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後編
22. 返事
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「ロ、ロシェルダ……?」
思わず立ち上がる。
ソアルジュは目を丸くした後、口をはくはくと動かした。
どう見ても聞いていた……聞かれていた。
みるみる自分の体温が上がり、ロシェルダに負けず劣らず自分が茹でた蛸のように赤くなっている事が容易に想像できる。口にした言葉に間違いはないが、覚悟を持って言うのと偶然聞かれるのとでは、全然違う。……不意打ちに心が瓦解しそうだ。
ロシェルダの横にはフィーラ医師が寄り添っており、ソアルジュに笑い掛けた。
「ロシェルダ、あなたもソアルジュ殿下にお話があるのでしょう?」
その言葉にソアルジュの身体がギクリと強張る。
何を言われると言うのだ。
先程逃げて行った彼女の背中が思い出される。
「で、殿下……」
ロシェルダに呼びかけられ、ぎぎぎと瞳をそちらに向ける。赤い顔に潤む眼差しで見つめられ、思わず喉がゴクリと鳴った。
「先程は、失礼しました。わ、私は自分の事しか考えておらず、病を偽られたと、治療院から連れ出されたという怒りしか目がいかず……あなたの気持ちを全く聞かずに蔑ろにしてしまいました……治癒士……失格です」
ソアルジュは瞳を揺らす。
彼女は虚偽に対する怒りを見せただけで、自分への気持ちに応えられなかった訳では無いのではないかと。けれどそんな考えは、彼女の次の言葉にどこか遠くに駆けて行った。
「オランジュ様はそんな事しなかったのに」
重くなり、冷える心にソアルジュが思わず表情を無くすと、セヴィアンもまた、腕を組んで残念そうにロシェルダを見ていた。たまらずソアルジュは声を出す。
「ロシェルダ! オランジュの事なんてどうでもいいんだ。君はどう思った? 私は君が好きだ。君は……私をどう思ってくれているんだ」
「え? 患者でしょうか……」
即答。思わず膝から崩れ落ちそうになる身体を叱咤し、そ、そうかと何とか踏みとどまる。
ロシェルダはその様子に少しだけ申し訳無さそうにし、両手を小さく握りしめて続けた。
「私は……二度と患者に想いを寄せないと決めていました。……だから、殿下のお気持ちにも気づきませんでした。
見ないようにしていたんだと思います。また傷つくのが嫌だったから……自分を守る為に。卑怯なんです。
……だから殿下が好きかと言われるとよく分からなくて。……なのに、嬉しかったんです」
そう言ってロシェルダはソアルジュを見た。胸の前で作る二つの拳はきつく握られ、震えている。
「私の治療が、あなたを心から助けたのだと。私は、一度失恋しただけで誰にも心を傾けず、一人で拗ねて仕事が全てだと思い込んだ。嬉しいと知っていたのに。……感謝される事が、心を人から託される事が、どれ程希少で自分の心を育てていくのか。わ、私は……」
ソアルジュはロシェルダの言葉を聞きながら、ふらふらと側に歩み寄っていた。
気づいたら彼女の顔が近くで、自分を一心に見つめていて、必死に言葉を紡いでいる。
「ロシェルダ……」
「私は、あなたともっと親しくなりたいです。患者と治癒士としてでは無く……対等な人として」
嬉しさに緩む口元を噛み締め、ソアルジュはロシェルダの頬に触れた。僅かに身じろぐ彼女の頬は、赤く染まった見た目通りに熱を持っていて、それが自分の為かと思うと胸が熱くなった。
「だが、平民の治癒士は王族に嫁げん。その娘と添い遂げたいのなら、愛妾以外の道は無い」
実父のその言葉にソアルジュの心はすっと冷えた。
思わず立ち上がる。
ソアルジュは目を丸くした後、口をはくはくと動かした。
どう見ても聞いていた……聞かれていた。
みるみる自分の体温が上がり、ロシェルダに負けず劣らず自分が茹でた蛸のように赤くなっている事が容易に想像できる。口にした言葉に間違いはないが、覚悟を持って言うのと偶然聞かれるのとでは、全然違う。……不意打ちに心が瓦解しそうだ。
ロシェルダの横にはフィーラ医師が寄り添っており、ソアルジュに笑い掛けた。
「ロシェルダ、あなたもソアルジュ殿下にお話があるのでしょう?」
その言葉にソアルジュの身体がギクリと強張る。
何を言われると言うのだ。
先程逃げて行った彼女の背中が思い出される。
「で、殿下……」
ロシェルダに呼びかけられ、ぎぎぎと瞳をそちらに向ける。赤い顔に潤む眼差しで見つめられ、思わず喉がゴクリと鳴った。
「先程は、失礼しました。わ、私は自分の事しか考えておらず、病を偽られたと、治療院から連れ出されたという怒りしか目がいかず……あなたの気持ちを全く聞かずに蔑ろにしてしまいました……治癒士……失格です」
ソアルジュは瞳を揺らす。
彼女は虚偽に対する怒りを見せただけで、自分への気持ちに応えられなかった訳では無いのではないかと。けれどそんな考えは、彼女の次の言葉にどこか遠くに駆けて行った。
「オランジュ様はそんな事しなかったのに」
重くなり、冷える心にソアルジュが思わず表情を無くすと、セヴィアンもまた、腕を組んで残念そうにロシェルダを見ていた。たまらずソアルジュは声を出す。
「ロシェルダ! オランジュの事なんてどうでもいいんだ。君はどう思った? 私は君が好きだ。君は……私をどう思ってくれているんだ」
「え? 患者でしょうか……」
即答。思わず膝から崩れ落ちそうになる身体を叱咤し、そ、そうかと何とか踏みとどまる。
ロシェルダはその様子に少しだけ申し訳無さそうにし、両手を小さく握りしめて続けた。
「私は……二度と患者に想いを寄せないと決めていました。……だから、殿下のお気持ちにも気づきませんでした。
見ないようにしていたんだと思います。また傷つくのが嫌だったから……自分を守る為に。卑怯なんです。
……だから殿下が好きかと言われるとよく分からなくて。……なのに、嬉しかったんです」
そう言ってロシェルダはソアルジュを見た。胸の前で作る二つの拳はきつく握られ、震えている。
「私の治療が、あなたを心から助けたのだと。私は、一度失恋しただけで誰にも心を傾けず、一人で拗ねて仕事が全てだと思い込んだ。嬉しいと知っていたのに。……感謝される事が、心を人から託される事が、どれ程希少で自分の心を育てていくのか。わ、私は……」
ソアルジュはロシェルダの言葉を聞きながら、ふらふらと側に歩み寄っていた。
気づいたら彼女の顔が近くで、自分を一心に見つめていて、必死に言葉を紡いでいる。
「ロシェルダ……」
「私は、あなたともっと親しくなりたいです。患者と治癒士としてでは無く……対等な人として」
嬉しさに緩む口元を噛み締め、ソアルジュはロシェルダの頬に触れた。僅かに身じろぐ彼女の頬は、赤く染まった見た目通りに熱を持っていて、それが自分の為かと思うと胸が熱くなった。
「だが、平民の治癒士は王族に嫁げん。その娘と添い遂げたいのなら、愛妾以外の道は無い」
実父のその言葉にソアルジュの心はすっと冷えた。
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