恋敵と恋人同士になったら。~恋敵と傷心旅行へ行ったら。その後のふたり~

緒川ゆい

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22.過保護だよね

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 則正に指定された日は金曜日の夜で、俺も双葉もバイトはなかった。ただ、双葉はゼミの課題やら、インターンの申し込みのための企業調べやらがきつすぎて寝不足のようでよろよろしていた。

「なあ、無理に行くことないと思う。則正には俺から言っておくし。なんならリスケしてもらえばいいだろ」
「うーんー……。でもなあ、なんとなくこういうのはタイミング大事だと思うから」

 言わんとすることはわかる。だが心配だ。

「じゃあまあ、酒は飲まない感じにして。とにかく食べることに集中して。いい?」
「出た。おかん柊真」

 誰がおかんだ。
 苦笑いされながら則正が予約した居酒屋へ向かう。チェーン店だが複数の個室がハチの巣みたいに詰め込まれていて、込み入った話をするには良さそうな店だった。

「あ、秋信くん、石鈴くん」

 が、緊張しながら個室のドアを開けた俺達を迎えたのは場違いなくらい明るい畑中の笑顔だった。隣で則正も微笑んでいる。
 ただ、ちょっと笑顔が硬いようにも見える。

「ごめん、待たせて」

 双葉がふわっと笑う。こういうとき、コミュ障と自分のことを言うくせにちゃんと顔を作ろうとする双葉を俺は本気で尊敬する。

「全然! 僕たちが早かっただけだから。ね」

 畑中がはしゃいだように則正を見る。ん、と則正が小さく首を振る。やっぱり顔が暗い。
 とりあえず注文しようか、とタブレットを取り上げると、あ、と畑中が声を上げた。

「ビールだけ頼んじゃったんだ。ふたりともそれでよかった?」

 よかったって。先走り過ぎだろう。呆れながら俺は顔をしかめる。

「そうなんだ。でも」
「いいよ。ありがと」

 俺の言葉を隣に座った双葉がするっと遮る。思わず双葉の顔を覗き込むと、いいから、というようにテーブルの下で軽く膝を叩かれた。

「結構いろいろあるんだな、ここ。予約してくれたの則正?」
「あ、うん。飲み会で前使って」

 則正の言葉を聞き双葉はにこっと笑って、そっかありがと、と返す。
 表面上は皆、穏やかでいつも通りにも見える。でも感じる。
 空気が、ぴりついている。
 タブレットを見ながらなにを頼もうかとぽつりぽつりと会話をしていると、畑中が頼んでいたというビールが運ばれてきた。各々の前に置いたそれを手に取り、俺は悩む。
 乾杯って空気なのだろうか、これは。

「じゃあ、とりあえず……乾杯」

 同じことを思ったのか則正が言いにくそうに乾杯の音頭を取ると、畑中だけがぱっと笑顔になった。

「乾杯!」

 それに倣うように俺と双葉も、乾杯、とジョッキを持ち上げる。冷えたビールは美味かった。ただやっぱり双葉が気になって俺はお通しにと出されたおぼろ豆腐を双葉の取り皿によそう。

「お前、酒飲む前にこっち食べて。胃になんも入ってないのは危ないから」
「うん」

 今度は、おかんか、とは言われなかった。大人しく豆腐をつつく双葉にほっとしていたとき、ふうっと軽い吐息が投げ込まれた。

「仲いいね、ほんと」

 テーブルの上に頬杖を突いた畑中だった。

「秋信くんって面倒見よかったんだね」
「柊真は昔からそうだよ」

 則正が慌てたように口を挟む。そう? と畑中は小首を傾げてこくこくとジョッキを傾ける。その顔は穏やかで優しげであの日、双葉に向かって、腹立つ、と言い放った同一人物とはとても思えない。あの出来事自体夢だったのかもと思いたくもなる。
 だが、残念ながら俺は忘れられない。
 ちょっかいかけたら許さないと言い捨てたのは自分だが、いい加減いらいらもしている。
 今日は俺から喧嘩を売らざるを得ない。

「この間の話、したいんだけど。いい? 畑中」

 俺の声の硬さに気付いたのか、双葉が緊張した面持ちでこちらを見る。則正も同じような顔だ。だが、そんな中で畑中だけが笑顔のままだった。

「この間?」
「ロッカーのとこで双葉にしてた話。ちゃんと訊いておきたくて」
「……ちょっかいかけたら許さないって秋信くんに言われたあのときの話?」

 さらさらっと言われてさすがに驚いた。この感じだとしらばくれそうと思っていたから。

「そう。腹立つって言ってただろ。双葉のこと。双葉がなにかしたとかそういうこと? 具体的に教えてくれる」
「そういうのも訊かないであんな言い方したの? 過保護なんだね、秋信くんって」

 面白そうにくすくすと畑中が笑う。なんだろう、こいつ。やっぱり気持ち悪い。

「過保護で結構。大事な人間があんなふうに因縁つけられてたらあれくらい言う。他の人間はどうか知らないけど俺はそうする」
「……そっかあ」

 急に声のトーンが落ちる。その畑中の顔を則正が焦った顔で覗き込む。

「なあ、保。お前なんで双葉にそんなこと言ったの? 全然教えてくれないけど、ふたりも来てくれたし、なんかあるなら全部話して仲直りしよう。言ったろ、こいつらならわかってくれるし。それは親友の俺が保証するから」

