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前編
7. 無自覚にしようとしていた事
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「殿下、ご快復おめでとうございます」
「殿下、祝賀会などを催すご予定は?」
「殿下、城に美しい王子が戻ったと、令嬢たちが大喜びで────」
「殿下、うちの娘などは、殿下の快復祈願に神殿へ日参しておったのですよ。親の贔屓目を抜きにしても、本当に気立ての良い子で────」
また人が寄って来た。
ソアルジュは以前のようにフワリと微笑む。
「私などが皆様のお心を煩わせていたなんて、それだけで心苦しく思います」
空々しい台詞は以前と変わらない。
なのにあの頃よりもずっと虚しく感じるのは何故だろうか。
あの頃はこんなやりとりも楽しかった。人格者の仮面を被り、人を嘲るのが堪らないと繰り返していた。
「騒ぎ立てる必要などありません。皆様の善意に感謝し、健やかであるようにと、神に祈りを捧げたいと思います」
儚く笑む美貌に、貴族たちは顔を赤らめ、ありがとうございますと去って行った。
◇
「つまんねえな」
仕事を放棄した為する事が無い。
思わず出たつぶやきは、品性の無さから従者に咳払いをされた。
それもこれもあの治癒士の少女のせいである。
……こう言っちゃなんだが、あまり構ってくれないのだ。
自分専門の治癒士だと言うのに、何をやってるんだ、あの娘。
イライラと机を指先で叩いていると、呼んでいた人物がやって来た。失礼致します、と下げる頭を見ながら机に肘をついて彼女を見た。
「お呼びですか? 坊っちゃま」
「坊っちゃまはやめろ」
彼女はリサ。ロシェルダの侍女を任せている。ソアルジュの乳母だった人物であり、従者アッサムの母でもある。────信用に足る人物だ。
「彼女はどうだ?」
そう言うとリサはクスクスと笑った。
「とってもいい子で。正直坊っちゃまがあんなかわいい子を連れて来るなんて思いませんでしたから、意外で嬉しくて。本当に、今までのお嬢さん方なんて────」
「今何をしてるんだ」
被せるように口にするソアルジュに、リサは肩を竦めて苦笑した。
「図書室で読書をしておりますよ」
「何だと?! またか?」
ここに来てからロシェルダは、図書室に通い詰めている。……自分への往診は午前中に一度、僅かな時間だけ。なのに図書室では城の侍医を見つけ出し、交流を深めたりしているらしい。
この城では医師を数多く抱えている。貴族の持つ病に怯えるが故の、国の特性だろう。彼らの担当はそれぞれ違っているが、城では城下に住む平民も診るべく門戸を開いているのだ。
侍医の中にはそれに参加しない気位の高い人物もいるが、彼らを分け隔てなく診る医師も当然いる。
ロシェルダが親しくなったのはそう言った人物だった。見識が深まるのだとか言っていた。その人物の診察に付き合っている為忙しく、ソアルジュとの時間はほぼ無い。
……彼女は確かソアルジュの為に登城したと思ったが。
最初その話を聞いた時は……驚いた。
どうしてそんな馬鹿な事をするのだ? 与えられた境遇は素晴らしいものの筈だ。何故それを享受し、大人しく囲われていない?
だがそんな明け透けな言葉を口にするのは、何となく憚られた。だが平静を装い理由を聞いてみれば、ソアルジュの為だと返された。
「殿下の不調の原因が分からないのです。私の出会ったことの無い病気なのかもしれません。ハウロ医師のご指導を受け、少しでも見識を広げたいのです」
眉を下げそんな言い方をされれば駄目だと言える筈も無い。
それとなく他の医師に掛かってはとも勧められたが、あんな奴らに触られたく無い。必要無いと断っておいた。
そしてそれ以外は図書室で読書────もとい、勉強。
……自分の為だそうだ。
自分の為と言われても、全く嬉しく無いのは何故なんだ。
何より交流出来なければ、彼女をここに留め置く事が出来ない。猶予はひと月しか無いと言うのに。くっそう。
項垂れるソアルジュにリサは困った子を見る目でため息を吐いた。
「殿下、好きならそう言った方がいいですよ?」
その言葉にソアルジュは固まる。
は?
