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バウムクーヘンを捧げよ
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「エルフと暮らしている」と言えば、大抵の奴は興味を持つ。
先日、ついうっかり常連客にシルフィのことを話したせいで、何やら面倒くさいことになった。
普通は「会わせてよ」とか「連れて来いよ」とか、もしくは「ヤッた?」などと異性前提で節操のない質問を浴びせてくる輩が多いのだが、いま目の前で一番安い文庫本をレジカウンターに置き、店員という立場である俺の逃げ場をなくした上で「折り入って、ご相談があるのですが」と、切り出してきたガチめの女性客が現れたのだ……。
ちなみに、年の頃は20前後、容姿はA+、物腰は柔らかく、かわいい系である。
さて、どうしたものか。
「僕にですか?」
「いえ、その……森田さんはエルフの方とお知り合いだとか」
「あぁ、シルフィですか」
「エルフの方はシルフィさんとおっしゃるんですね? 素敵な名前です」
「あ、えー、本人も喜ぶと思います……それで、何か御用が?」
「はい、実は、シルフィさんにどうしてもお願いしたいことがありまして……」
「お願い……?」
俺は文庫にカバーを付けながら、あの無能なエルフに何を願うつもりだろうと考えてみるが、全くピンと来ない。
「森田さんのお力で、シルフィさんとお会いすることはできませんか?」
「お力と言われましても……」
こんな風に何かを頼まれたのは、この世に生を受けて25年、初めてのことだった。
悪い気はしない。女性に何かを頼まれるという経験が乏しい俺にはなおさらだ。
それに、切羽詰まった様子で言われると、断るのも何だか気が引ける。
例え文庫一冊でも、わざわざ買ってくれたお客さんを無下にするわけにもいかないだろう。
「構いませんよ、ただバイトが終わってからでも良いですか?」
「ええ、もちろんです! あ、私、折笠といいます、よろしくお願いします」
さっきまでの不安げで強ばっていた顔が嘘のように笑顔に変わった。
何だかんだ理由を付けたが、OKしたのは彼女がまさに俺のタイプだったからだ。
* * *
「こ、ここですか⁉」
折笠さんの目に戸惑いの色が見える。
下北沢駅から代田橋方面に10分ほど歩いた住宅街にある木造一軒家。
確かに築50年以上は経っている。
でも、中はリノベーションもしてあるし、見た目もよく言えば古民家風で、そこまで酷いとは思わないのだが……どうやら彼女から見ると違うらしい。
「すみません、ちょっと汚いところですが……」
「あ、いえ! 決してそういう意味ではなくて、その、あ、アパートかマンションかなと思ってまして……」
彼女なりのフォローなのだろう。
ここはありがたく受け取っておくことにする。
「ああ、なるほど。見た目は古いですがリノベーション済みで中は快適ですよ、家賃もそれなりですし」
「へぇ……」
「まあ、どうぞ上がって下さい」
「あ、はい。お邪魔します」
俺は居間に入り「おーい、シルフィ」と声を掛けた。
居間の床には魔方陣の書かれたチラシが散乱し、親戚の結婚式でもらったキャンドルがそこら中に並べてある。その魔方陣に向かって一心不乱にブツブツと何かを唱える、フード付きのスウェット姿のエルフが居た。
「あ、シルフィさんですか⁉ 初めまして、私、折笠といいます!」
折笠さんが興奮気味にお辞儀をするが、シルフィはブツブツ言ったまま反応しない。
「あー折笠さん、ちょっと待っててください」
俺はソファにあった新聞紙を丸めて、シルフィの頭を叩いた。
パコンと頼りない音が居間に響く。
「何をする! ……ん? 何だ森田か、バイト終わったのか? 腹が減ったぞ、ラーメン以外で何か作ってくれ。なるはやでな」
「この……穀潰しが! いい加減働け!」
「高貴なエルフである我が労働などするわけがなかろう! てかこのやり取り何回目だ? 森田、いい加減諦めろ! 我は高貴なエルフなんだからな!」
シルフィはそう言い捨てると、また魔方陣に向かって何やら唱え始めた。
「あの……大丈夫ですか?」
「すみません、見苦しいところをお見せして」
「あ、いえ……」
「この通り、とんでもないエルフでして」
「はあ、でも……やっぱり美しい方ですね」
「僕もそう思ってた時期がありましたよ……」
確かにシルフィは美しい。そりゃエルフだもん当然だろう。
蜂蜜のように艶めいた金色の髪、南国の海のようなマリンブルーの瞳、透き通るような肌、誰がどう見ても美しいと思うはず……。
だが、それだけだ。残念ながら、それだけなのだ!
やたら食い意地が張っていて、口を開けば高貴だ、尊い存在だ、やれ敬えだの、崇めろだの……ほんと面倒くさいったりゃありゃしない!
