うちの居候エルフが高貴すぎてしんどい

雉子鳥 幸太郎

文字の大きさ
5 / 19
寿司を捧げよ

2

しおりを挟む
バイトで本にカバーを掛けている時、新しく入ってきた書籍を分類している時、家で風呂に入っている時、布団の中で目を閉じた時……。
結局、この手でプールを片付けたことが、ここ数日の間、ずっと心に引っかかっていた。

だが、そんなモヤモヤを綺麗さっぱり忘れかけた頃。
俺はシルフィと、溝口さんの住むマンションに来ていた。

あれから何度も断っていたのだが、どうしてもシルフィに来て欲しいの一点張りで、断り切れなかったのだ。

「すげぇな……」
「森田もこういう家に住め」
「む、無茶言うなよ……」

十二階建てのマンション、外観はかなりモダンで高級感が凄い。
エントランスから発せられる圧が、家賃の高さを物語っているようだった。

中に入るとすぐにオートロックの扉が開き、溝口さんが迎えに来てくれた。
夏らしい白いワンピース姿、ネコ科を彷彿とさせるしなやかな体が美しい。
もう一度言っておくが、かなりタイプである。

「来て下さってありがとうございます、どうぞどうぞ」
「あ、はい、お邪魔します」

マンションの中に入り、エレベーターで8階に向かう。

「ここが私の部屋です、ちょっと散らかってますけど……」
「いえいえ、お構いなく、ウチに比べれば可愛いもんで――」

大きな扉が開いた瞬間、俺は言葉を失った。

「ほほぉ~、溝口、お前なかなかのもんだな」

シルフィが部屋中に積まれたゴミ袋を見て感心したように頷く。
溝口さんは恥ずかしそうに笑って、両手で顔を扇いでいる。

「えへへ……恥ずかしいですね。片付けようとは思ってるんですが」
「ちゃんと片付いてるじゃないか、ゴミ袋とやらに入っているし」

そういう問題じゃねぇだろ!
心の中で突っ込みながら、俺は恐る恐る部屋に入った。

「あー、もう、物がいっぱいで……」

溝口さんが慌てて脱ぎっぱなしの衣類や雑誌、無数のペットボトルを部屋の端に足で寄せる。
おいおい、何か見た感じのキャラとやってる事が違くね?
まあ、誰にでも変わったところの一つや二つあって当然か……可愛いし。

どうにか三人が座る場所を確保し、溝口さんが俺とシルフィの前に「どーぞ」とペットボトルのお茶を置いた。

「あ、どうも、ありがとうございます」

助かった、暑くて喉が渇いてたんだよなぁ~。
俺はお茶の蓋をあけようとして手が止まった。

え……既に開いてんですけど⁉
よく見るとお茶のラベルは緑茶なのに、中の液体が紫色とかどう見てもファ○タです、ありがとうございます。

そっとお茶?を戻して、
「かなり広いですよね? 家賃も高そうだし、ウチとは大違いだなぁ」と場を繋ぐ。

その隣でシルフィが、お茶をグビグビと飲み干した。
やっぱ無敵だな……こいつ。

「ぷはー、で? 幽霊はどこだ?」
「ちょっと今は物で隠れちゃってますけど、そこにクローゼットがあるんです。その中から毎晩のように、ノックする音が聞こえてきて……お願いします! シルフィさんのお力で除霊していただけませんか!」

除霊の前にゴミをどうにかしろよと思うが……。

「よし、森田、ここを掃除しろ」
「は?」

「お前の掃除スキルは評価している」
「していらん」

「森田さん、私からもお願いします」
「は?」

いやいや、自分の家だろ。
この子、可愛いけど難ありだぞ……。

「……森田、お前が掃除すれば丸く収まるんだぞ?」
「俺が悪いみたいに言うな!」
「あの、ちゃんと謝礼はしますので……」

「「謝礼?」」

俺とシルフィは同時に声を上げた。

「もし、幽霊が出なくなって部屋も綺麗になったら……職人さんを呼んで、寿司パにお二人をご招待しますよ!」
「「寿司……パ?」」

部屋も綺麗にっていうのが引っかかるが、寿司は食いたい。
しかもこの様子だと、かなり高級な寿司の予感――。

寿司かぁ、最近食ってないよなぁ……。
マグロ、ハマチ、ウニ、イカ、サーモン、イクラもいいな。んー、あとは何の意味もないと科学的に証明された『継ぎ足し』のタレで焼いた穴子とか食べてみたい!

