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第一章
ウィンローザ家の使用人 2
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ホールを出て、次は屋敷の中にある私設図書室へ向かう。
私設といっても、読書家だったヴィリアが集めた蔵書は、学者も唸るほどの名著揃いだ。
中庭沿いの廊下を、私はぶつぶつと呟きながら歩く。
「えーっと、暴君アガレスを倒すために集まったのが……御三家と呼ばれるレイセオン家、エイリスヴェルダ家、アイフォレスト家……最大の功績を立てたレイセオン家が新王となり、レイセオン王の治世が始まる……」
先日の授業で教わった内容を反芻しながら、図書室の前に着いた私は、着替えたばかりのハイネックの白いブラウスとスカートを正して「んんっ」と喉を鳴らし、大きく深呼吸をしてから扉を開けた。
本の匂いに混じって、わずかに薔薇の薫りがする。
ヴィリアの匂い……ロイドが調香した香水の匂いだ。
懐かしい……いつもこの香水を付けていたっけ……。
「やあ、リリィ」
中二階の書架の前で、本を手に取っていたロイドが私の方を向いた。
「ロイド先生――よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
部屋の中央には、六人掛けの大きな机が置かれている。
形の良い眉を上げたロイドに、私は座るように促された。
私の不思議な家族の中でも、一番若いロイドは体の線が細く、ドレスを着せれば、そのまま舞踏会に招待されてもおかしくないほどの美男子だ。
「あ、まだ匂う? リリィ用に調香していたんだよー」
「ほんと? わぁ、楽しみ!」
「ベースはヴィリアと同じだけど、ちょっと若さを感じるように調整してみたんだ」
「ね、嗅いでみてもいい?」
「だーめ、まだ未完成だからね、社交界デビューまで待ってて」
「うぅ……はーい……」
ムスッとした私を見て、ロイドがクスッと笑みを浮かべた。
年齢はともかく、私の家族達は容姿に恵まれている方だと思う。
「では、始めようか。さて……前回は建国についての授業だったね」
ロイドが開いた本に目線を落とし、金色の髪を耳に掛けた。
長い睫毛がくるんと上を向いている。
今はもう見慣れたが、白い首筋から香り立つような色気は、とても三十路を迎えた男のものとは思えなかった。
「ネレウス王の治世が始まったのは何年だったかな?」
「114年です」
「うん、そうだね。では、建国に当たり王が国民に対して何と布告したのかな?」
「法による支配、です」
「そう、王は自分よりも法を高く置いた。これによって、王も法に支配されると宣言したわけだ」
「……」
ロイドの授業が続く。
淀みなく解説するロイドの声は、リズミカルで心地が良い。
そういえば、ヴィリアもロイドの声が好きだって言ってた……。
「――となるわけだけど……リリィ? どうかした?」
「ねぇ、ヴィリアの最期の言葉……覚えてる?」
ロイドは静かに本を閉じ、私に向き直った。
「もちろん覚えてるよ、どうかしたの?」
「その……私に女侯爵なんてほんとに務まるのかなぁーって。だって、私、つい数年前まで字も読めなかったのよ? 信じられる? それが、侯爵だなんて……何だか畏れ多いっていうか……」
柔らかくて温かい手の平が私の手を包んだ。
透き通るようなグレーの瞳に、一瞬ドキッとする。
「大丈夫、ヴィリアは君を選んだ。それに、僕たちが側に居る。こう見えてアルフレッドも、ルーカスも、ジョンも、僕だって意外と頼りになるんだよ?」
クスッと笑うロイド。
天窓から射し込んだ陽光が、ロイドを照らしている。
「皆が凄いのはわかってる、でも、私にはこれといった特技も無いし……」
「あのね、リリィはヴィリアだけが持っていた『華』を持ってるんだよ」
「……華?」
「そう、努力やお金じゃ決して手に入らない……そこにいるだけで世界を輝かせる力だよ」
ロイドが眉を下げ、慈しむような瞳を私に向けた。
