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4.悪役令嬢はもてなしを受ける
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自由な両腕で、彼を抱き寄せ、頭を撫でる。パタと寝台の上で黒い尾が跳ねた。
「行かないで」
「はいはい」
「ごめんね、ジル」
「はい」
「ごめんね」
「はい」
こんなに謝られるなんて、私はこれから何をされてしまうのだろうか。そう心配になりながらも、もはや抗う気力もなく、寝不足も重なって、私もそのまま意識を失ってしまった。
次に目が覚めたとき、私はどういう立場になっているんだろうか。
娼館に行かされるのも、奴隷にされるのも嫌だけど、食べられるのも嫌だなあ。
***
ポチの夢を見た。
魔族ではあったけど、彼とは異なり、黒い毛の塊のような小さな犬に似た姿をしていた。庭で傷つき伏しているのを見つけたのが出会いだった。
いつも通り、裸足で庭をふらふらと彷徨っていた。か細い鳴き声に目をやると、そこにポチがいた。
駆け寄ると、警戒心すら見せず、私の足に縋るように頭をこすりつけてきた。
私は、魔力もなくて、家族の足を引っ張る、どうしようもない人間なのにだ。
助けないと。
大きく感情が動いたのはあの時は初めてだと思う。
私は必死で、傷の検分をし、清潔にし、きれいな布で必死に傷口を抑えた。ポチの身体がこれ以上冷えてしまわないように一晩中、胸に抱き続けた。
その甲斐あってか、彼は太陽が昇る頃には、息遣いも穏やかになり、暖かさも戻っていた。一見はすやすや眠っているだけのようにも見えた。
よかった。
毎日、水や食料を調達し、毎日、ポチを抱きしめた。ポチはよく懐いてくれていて、長い尾を左右に振りながら私を出迎えてくれていた。
大好きだった。
大好きだったのに。
***
お腹がすいた。
自身の腹の音で目を覚ます。
隣に彼の姿はなかった。
そういえば、まともに食事をしたのはいつが最後だっただろうか。婚約破棄をされた日の夜から軟禁状態で翌日には馬車に揺られていたし、そのままこの屋敷に攫われて、久しぶりに爆睡していたものだから、食べる暇などなかった。
いや、食べる気力もなかった。
お腹をさすりながら、身体を起こす。大きな天窓から見える太陽は、もう随分と高く昇っていた。どれくらい眠っていたのだろう。
彼のいた形跡をなぞる。そこはすっかり冷たくなっていた。
「ポチ……、」
私を置いてどこに行ってしまったのだろう。
私のこと、やっぱり嫌いになってしまった?
バンッ! 勢いよく寝室の扉が開いた。大きな音に、ふわふわ揺蕩ってた意識が急浮上する。
そこには魔族の彼がいた。階段を駆け上がってきたようで、肩で息をしている。しばらくの沈黙の後に、彼は長い前髪をかき上げ言った。
「おはようございます」
「お、はようございます」
思わず上ずってしまった。
「下に食事を用意したので、よかったら」
「ありがとうございます」
今日の彼は、紳士的な性格のようだ。
うやうやしい動作で私に一礼し、手を差し伸べてくれた。私はそれをとり、寝台から立ち上がる。
「あちらに水の用意もしてるので、準備が済んだら、来てください」
「はい」
彼は再び、一礼し、寝室から出て行った。
ころころ変わる彼の態度が、どれも不快ではなく、むしろ、面白く、少し笑ってしまった。
簡単に身支度をして、一階に降りる。
彼が、固い表情で背筋をピンと伸ばし、テーブルの隣で控えていた。私が近づくと、椅子を引いてくれた。そこに座る。
テーブルの上には、パンやベーコン、サラダに果物、卵料理などが並んでいた。すごい量だ。
「どう、ですか?」
じっとそれらを眺めていると、後ろからおずおずと声をかけられた。
「どうですか」とは。
「とても、おいしそうです」
「そうですか!」
彼は顔を紅潮させ、私の前の席に着席した。
残念。今気が付いたのだけれど、腰に大判の布が巻かれていて尻尾が確認できなくなっていた。
「え、ど、どうかしましたか?」
「いえ」
「やっぱり、口に合わなそうですか? 色々用意したんですが、嫌いなものがあれば言ってくださいね。あっ、安心してください。食材は町で購入してきたものなので、変なものは入ってないですよ」
「いえ」
「なにかおかしなところがありましたか? たくさん試作……、いえ、練習……、じゃなくて、たくさん……そう用意をしたので、たくさん食べてほしいです」
どうやら、私が食べるまで、彼はこの調子のようだ。