「ロシェルダさんは全く気づいてらっしゃらないようですからね」
……何を言ってるんだ
困惑したまま目を向ければリサは楽しそうに口元を綻ばせた。
「あら、無自覚だったんですか?」
「殿下、祝賀会などを催すご予定は?」
「殿下、城に美しい王子が戻ったと、令嬢たちが大喜びで────」
「殿下、うちの娘などは、殿下の快復祈願に神殿へ日参しておったのですよ。親の贔屓目を抜きにしても、本当に気立ての良い子で────」
また人が寄って来た。
ソアルジュは以前のようにフワリと微笑む。
「私などが皆様のお心を煩わせていたなんて、それだけで心苦しく思います」
空々しい台詞は以前と変わらない。
なのにあの頃よりもずっと虚しく感じるのは何故だろうか。
あの頃はこんなやりとりも楽しかった。人格者の仮面を被り、人を嘲るのが堪らないと繰り返していた。
「騒ぎ立てる必要などありません。皆様の善意に感謝し、健やかであるようにと、神に祈りを捧げたいと思います」
儚く笑む美貌に、貴族たちは顔を赤らめ、ありがとうございますと去って行った。
◇
「つまんねえな」
仕事を放棄した為する事が無い。
思わず出たつぶやきは、品性の無さから従者に咳払いをされた。
それもこれもあの治癒士の少女のせいである。
……こう言っちゃなんだが、あまり構ってくれないのだ。
自分専門の治癒士だと言うのに、何をやってるんだ、あの娘。
イライラと机を指先で叩いていると、呼んでいた人物がやって来た。失礼致します、と下げる頭を見ながら机に肘をついて彼女を見た。
「お呼びですか? 坊っちゃま」
「坊っちゃまはやめろ」
彼女はリサ。ロシェルダの侍女を任せている。ソアルジュの乳母だった人物であり、従者アッサムの母でもある。────信用に足る人物だ。
「彼女はどうだ?」
そう言うとリサはクスクスと笑った。
「とってもいい子で。正直坊っちゃまがあんなかわいい子を連れて来るなんて思いませんでしたから、意外で嬉しくて。本当に、今までのお嬢さん方なんて────」
「今何をしてるんだ」
被せるように口にするソアルジュに、リサは肩を竦めて苦笑した。
「図書室で読書をしておりますよ」
「何だと?! またか?」
ここに来てからロシェルダは、図書室に通い詰めている。……自分への往診は午前中に一度、僅かな時間だけ。なのに図書室では城の侍医を見つけ出し、交流を深めたりしているらしい。
この城では医師を数多く抱えている。貴族の持つ病に怯えるが故の、国の特性だろう。彼らの担当はそれぞれ違っているが、城では城下に住む平民も診るべく門戸を開いているのだ。
侍医の中にはそれに参加しない気位の高い人物もいるが、彼らを分け隔てなく診る医師も当然いる。
ロシェルダが親しくなったのはそう言った人物だった。見識が深まるのだとか言っていた。その人物の診察に付き合っている為忙しく、ソアルジュとの時間はほぼ無い。
……彼女は確かソアルジュの為に登城したと思ったが。
最初その話を聞いた時は……驚いた。
どうしてそんな馬鹿な事をするのだ? 与えられた境遇は素晴らしいものの筈だ。何故それを享受し、大人しく囲われていない?
だがそんな明け透けな言葉を口にするのは、何となく憚られた。だが平静を装い理由を聞いてみれば、ソアルジュの為だと返された。
「殿下の不調の原因が分からないのです。私の出会ったことの無い病気なのかもしれません。ハウロ医師のご指導を受け、少しでも見識を広げたいのです」
眉を下げそんな言い方をされれば駄目だと言える筈も無い。
それとなく他の医師に掛かってはとも勧められたが、あんな奴らに触られたく無い。必要無いと断っておいた。
そしてそれ以外は図書室で読書────もとい、勉強。
……自分の為だそうだ。
自分の為と言われても、全く嬉しく無いのは何故なんだ。
何より交流出来なければ、彼女をここに留め置く事が出来ない。猶予はひと月しか無いと言うのに。くっそう。
項垂れるソアルジュにリサは困った子を見る目でため息を吐いた。
「殿下、好きならそう言った方がいいですよ?」
その言葉にソアルジュは固まる。
は?
「ロシェルダさんは全く気づいてらっしゃらないようですからね」
……何を言ってるんだ
困惑したまま目を向ければリサは楽しそうに口元を綻ばせた。
「あら、無自覚だったんですか?」
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