「私にそんな力なんて……」
「――あるんだ、リリィ。だからヴィリアは君を選んだのさ」
私設といっても、読書家だったヴィリアが集めた蔵書は、学者も唸るほどの名著揃いだ。
中庭沿いの廊下を、私はぶつぶつと呟きながら歩く。
「えーっと、暴君アガレスを倒すために集まったのが……御三家と呼ばれるレイセオン家、エイリスヴェルダ家、アイフォレスト家……最大の功績を立てたレイセオン家が新王となり、レイセオン王の治世が始まる……」
先日の授業で教わった内容を反芻しながら、図書室の前に着いた私は、着替えたばかりのハイネックの白いブラウスとスカートを正して「んんっ」と喉を鳴らし、大きく深呼吸をしてから扉を開けた。
本の匂いに混じって、わずかに薔薇の薫りがする。
ヴィリアの匂い……ロイドが調香した香水の匂いだ。
懐かしい……いつもこの香水を付けていたっけ……。
「やあ、リリィ」
中二階の書架の前で、本を手に取っていたロイドが私の方を向いた。
「ロイド先生――よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
部屋の中央には、六人掛けの大きな机が置かれている。
形の良い眉を上げたロイドに、私は座るように促された。
私の不思議な家族の中でも、一番若いロイドは体の線が細く、ドレスを着せれば、そのまま舞踏会に招待されてもおかしくないほどの美男子だ。
「あ、まだ匂う? リリィ用に調香していたんだよー」
「ほんと? わぁ、楽しみ!」
「ベースはヴィリアと同じだけど、ちょっと若さを感じるように調整してみたんだ」
「ね、嗅いでみてもいい?」
「だーめ、まだ未完成だからね、社交界デビューまで待ってて」
「うぅ……はーい……」
ムスッとした私を見て、ロイドがクスッと笑みを浮かべた。
年齢はともかく、私の家族達は容姿に恵まれている方だと思う。
「では、始めようか。さて……前回は建国についての授業だったね」
ロイドが開いた本に目線を落とし、金色の髪を耳に掛けた。
長い睫毛がくるんと上を向いている。
今はもう見慣れたが、白い首筋から香り立つような色気は、とても三十路を迎えた男のものとは思えなかった。
「ネレウス王の治世が始まったのは何年だったかな?」
「114年です」
「うん、そうだね。では、建国に当たり王が国民に対して何と布告したのかな?」
「法による支配、です」
「そう、王は自分よりも法を高く置いた。これによって、王も法に支配されると宣言したわけだ」
「……」
ロイドの授業が続く。
淀みなく解説するロイドの声は、リズミカルで心地が良い。
そういえば、ヴィリアもロイドの声が好きだって言ってた……。
「――となるわけだけど……リリィ? どうかした?」
「ねぇ、ヴィリアの最期の言葉……覚えてる?」
ロイドは静かに本を閉じ、私に向き直った。
「もちろん覚えてるよ、どうかしたの?」
「その……私に女侯爵なんてほんとに務まるのかなぁーって。だって、私、つい数年前まで字も読めなかったのよ? 信じられる? それが、侯爵だなんて……何だか畏れ多いっていうか……」
柔らかくて温かい手の平が私の手を包んだ。
透き通るようなグレーの瞳に、一瞬ドキッとする。
「大丈夫、ヴィリアは君を選んだ。それに、僕たちが側に居る。こう見えてアルフレッドも、ルーカスも、ジョンも、僕だって意外と頼りになるんだよ?」
クスッと笑うロイド。
天窓から射し込んだ陽光が、ロイドを照らしている。
「皆が凄いのはわかってる、でも、私にはこれといった特技も無いし……」
「あのね、リリィはヴィリアだけが持っていた『華』を持ってるんだよ」
「……華?」
「そう、努力やお金じゃ決して手に入らない……そこにいるだけで世界を輝かせる力だよ」
ロイドが眉を下げ、慈しむような瞳を私に向けた。
「私にそんな力なんて……」
「――あるんだ、リリィ。だからヴィリアは君を選んだのさ」
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