「おい、森田」
「おう、任せろ」

俺とシルフィは顔を見合わせ、まるで悪に立ち向かうヒーローの如く立ち上がった。


 * * *


溝口さんにはゴミシールを買いに行ってもらい、その間に俺とシルフィはレンタカーで4tトラックを借りて来た。かなりの出費だが、高級寿司に比べれば安いもんだ。

「しかし暑いな……森田、アイスが食いたい」
「我慢しろ、これが終われば寿司が待ってる」
「お前の意見に初めて同意したぞ」

トラックをマンションの駐車場に停め、部屋のゴミを片っ端から運んでいく。
幸いなことに、ゴミはゴミ袋に入っているのが殆どだった。

途中、制服姿でタンスや冷蔵庫を運ぶお兄さん達と何度もすれ違う。
引っ越しか、この暑いのに大変だなぁ……。

「よし、いる物といらない物をここに分けて行こう」
「わかりました!」

溝口さんは部屋に散乱していた洋服や小物を、言われた通りに仕分けして行く。

「んー、これもいらないっと、あ、これもいいかなー」

最初は時間が掛かっていたが、だんだんと大胆になりスピードも上がっていった。

「かなりすっきりしたな」
シルフィは、カウンターキッチンの椅子に逆向きに座ってアイスコーヒーを飲んでいる。

「ああ、後は一度掃除機掛けて、拭き掃除すればOKだろ」
「森田さんって、頼りになりますね!」

女性に褒められるなんて、何年ぶりだろう。

「いやぁ~ははは、これくらいはね」
「おい、あれが例のクローゼットか?」

シルフィが指さす先に、ただならぬオーラを放つクローゼットがあった。
ゴミ袋で塞がれていた扉は、長年の湿気のせいか黒ずんでいる。

「そうです、あの中から毎晩のように……」

俺達はクローゼットを見つめる。
ゴクリと喉を鳴らすと、シルフィがスタスタと近づき、何の躊躇いもなく扉を開けた。

「よせ、シルフィ!」

そう言った時にはもう扉が開いていた。
クローゼットの中はもぬけの殻だ。

「あれー、中に何も入れてなかったっけ?」
溝口さんが小首を傾げた。

「何も入ってないぞー」

シルフィの声に少しエコーが掛かる。
俺もクローゼットの中を覗いてみた。

まったく普通のクローゼットだ。
洋服などは一切なく、物も置かれていない。

「……特に変なとこはありませんねぇ。溝口さん、いつもどういう音が聞こえるんですか?」
「何かコンコンってノックするような音です」
「ノックか……」

俺はクローゼットの中の壁を軽く叩いてみた。
壁の右端に行くと、音が甲高い金属音に変わった。

ん? ここ鉄骨の柱が通ってるな?
あれ、ここだけ壁紙だけでボードが入ってないのか……。

「あの、とりあえず片付いたことですし、休憩しませんか?」
「おぉ、溝口、その意見は採用だ」

シルフィが首をさすりながらソファに座った。

「お前は何もしてねぇだろ……」
「ほほぅ……そこまで言うなら仕方あるまい。この大魔道士シルフィ・アイリスヴェルダ直々に、この部屋に結界を張ってやってもよいぞ?」
「ホントですか⁉」と、溝口さんが食いつく。

「何せ久しぶりの結界だ。一週間は掛かると思うが……」
「全然問題ありません! お願いします!」

「いや、あんまり真に受けないほうが……」
「いえ! シルフィさんが言うなら間違いないです! ぜひお願いします!」

「ははは、森田よ、残念だったな。どうやら溝口は違いのわかる女らしい」
「え……マジ? 溝口さん大丈夫なの? シルフィめっちゃ食うよ?」
「大丈夫です! 何でも好きな物を言って下さい!」

おいおい、大丈夫か?
何かこの子、結界というより、シルフィに執着してるような気がするけど……。

「森田、というわけだ。寿司食ったら帰っていいぞ」
「……ま、まあ、俺はいいけどさ」

何となく不穏なものを感じながら、俺は寿司職人が来るのを待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

処理中です...