Welcome to Another Earth

序章 第1話 仮想世界アナザーアース

西暦2090年、地球の環境は深刻な状態になり、安全に外出できる地域も少なくなっていた。人類の活動可能区域は、数字で区切られる様になっていた。

人々の労力全てを生存に費やす事になる時代の到来を防ぐ為に、VR技術のさらなる発展が目標になった。失われた風景や娯楽などを、代替現実で甦らせるのだ。

仮想現実の発展は難航し遅れていたが、そこに7人のシステムエンジニアが現れた。開発に介入し強引に開発チームの中心人物になった彼らは、バーチャルの世界に再現された物のリアリティを上げていった。

本来より遥かに早いスピードで開発が進んだ結果、2095年にメタバースの発展型となる仮想現実"アナザーアース"はオープンした。本来は30年後に完成するはずだったので、異常とすら言えるほどの開発スピードだった。

しかし7人のシステムエンジニアはアナザーアースが完成してすぐに、行方不明になってしまった。幸い運営のノウハウがある人材を集める事は出来たが、バグ消し以外のアップデートが難しくなっている状況が続いている。

アナザーアース内では、現実では既に失われた場所の多くが再現されている。ただその場所に行けるだけでなく、様々なイベントを開催する事もできるシステムとなっている。

メタバースの発展型であるアナザーアースは、21世紀末の荒れ果てた世界を生きる人々に、あっという間に受け入れられた。20世紀と比べて精神的に疲れている人々が遥かに増えている時代において、バーチャルリアリティは希望だったのだ。

多くの企業がアナザーアースへの参入を行い、仮想空間上のオフィスも多く作られた。拠点をリアルからバーチャルに移したアーティストも多い。

そして西暦2120年…アナザーアースは完全な代替現実として、人々に必要とされる時代になっていた。幼い頃から仮想現実に触れる世代も増えて、仮想現実に対して否定的な意見は封殺されていった。

しかし、仮想現実内での犯罪も年々増え続けている一方で、警察の対処が遅れていた。その為、個人で活動している私立探偵を頼る者も多かった。

ーー

「…そろそろ行かなきゃ」

エリア007、高層ビルが立ち並ぶ居住区の片隅にある自然公園、秋らしい涼しい風が吹くそこは、老人や親子連れの憩いの場所となっていた。環境破壊が進んだ時代において、緑は貴重な存在となっていた。

その公園の入り口のすぐそばのベンチに座っていた20代くらいと思われる見た目の女性が立ち上がる。癖毛の黒髪の彼女の顔は、美人のものではないが、醜くはなかった。

（アバターはこれのまま…調整の必要は無し）

彼女はゆっくりと自宅に向かいながら、デバイスで何やらセッティングをしていた。仮想現実にログインする際に使用するアバターのチェックだった。

ーー

帰宅した彼女は、仮想現実にログインする為のコンピュータを起動する。起動したコンピュータの画面には、ログイン確認画面が表示されている。

（よし…ログイン）

ーー

個性豊かなアバターが数多く行き交う雑踏、赤い色の輝く高い塔。黒く美しい腰の上辺りまで伸ばしたストレートの髪、美しい顔立ちをした彼女のアバターは、2010年代の日本の大都市をモチーフにしたエリアにいた。

「カナエさん!来るの遅くて心配してましたよ」

「ごめんね、セッティングに手間取って…」

彼女…カナエは、紺色の髪を肩の辺りまで伸ばした穏やかそうな少女、アイリと合流して、近くのカフェに向かった。依頼を受けた事件の、捜査計画を立てるためだった。

九重鼎、彼女は2120年の仮想現実で活動するネット探偵だった。