 ふっと畑中の顔が揺らぐ。大きな目が則正を泳ぐように見る。むずがるみたいに口が動いた気もした。が、畑中は口を開くことはなかった。
 代わりのように細い手が動き、目の前のジョッキをさらうように掴む。そのままぐいぐいっと飲み干す。思わず全員が口を開けるくらいのいい飲みっぷりだった。
 とん、と音を立ててジョッキが置かれる。ふーっと息を吐いた畑中は、すくっと立ち上がると軽やかに宣言した。

「トイレ行ってくる」
「え、ちょっと、保?」

 則正が焦った声で呼びかけたが、畑中はするっと則正の背後を通って戸口を開け、さっさと出て行ってしまった。
 ……本気であいつがちょっと、怖かった。
 俺と双葉よりはあいつの行動に慣れているのか、則正が慌てた顔で弁護する。

「ごめん。せっかく来てくれたのに。なんだろ。トイレ我慢してたのかな」
「生理現象なら仕方ない。則正のせいじゃないんだから謝るな」

 とはいえ、ちょっと想定外過ぎてどう反応していいかわからず困る。

「結局のところ、あれから畑中と話したの? 則正」
「あー、まあ」

 俺が水を向けてみるが、どうにも歯切れが悪い。先ほどの畑中の態度と相まっていらいらしてきた。

「で? なに。少しは理由わかった?」
「理由かはわからないけど……変なこと、言ってて」
「変なこと?」

 そこまで言って則正はなぜか双葉を見る。なに、と俺が声を尖らせると、双葉がなだめるように俺の膝に手を置いた。

「畑中くん、なんだって?」
「あー……と。あのね、保が言うには……腹立つとは言ったけど、本気じゃなくて、むしろ双葉と仲良くしたいんだって」
「……は?」

 俺と双葉の声が重なる。

「そうなの……?」
「そうだって。ただちょっと裏切られるような気持ちになったことがあってそれでいらいらしちゃったとかなんとか」
「双葉、もしかして畑中と個人的な接点あった? 高校一緒とか」
「ないよ。学校も違う。ここ進学したのだって、俺以外にはあとひとりしかいないし、そのもうひとりは学部も違うから」

 即答し、双葉は思い出そうとするように眉間を揉む。

「口利いたこともほぼなかった。裏切られたなんてそんなこと言われる理由がわからない」

 本当にあいつは一体なんなのだろう。もやもやしながらビールを嘗めていたのだが、そこで双葉がつと腰を上げた。

「俺もトイレ行ってくる」
「ひとりで平気か?」
「子ども扱いするなってば」

 苦笑し、双葉が個室を出ていく。それを見送っていると、ふううっと則正が息を吐いた。
 お互い恋人がいてそれぞれ少しずつ関係が変わったこともあって、前ほどふたりでいることも減ったけれど、なんだかんだ言ってふたりでの空気は懐かしいとは思う。それは則正もなのか、先ほどよりはリラックスした様子で個室の壁に背中を預けている。

「なんかさあ、言っていい?」
「なに」
「恋愛って俺にとっては難易度ナイトメアモードの無理ゲーかも」

 ナイトメアモードってなんだ、と首を傾げる俺に、ホラーゲームにあんのよ、と短く説明してから則正はぐったりとテーブルにうつ伏せる。則正のつむじを眺めながら俺はおぼろ豆腐をスプーンですくう。取り皿にとったそれを則正の前に置いて俺は小さく頭を下げた。

「本当は悪いとは思ってた。畑中に喧嘩売ってるのは俺で、こんなこと畑中とさしで話したほうがいいのかもしれないよな。いろいろ気にさせて悪い、則正」
「え! いや、そういうことじゃなくて。俺だって無関係じゃないし。ってか思いっきり当事者だし、これでいいんだけど、なんていうか……」

 俺がよそったおぼろ豆腐を目を細めて受け取りながら、則正はぼそぼそと言う。

「恋愛ってさ、考えちゃわない? 考えたくないことをずっと。ぐるぐる。出口なんてないのに、ずっと、さ」

 考えたくないこと。

 ――双葉と仲良くしたいんだって。

 仲良くしたいと畑中は言った。でもその仲良くはどういう意味でのものだったのか。
 それを則正はずっと考えているのかもしれない。実際、俺もさっき則正から聞いた、仲良く、を耳にしてから考えていた。双葉がもし、畑中と同じように、俺の友人に対し、仲良くしたいと意思表示をしたらどう思うだろうか、と。
 もしかしたらそこまで引っかかりは覚えないかもしれない。俺の友達とも仲良くしたいと思ってくれるのか、とちょっとうれしい気持ちにもなるかもしれない。だが、畑中の、仲良く、にはその意味では収まらない意志があるような気がする。
 仲良く、の後に、裏切られた、なんて言葉が出て来る背景には強い執着を感じるから。

「あの、さ、柊真」

 つぶれていた則正が呻くように声を出す。なに、と返事をすると、そのままの姿勢で則正は低い声で言った。

「俺さ」

 そのときだった。扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。言い争うような激しい声音だ。え、ととっさに則正と顔を見合わせる。
 ぺらぺらのベニヤでできた扉を押し開け見回すと、声は数メートル先のトイレから聞こえた。
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