29 / 110
第一章 予想外の婚約破棄
第29話 契約の婚約
しおりを挟む孤児院訪問から五日後、アーサーがエルトナ家を訪ねて来た。朝早くから。
先触れを受けた家令は泡を食った事だろう。
父もリヴィアもいつも朝から出かけてしまい、夜は晩餐まで帰らないのでその判断は間違いえていないけれど……
父は領地経営の他に皇城勤めもしている。一応大臣職ではあるのだが、取ってつけたような閑職だ。先々代が宰相を務めていた事を考えると、落ちぶれたように見えるが。
慌てて支度を整え玄関に迎えに出れば、朝からきらきらしたアーサーが屋敷の玄関で佇んでいた。少し後ろにはレストルも控えている。
「おはよう御座いますエルトナ伯爵。リヴィア」
「……おはよう御座いますアーサー皇子殿下。お早いですな」
「おはよう御座います」
リヴィアはカーテシーをとった。
「伯爵、君が朝早くから城に登城していると聞いてね。こちらに直接伺わせて貰ったんだ」
「当日にですか……」
低い声で告げる父の声には険が含まれているように感じる。
リヴィアはふと父の態度が気になった。
父の顔つきは元々厳しい。だが先程から何となく態度もよろしく無いような気がする。
突然朝から訪問して来たアーサーに憤っているのかもしれないが、相手は皇族だし、普通の貴族は愛想笑いくらい浮かべると思う。
限られた中でリヴィアが目にして来た父の社交も、そつなくこなしていたと記憶しているのだが。
不思議に思っていると、こちらを見たアーサーと目が合い、リヴィアは胸を跳ねさせた。
「それで、リヴィア嬢と話をしても?」
「まず私とのお話が先です、殿下」
遮るようにリヴィアの前に立つ父にアーサーは苦笑した。
「お前は部屋に戻っていなさい」
キッと睨みつけてくる父と、アーサーに頭を下げ、リヴィアは部屋に戻った。
「何なのかしら?」
魔術院からの今日の迎えを一度返した方が良いのかと、リヴィアは侍女に言付けを頼んだ。
◇ ◇ ◇
庭にある四阿で、リヴィアはアーサーと向かい合って座り、お茶を飲んでいた。
父との話し合いを終わらせたアーサーを、家令がわざわざ連れて来たのだ。
リヴィアは最初自分の部屋で待っていたが、流石に落ち着かず庭を歩いていたので、驚いた。
出向くべきは自分だろう。家令に咎める目を向けると、アーサーが苦笑した。
「私が庭に行きたいと言ったのです。正確にはあなたの元に行きたいと」
いたずらっぽく笑うアーサーにリヴィアは目を丸くした。
何を言い出すのかと驚いていると、アーサーの従者を務めるレストルが、家令に席を外すように促した。
家令は渋ったが、次期当主のレストルの言う事は無下にできないらしく、屋敷から様子の見える四阿に腰を落ち着けるならと了承した。
庭師が整えた彩り豊かな景色が、一枚の紙に収められているようで、視界を楽しませている。夏の終わりの今日の天気は、日陰は涼しく過ごせる。だが朝早いこの時間は少しだけ肌寒く感じてしまう。
先程運ばれて来たお茶を口元に運び、一口口に含んで心をほっと落ち着かせた。
……至近距離でアーサーを見る勇気が出ない。
そのままソーサーにカップを置き、無言で俯いた。
「リヴィア、顔を上げなさい」
レストルの穏やかながらも有無を言わさない声音に、リヴィアは弾かれたように顔を上げた。
そのままアーサーと目と目がかち合う。
アーサーは口元に笑みを浮かべて口を開いた。
「リヴィア、今日は君に頼み事があって来たんだ」
「頼み事?」
それを聞いてリヴィアは些か安心した。自分への頼み事など魔術関係だろう。それなら何とかなりそうだ。リヴィアは口元に笑みを浮かべた。
「リヴィア、君に私の婚約者になって欲しいのだが、嫌だろうか?」
そのまま固まる。
……?
空耳が聞こえてきたような気がする。
もしくは幻聴……だと思うのだが……
思わずそっと四阿の外で待機するレストルを伺う。
だがそれは悪手だったようで、アーサーからむっとした声が飛んできた。
「何故レストルを見るんだ」
慌てて顔をアーサーに向ければ、ぶすりとした顔のアーサーが飛び込んで来て面食らう。
「すみません……あの……耳がおかしくなったようでして……」
アーサーは微妙な顔をしてひとつ息をはいた。
「おかしくない。君に婚約者の……振りをして欲しいんだ」
リヴィアは思わず口をポカンと開けてしまった。
何がどうしてそうなるんだ?
二人の間を通る空気を震わせるように、肩を震わせて笑うレストルの忍び笑いが聴こえていた。
34
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる