27 / 36
27
しおりを挟む*
オルディナにある小さな聖堂――。
普段は派遣された新人祭司や、監視役の聖祭司の借宿として使われている。
そんな聖堂をアマネセル大聖堂の司教が訪れるのは、至極稀なことだった。
「君がミハイル・ウォーカー上級聖祭司かね?」
「はい、お初にお目に掛かります、オルカン司教――」
ミハイルは帽子を胸に当て、恭しく礼を取った。
「それで、状況は?」
「疑わしきが一名、ですが……」
「ミハイル聖祭司、私に遠慮は無用だ」
オルカンの使命はただひとつ。
聖女、または聖女に関する疑わしきもの一切の浄化。
その成果に己の進退もかかっている。
常から慎重なオルカンでさえ、知らず知らずのうちに気負っているようだった。
「では、申し上げます。何かと便利で使っていた男がいるのですが……、その男の警戒心が強く、少し時間がかかりそうかと」
「……何者だ?」
「街の顔役のような男です」
「そうか、仕方あるまい」
オルカンは事もなげに答えた。
ミハイルは笑みを崩さない。
「仕方ない、と申しますと?」
「浄化という大義のためには仕方がないと言った。これはファレン大司教の意志でもある」
「本当によろしいので?」
「何も心配することはない、独断で大司教の名を口にはしない。君はナイトウォーカーらしく役目を果たしてくれれば良いのだ」
「は、畏まりました――」
ミハイルは頭を下げた後、踵を返して帽子を被った。
*
街外れにある寂れた酒場で、マーカスはひとりカウンターに座ってグラスを傾けていた。
そこに、黒い帽子を被ったミハイルがやってきた。
「お待たせしてしまいましたか?」
張り付いた笑みを浮かべたまま、ミハイルがマーカスに声を掛ける。
「いや、今来たところだ」
「それはよかった」
そう言って、ミハイルはマーカスの隣の席に座る。
マーカスが目配せをすると、店主はエプロンをはずして奥のテーブルに座って新聞を拡げた。
「ああ、薬の方は確かに受け取りました」
「おぅ、なら、さっさと対価を払ってくれ」
ミハイルは笑みを崩すことなく、カウンターの上に革袋を置き、すっとマーカスへ渡した。
中の金貨を確認したマーカスが、
「じゃ、また頼むぜ」と席を立とうとすると、ミハイルがその腕を掴んだ。
「な、なにしやがる! 離せ!」
マーカスは振りほどこうとするが、ビクともしない。
「そんなに急ぐこともないでしょう、少し話をしませんか?」
フッとミハイルの握った手の力が抜ける。
「さ、座ってください。あ、お酒が必要ですか?」
「フンッ……あんたの酒なんていらねぇよ。なんだ、回りくどいことしてねぇで、用件を言え」
「では、率直に。実は王都から新しい上役が来ましてね。それが、とてもせっかちな方でして……。私としては不本意なのですが、これも役目です、仕方がありません」
黒縁眼鏡を押さえながら、ため息交じりに小さく顔を振る。
「な、何を言って……」
次の瞬間、奥のテーブルの上に吹っ飛んだマーカスが落ちた。
店内に派手な音が響く。
狼狽えた店主が割れたテーブルと血まみれのマーカスを見て後ずさる。
「あ……あぁ……」
「怖がらなくても大丈夫、大聖堂はあなた達と共にあります――」
笑みを浮かべたままのミハイルがゆっくりと店主に近づいてくる。
「うわ……わあぁぁぁあああ!!! く、来るなぁ!!」
「さぁ、浄化を始めましょう」
ミハイルの顔から笑みが消えた。
*
「どうですか、シチリ?」
くるっと振り返ったマイカは気絶しそうなほど可愛かった。
ゴシック調のドレスや、ゆったりとしたワンピース。
王都で流行っているというキャスケットなど、どれもマイカのためだけに作られたようだった。
「うん、すごく似合ってる」
「なんだいあんた、もうちょっと褒め方があんだろうに……いやぁ~、本当にマイカちゃんには何を着せても絵になるよ。ほら、これも着てみな」
ミレイさんに勧められ、マイカが少し眉を下げて笑う。
「あら、あんた細いわりに胸はあるのねぇ」
「ちょ⁉ ミレイさん!」
「なんだいシチリ、気になるのかい?」
ニタァっと含みのある笑みを向けてくる。
「ち、違いますよ!」
「あら、興味がないのかい、それはマイカちゃんも可哀想にねぇ……」
「え……」
「そりゃそうだろ、女なら自分の魅力に気付いてもらいたいってもんさぁ。ねぇ、マイカちゃん?」
「あ、えっと……その……」
マイカは真っ赤になって俯いている。
「もう、ミレイさん! からかわないでくださいよ!」
「あっはっは! いいねぇ、若いってのは。ほら、用事があるんだろう? 洋服は纏めておくから、帰りに寄ってきな」
ミレイさんが言うと、マイカが僕に小声で尋ねてきた。
「シチリ、その……お金は大丈夫なのですか?」
「ああ、うん、大丈夫」
「でも私、やっぱり……」
「大丈夫、これくらい平気だよ。じゃあ、ミレイさん、後で寄らせてもらいます」
「ああ、ゆっくり楽しんできな」
僕とマイカは小さく会釈をして、ミレイさんの店を後にした。
劇場に向かっていると、ぎゅっとマイカに手を掴まれた。
「どうかしたの?」
振り返ると、マイカがじっと僕を見ていた。
「シチリ、無理をしていませんか?」
「無理なんてしてないよ、さっきの洋服のこと?」
「それもありますけど……いつも私ばかりで……」
「そんなに気にしないで、僕が好きでやっていることだから」
「でも……」
「マイカの喜ぶ顔が見たいんだ」
「――わ、私だってシチリの喜ぶ顔が見たいんです!」
「マイカ……」
「あ、あわわ、えっと、変な意味ではなくてですね……これはそのぉ……」
「ありがとう」
「シチリ……」
「じゃあさ、ひとつお願いをしても……いいかな?」
マイカの顔がパッと明るくなった。
「もちろんです! 私にできることならなんでもっ!」
「劇場まででいいから、僕と……手を繋いでくれる?」
「へ?」
「や、やっぱ駄目かな? あはは、ごめんね、変なこと言っちゃって……」
その時、マイカが僕の手を取った。
「駄目なわけないです」
「マイカ……」
ほんのりと冷たくて、とってもやわらかい。
「行きましょう、シチリ」
不思議だった。
ただ、手を繋いでいるだけなのに、どうしてこんなにも心が弾むのだろう。
世界が色付くのだろう。
胸の奥があたたかくなるのだろう。
答えはすぐにわかった。
「うん、行こう」
僕達はしっかりと手を繋ぎ、劇場に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
元・聖女ですが、旦那様の言動が謎すぎて毎日が試練です
おてんば松尾
恋愛
かつて“奇跡の聖女”と呼ばれたステファニー・シュタインは、光の魔力で人々を癒す使命を背負い、王命によって公爵レイモンドと政略結婚を果たす。だが、奉仕の日々に心はすり減り、愛なき結婚生活はすれ違いの連続だった。
彼女は忘れられた灯台で不思議な灯台守と出会う。彼の魔法によって、ステファニーは聖女としての力と記憶を失うことを選ぶ。過去も夫も忘れた彼女は、まるで別人のように新しい人生を歩み始めるが――
他サイトで完結している作品を上げます。
よろしければお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる