりと雪が落ちる音がする。相変わらず子供達は賑やかに遊んでいる。子供の体力は無限だ。いや・・・あの子供達は現実にはいないのだ。そしてルナも・・・
「人の怒った顔はたくさん見てきましたが、あの顔はそんなもんじゃない。憤怒、不安、恐怖、悲しみ、その感情の極限状態が顔に出ていた。その顔を見た私の身体は更に震えあがり、冷水の中に入ったように冷たくなった。上手く息が出来なくなってくる。ことり祖母ちゃんから「お前のせいだ」と責められているようで、恐ろしくその場から逃げ出したくなりました。父親もことり祖母ちゃんに声をかけることなく、その場に立ち尽くしていました。私に背を向けていた父親がどんな顔をしているのか、私からは見えない。辺りは暗くなり始めてました。
その時です。ことり祖母ちゃんがもの凄い速さで動いたかと思うと、ドボンという音が聞こえたんです。本当、あっという間の出来事でした。今何が起きたのか。ことり祖母ちゃんはどうしたのか。頭の中がぐるぐると混乱し、目が痛くなるほど見開き、ことり祖母ちゃんが飛び込んだ場所を見ていました。
「大変だ!!」
と、父親が川へと走り出しますが私は動く事が出来なかった。
怖かったんです。
やがて、父親が戻り酷く難しい顔を私に向け小さく首を振りました。
珍しく雨が降らない日が続いてましたから、川は本来の穏やかな流れになっていましたはずです。でも、ことり祖母ちゃんもとうに90は超えてます。どんなに川が穏やかでも、暗くなりかけて視界が悪い中の川です。恐らく・・」
男はそこまで話すと、大きなため息をつき乾いた唇を舐めまた話し出した。
「その後、村人達全員でことり祖母ちゃんの行方を捜しましたが、とうとう見つからなかった。その後、ルナの家は取り壊されることになったんです。いつまでも無人の家をそのままにしておくと、良くないとの事で。その時に村人が見つけたんですよ。手紙をね」
「手紙?」

「はい。それはことり祖母ちゃんが描いた手紙でした。おかしな模様が描かれた半紙に綴られた文字はこう書いてあったそうです「古里川こりがわの氾濫を止めるには生贄を差し出すべし。さすれば暴れ川も大人しくなる」と」
「生贄・・・」
男は小さく頷くと
「その手紙を読んだ村人達は、理解することが出来ませんでした。確かにこの地域は雨が多く古里川が暴れることはしょっちゅうです。未帰橋も幾度となく流されてきました。だからといって、生贄とは・・・村人達はそんな馬鹿な事と一笑し行いませんでした。でも、それはただ橋が壊れるのが嫌だったら生贄を捧げろ。と言う意味の手紙ではなかったんです」
「どういう意味だったんだ?」
「・・・・貴方は、村人達が拝み屋にした仕打ちを知っていますね?」
「え?・・ああ」
「家族が死んでから、ルナとことり祖母ちゃんはひっそりと暮らしていました。あれ程訪ねてきていた来訪者も、何故かピタリと来なくなったんです。それも、村人達が手を回したんじゃないかと私は思ってます。そんな中、唯一の心の支えのルナがいなくなったんです。一人残されたことり祖母ちゃんの心中は私の想像できる範疇を超えているでしょう。だからあんな真似を・・呪詛を残したんです」
「呪詛?」
「はい。半紙にはおかしな模様が描かれていました。後に本で見たんですが、あれは強力な呪詛をかける時に描く模様だったんです。つまり、ことり祖母ちゃんの手紙の内容は

古里川の氾濫を止めるには生贄を差し出すべ
(わしの怒りを鎮めるには生贄を差し出すべし。
し。さすれば暴れ川も大人しくなる
そうすればわしの怒りも収まるだろう)

そういう意味だったんです。まぁこれは、後で分かった事なんですけどね」
呪詛・・恨みに思う相手に災難がかかるよう祈る事。
日本では、人を呪うのに様々な手法がある。藁人形はその代表的なモノで、現在でも行われているらしい。一番驚いたのは、般若心境を写経することだ。般若心境の中の一文に呪いを意味するワードがあるという。それを声に出したり写経する事で人を呪うことが出来ると、何かの本で読んだことがある。その他に、塩や蝋燭、人形ひとがたに切った紙などを用いて呪う手法もあるらしい。
「・・・私は神職に付く身でありながら、抑えきれない怒りに任せ酷い事をした」
「へ」
男の突然の話の展開に、俺はついていけずおかしな声を出した。
男は、俺を強い視線で見つめると言った。
「この村の子供達を殺したのは私です」
「・・・・は?」
男はそう言うとつっと顔を上げ、子供達の中に立つルナの方を見た。
ルナは相変わらず俺達に背中を向け微動だにしない。
ルナはこの男の告白を聞いているのだろうか。それとも、もう何も聞こえないのだろうか。
俺は、小さく唇を震わせ目を細めてルナを見る男の横顔を見た。
「あの時の私は自分でも制御できないくらいになってました。友人が友人を殺めるなんてことがあるのか。ありえない。どんな事情があっても絶対に許されることではない。体の中からとめどなく溢れてくる怒りが、頭の先から足のつま先まで行き渡る。ルナだけではない。ことり祖母ちゃんまでも死に追いやった。本当に許せなかった。何日も何日も御本尊の前で、消えることのない怒りと自分に向き合う日々を送っていました。その時からです。私が人の心と過去が分かるようになったのは。ルナの事がきっかけだったのか、家系だからなのかは分かりません。でも、その時の私は思った。きっと天国のルナが私に力を与えたんだと」
男の口元が少しだけほころんだ。
「それから暫くして私は外に出ました。ようやく、自分の中の怒りが落ち着いてきたんです。何か月ぶりかの外です。やけに眩しかったのを覚えています。川の方へ行く勇気はまだなかったですが、フラフラと村の中を歩いていたんです。すると、自分の行く手に由美達が遊んでるのが見えました。私は会いたくなかったので直ぐに回れ右をして帰ろうとしました。でも・・」
「でも?」
「聞こえてきたんですよ」
「聞こえた?何が?」
「心の声です。私が来るのが分かったのでしょう。みんなの意識が私に向いた瞬間に、頭の中に色んな声が聞こえてきたんです「あっ、元気になったのかな」とか「顔色悪いな」とか「来たよ」とか、様々な声。頭が割れてしまうかと思うぐらいにわんわんと鳴り響くんです」
自分の力が開花した後、初めて人の心の中をよんだのか。驚きと戸惑いはいかなるものか。凡人の俺には到底想像がつかない。
「その中に、こんな声がありました「汚い」」
「汚い?」
男はこくりと頷く。
「色んな声の中に紛れるようにとても小さな声でした。でも、しっかりと私の頭の中にその声は刻み込むようにして入ってきた。私は、その声を聞くため意識を集中させました。初めは上手くいきませんでしたが、次第に的を絞った声だけがはっきりと聞こえてくるようになる。そして愕然としたんです」
男の顔色が真っ青から紙のように白くなっていく。
「その声が言ったこと・・私は愕然とし、その場に座り込んでしまいました」
「なんて・・なんて言ったんだ?」

「「・・・あんな化け物と遊んだ奴なんて来なければいいのに」」

男は、一文一句噛みしめるようにゆっくりと言った。
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