極めつけは転移した影響だとかで、全然魔法らしい魔法が使えないとか言いやがる。
そんなこんなで、結局、俺は僅かなバイト代を切り詰め、なし崩し的に、この高貴なエルフ様に衣食住を提供しているのだ。
「あ、もし良かったら私、バウムクーヘン持ってますけど……」
「いやいや、悪いですよそんな」
「何だそのバウムクーヘンとは?」
いつの間にかシルフィが話に混ざっていた。
こいつ食い意地だけは一流だな。
「ったく、食いもんにだけは反応しやがって」
と言って舌打ちをすると、シルフィがため息交じりに答えた。
「はぁ……森田、我も生きている。生きている以上、腹が減るのはこの世の摂理だぞ?」
「はいはい、摂理摂理」
適当に相づちを打つと「ぬぬぬ……」とシルフィが唸りながら俺を睨んだ。
そして、ふと折笠さんに目を向けると、
「……それより、この者は誰だ? 新しい召使いか?」と小首を傾げた。
「そんなわけねぇだろ!」
「あ、いえ、私は折笠といいます。シルフィさんに会いに来たんです」
「我に? はて、こちらの世界に知り合いはいないはずだが……」
「実はシルフィさんが魔法を使えると聞きまして……それで、その……折り入ってお願いがあって来たんです!」
「ふはははは! 聞いたか森田! やはり大魔道士の称号は伊達ではないな、こうして我の魔力に導かれし者が集まってきおるわ!」
「いや、普通に違うだろ。てか、魔法使えねーくせに」
「な、何をーっ! 貴様だけだぞ、この大魔道士シルフィ・アイリスヴェルダにそんな口を利く輩はーっ!」
シルフィが俺に掴みかかってきた。
だが、胸だけは無駄にデカいが、基本、小柄で華奢である。
そんなエロフが、日々古本屋の棚整理で鍛えた俺の腕力に勝てるわけがない。
「お、お二人とも落ち着いてください!」
「ほら、大人しくしろ! ったく、飯抜きだぞ!」
「……うぐっ⁉ ひ、卑劣な……」
歯を食いしばりながらも、大人しくなるシルフィ。
「あの、ちゃんと人数分はありますから」
折笠さんがそう言うと、シルフィはソファに座りふんぞり返った。
「はぁ……まあ、いいだろう。おい、森田、茶を淹れろ、折笠の分もだぞ」
「わ、わかってるよ!」
こ、こいつ……調子に乗りやがって。
だが、折笠さんもいるし、くそっ仕方ない。
茶の一つも淹れられないくせに、何が大魔道士だ!
俺は渋々台所に向かった。
先日、ついうっかり常連客にシルフィのことを話したせいで、何やら面倒くさいことになった。
普通は「会わせてよ」とか「連れて来いよ」とか、もしくは「ヤッた?」などと異性前提で節操のない質問を浴びせてくる輩が多いのだが、いま目の前で一番安い文庫本をレジカウンターに置き、店員という立場である俺の逃げ場をなくした上で「折り入って、ご相談があるのですが」と、切り出してきたガチめの女性客が現れたのだ……。
ちなみに、年の頃は20前後、容姿はA+、物腰は柔らかく、かわいい系である。
さて、どうしたものか。
「僕にですか?」
「いえ、その……森田さんはエルフの方とお知り合いだとか」
「あぁ、シルフィですか」
「エルフの方はシルフィさんとおっしゃるんですね? 素敵な名前です」
「あ、えー、本人も喜ぶと思います……それで、何か御用が?」
「はい、実は、シルフィさんにどうしてもお願いしたいことがありまして……」
「お願い……?」
俺は文庫にカバーを付けながら、あの無能なエルフに何を願うつもりだろうと考えてみるが、全くピンと来ない。
「森田さんのお力で、シルフィさんとお会いすることはできませんか?」
「お力と言われましても……」
こんな風に何かを頼まれたのは、この世に生を受けて25年、初めてのことだった。
悪い気はしない。女性に何かを頼まれるという経験が乏しい俺にはなおさらだ。
それに、切羽詰まった様子で言われると、断るのも何だか気が引ける。
例え文庫一冊でも、わざわざ買ってくれたお客さんを無下にするわけにもいかないだろう。
「構いませんよ、ただバイトが終わってからでも良いですか?」
「ええ、もちろんです! あ、私、折笠といいます、よろしくお願いします」
さっきまでの不安げで強ばっていた顔が嘘のように笑顔に変わった。
何だかんだ理由を付けたが、OKしたのは彼女がまさに俺のタイプだったからだ。
* * *
「こ、ここですか⁉」
折笠さんの目に戸惑いの色が見える。
下北沢駅から代田橋方面に10分ほど歩いた住宅街にある木造一軒家。
確かに築50年以上は経っている。
でも、中はリノベーションもしてあるし、見た目もよく言えば古民家風で、そこまで酷いとは思わないのだが……どうやら彼女から見ると違うらしい。
「すみません、ちょっと汚いところですが……」
「あ、いえ! 決してそういう意味ではなくて、その、あ、アパートかマンションかなと思ってまして……」
彼女なりのフォローなのだろう。
ここはありがたく受け取っておくことにする。
「ああ、なるほど。見た目は古いですがリノベーション済みで中は快適ですよ、家賃もそれなりですし」
「へぇ……」
「まあ、どうぞ上がって下さい」
「あ、はい。お邪魔します」
俺は居間に入り「おーい、シルフィ」と声を掛けた。
居間の床には魔方陣の書かれたチラシが散乱し、親戚の結婚式でもらったキャンドルがそこら中に並べてある。その魔方陣に向かって一心不乱にブツブツと何かを唱える、フード付きのスウェット姿のエルフが居た。
「あ、シルフィさんですか⁉ 初めまして、私、折笠といいます!」
折笠さんが興奮気味にお辞儀をするが、シルフィはブツブツ言ったまま反応しない。
「あー折笠さん、ちょっと待っててください」
俺はソファにあった新聞紙を丸めて、シルフィの頭を叩いた。
パコンと頼りない音が居間に響く。
「何をする! ……ん? 何だ森田か、バイト終わったのか? 腹が減ったぞ、ラーメン以外で何か作ってくれ。なるはやでな」
「この……穀潰しが! いい加減働け!」
「高貴なエルフである我が労働などするわけがなかろう! てかこのやり取り何回目だ? 森田、いい加減諦めろ! 我は高貴なエルフなんだからな!」
シルフィはそう言い捨てると、また魔方陣に向かって何やら唱え始めた。
「あの……大丈夫ですか?」
「すみません、見苦しいところをお見せして」
「あ、いえ……」
「この通り、とんでもないエルフでして」
「はあ、でも……やっぱり美しい方ですね」
「僕もそう思ってた時期がありましたよ……」
確かにシルフィは美しい。そりゃエルフだもん当然だろう。
蜂蜜のように艶めいた金色の髪、南国の海のようなマリンブルーの瞳、透き通るような肌、誰がどう見ても美しいと思うはず……。
だが、それだけだ。残念ながら、それだけなのだ!
やたら食い意地が張っていて、口を開けば高貴だ、尊い存在だ、やれ敬えだの、崇めろだの……ほんと面倒くさいったりゃありゃしない!
極めつけは転移した影響だとかで、全然魔法らしい魔法が使えないとか言いやがる。
そんなこんなで、結局、俺は僅かなバイト代を切り詰め、なし崩し的に、この高貴なエルフ様に衣食住を提供しているのだ。
「あ、もし良かったら私、バウムクーヘン持ってますけど……」
「いやいや、悪いですよそんな」
「何だそのバウムクーヘンとは?」
いつの間にかシルフィが話に混ざっていた。
こいつ食い意地だけは一流だな。
「ったく、食いもんにだけは反応しやがって」
と言って舌打ちをすると、シルフィがため息交じりに答えた。
「はぁ……森田、我も生きている。生きている以上、腹が減るのはこの世の摂理だぞ?」
「はいはい、摂理摂理」
適当に相づちを打つと「ぬぬぬ……」とシルフィが唸りながら俺を睨んだ。
そして、ふと折笠さんに目を向けると、
「……それより、この者は誰だ? 新しい召使いか?」と小首を傾げた。
「そんなわけねぇだろ!」
「あ、いえ、私は折笠といいます。シルフィさんに会いに来たんです」
「我に? はて、こちらの世界に知り合いはいないはずだが……」
「実はシルフィさんが魔法を使えると聞きまして……それで、その……折り入ってお願いがあって来たんです!」
「ふはははは! 聞いたか森田! やはり大魔道士の称号は伊達ではないな、こうして我の魔力に導かれし者が集まってきおるわ!」
「いや、普通に違うだろ。てか、魔法使えねーくせに」
「な、何をーっ! 貴様だけだぞ、この大魔道士シルフィ・アイリスヴェルダにそんな口を利く輩はーっ!」
シルフィが俺に掴みかかってきた。
だが、胸だけは無駄にデカいが、基本、小柄で華奢である。
そんなエロフが、日々古本屋の棚整理で鍛えた俺の腕力に勝てるわけがない。
「お、お二人とも落ち着いてください!」
「ほら、大人しくしろ! ったく、飯抜きだぞ!」
「……うぐっ⁉ ひ、卑劣な……」
歯を食いしばりながらも、大人しくなるシルフィ。
「あの、ちゃんと人数分はありますから」
折笠さんがそう言うと、シルフィはソファに座りふんぞり返った。
「はぁ……まあ、いいだろう。おい、森田、茶を淹れろ、折笠の分もだぞ」
「わ、わかってるよ!」
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