私の全てを奪ってくれた

うみすけ

文字の大きさ
7 / 13

7

しおりを挟む
ふと目が覚める。

感覚でわかってしまう。

完全に寝坊した。

時計に目を向けると時刻は約束の7時どころか、8時を過ぎていた。

朝は苦手なので、よく寝坊する私は、普通の人とは違うところなのか、慌てたりしなくなっていた。

とりあえず連絡だ、と思って携帯を手に取り通知を確認したが、特にメッセージがきてなかった。

なんでだ、と思いつつもとにかく、メッセージよりも電話の方がいいと、「夏海」に電話をかける。


1コール、2コールと待つが、出る気配が無い。

もう一度と、電話をかける。が、同じ結果。


これはおかしい!!とにかく帰宅だ!!


私もさすがにこれには慌てる。家になにかあったっけ?とか、やっぱり知り合いでもない人を入れるのはよくないかとか。

バタバタとベッドの上だけが散らかった部屋を後にして、外に出る。

外に出ると朝日が当たる。気温は低いのに、太陽の光だけは暖かく、朝に外を出歩かない私にとってそれは、気持ちよく感じるものだ。この日差しの中歩いて帰るのも悪くは無いし、家までそこまで遠い距離でもないが、結局、面倒くさいのには変わりない。

なので、今の仕事を始めてから使用頻度が上がったタクシーを利用することにする。

大通りにでて、少し待てば何台も通る所なので、すぐに乗れて、楽をしてしまうわけだ。






タクシーに乗り込み、5分ほどで家に到着。1階部分のフロアでとりあえず、501の自分の家の呼び鈴を鳴らしてみる。

2.30秒ほど待ったが特に何もなく、反応無しか、と思いつつ予備の鍵をバッグの中から探していると、フロアの扉が開く。なんだ、話しはしないが、家に彼女はいるのか。と、自分の部屋へと向かう。



自分の部屋の鍵は空いていて、ガチャと中に入ると玄関部分に彼女は立っていた。服装は昨日とは違って寝巻きのような感じで、メイクもしてなく、髪の毛だけはサラサラとしている彼女は、私を見るなり少し大きめの声で、

「ごめんなさい!私、寝坊して!さっきの呼び鈴で起きました!」

なるほど、となりながらも私も寝坊したので、「ハハハッ」とわざとらしく笑うことしかできなかった。




「用事はいつからなの?」
家に帰ってきた私は冷蔵庫に入っていた缶コーヒーを2つ、手に取りながら言う。

「今日の15時からです。」

それなら昨日の時点で言ってくれればもっとホテルでゆっくりと寝れたじゃないか、と言いたくなったが、そんな事よりも

「なら、用事の時間まで家にいていいよ。ゆっくりしときたいやろ。」

と、伝える。

ソファに座ってる彼女の横にどっこいしょ、と座り込みながら缶コーヒーを渡し、それを受け取った彼女は、いただきます、と言いながら続ける

「昨日はありがとうございました。そんなに沢山お金をつかいたくなかったので、嬉しかったです。お言葉に甘えてこの後も少しお邪魔しますね。」

丁寧な言葉で伝えるその声は、普段、酒焼けしてる女性の声しか聞いてない私にとっては、とても綺麗に聞こえる。

「それじゃ、俺もいるけど気にせずゆっくりしてよ。」







その2人の時間、お互いの話しをした。年齢や名前のような自己紹介的な事や、普段は何をしているのか、趣味は、そんな他愛もない話。

私はとても久々に自分の本名「渡辺まちか」を伝えた。

彼女の名前は「渡邉夏海」と言う事。私の3つ下の20歳。

苗字の漢字が違うだけの共通点で笑い合い、朝はよく寝坊をする、と言う共通点でも笑い。お互いまだまだ若い、と妙な励まし合い。

普段は自分の話しをしないで、仕事上、聞く側の私にとっては、ストレス等溜まる訳もなく、話したいことを喋り、聞きたいことを聞く。それがとても楽しいと感じた。

だから、暫く誰に対しても好きだと言う感情を持たなかった私には気付けなかったが、多分この時から彼女を、夏海を好きな感情は芽生えたんだと思う。


その時に気付けなかったからだろうか、いや、気付いていたらその時に、諦めていたのかもしれないからむしろ良かったのかもしれない。その後の私にとっては、夏海と連絡を取ることだけが唯一の楽しみになっていた。



そんな連絡だけのやりとりの2月も終わり、3月になった頃には私は完全に夏海の事を好きだと言う感情で埋まっていた。

2年前とは違う、今度は手に入れるために私は今の仕事を辞める決意をした。確かに、人を好きになると辞めたくなる理由がこの時にわかった。



夏海は2つ、私の天職であろうホストを奪い、私の気持ちを奪った。


今まで女性に与えられてたものを、今度は私が1人の女性の夏海に与える側になった。だからこそ今度は、グラスの水滴のように落ちたくない、もう辛い思いはしたくない、私はそんな事しか考えてなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...