ありがたく、丸いパンを掴み、一口齧る。小麦の香ばしい香りが鼻へ抜けていった。まだ焼きあがったばかりなのか、暖かく、ザクザクとした皮の触感が心地よい。
「おいしいです」
「行かないで」
「はいはい」
「ごめんね、ジル」
「はい」
「ごめんね」
「はい」
こんなに謝られるなんて、私はこれから何をされてしまうのだろうか。そう心配になりながらも、もはや抗う気力もなく、寝不足も重なって、私もそのまま意識を失ってしまった。
次に目が覚めたとき、私はどういう立場になっているんだろうか。
娼館に行かされるのも、奴隷にされるのも嫌だけど、食べられるのも嫌だなあ。
***
ポチの夢を見た。
魔族ではあったけど、彼とは異なり、黒い毛の塊のような小さな犬に似た姿をしていた。庭で傷つき伏しているのを見つけたのが出会いだった。
いつも通り、裸足で庭をふらふらと彷徨っていた。か細い鳴き声に目をやると、そこにポチがいた。
駆け寄ると、警戒心すら見せず、私の足に縋るように頭をこすりつけてきた。
私は、魔力もなくて、家族の足を引っ張る、どうしようもない人間なのにだ。
助けないと。
大きく感情が動いたのはあの時は初めてだと思う。
私は必死で、傷の検分をし、清潔にし、きれいな布で必死に傷口を抑えた。ポチの身体がこれ以上冷えてしまわないように一晩中、胸に抱き続けた。
その甲斐あってか、彼は太陽が昇る頃には、息遣いも穏やかになり、暖かさも戻っていた。一見はすやすや眠っているだけのようにも見えた。
よかった。
毎日、水や食料を調達し、毎日、ポチを抱きしめた。ポチはよく懐いてくれていて、長い尾を左右に振りながら私を出迎えてくれていた。
大好きだった。
大好きだったのに。
***
お腹がすいた。
自身の腹の音で目を覚ます。
隣に彼の姿はなかった。
そういえば、まともに食事をしたのはいつが最後だっただろうか。婚約破棄をされた日の夜から軟禁状態で翌日には馬車に揺られていたし、そのままこの屋敷に攫われて、久しぶりに爆睡していたものだから、食べる暇などなかった。
いや、食べる気力もなかった。
お腹をさすりながら、身体を起こす。大きな天窓から見える太陽は、もう随分と高く昇っていた。どれくらい眠っていたのだろう。
彼のいた形跡をなぞる。そこはすっかり冷たくなっていた。
「ポチ……、」
私を置いてどこに行ってしまったのだろう。
私のこと、やっぱり嫌いになってしまった?
バンッ! 勢いよく寝室の扉が開いた。大きな音に、ふわふわ揺蕩ってた意識が急浮上する。
そこには魔族の彼がいた。階段を駆け上がってきたようで、肩で息をしている。しばらくの沈黙の後に、彼は長い前髪をかき上げ言った。
「おはようございます」
「お、はようございます」
思わず上ずってしまった。
「下に食事を用意したので、よかったら」
「ありがとうございます」
今日の彼は、紳士的な性格のようだ。
うやうやしい動作で私に一礼し、手を差し伸べてくれた。私はそれをとり、寝台から立ち上がる。
「あちらに水の用意もしてるので、準備が済んだら、来てください」
「はい」
彼は再び、一礼し、寝室から出て行った。
ころころ変わる彼の態度が、どれも不快ではなく、むしろ、面白く、少し笑ってしまった。
簡単に身支度をして、一階に降りる。
彼が、固い表情で背筋をピンと伸ばし、テーブルの隣で控えていた。私が近づくと、椅子を引いてくれた。そこに座る。
テーブルの上には、パンやベーコン、サラダに果物、卵料理などが並んでいた。すごい量だ。
「どう、ですか?」
じっとそれらを眺めていると、後ろからおずおずと声をかけられた。
「どうですか」とは。
「とても、おいしそうです」
「そうですか!」
彼は顔を紅潮させ、私の前の席に着席した。
残念。今気が付いたのだけれど、腰に大判の布が巻かれていて尻尾が確認できなくなっていた。
「え、ど、どうかしましたか?」
「いえ」
「やっぱり、口に合わなそうですか? 色々用意したんですが、嫌いなものがあれば言ってくださいね。あっ、安心してください。食材は町で購入してきたものなので、変なものは入ってないですよ」
「いえ」
「なにかおかしなところがありましたか? たくさん試作……、いえ、練習……、じゃなくて、たくさん……そう用意をしたので、たくさん食べてほしいです」
どうやら、私が食べるまで、彼はこの調子のようだ。
ありがたく、丸いパンを掴み、一口齧る。小麦の香ばしい香りが鼻へ抜けていった。まだ焼きあがったばかりなのか、暖かく、ザクザクとした皮の触感が心地よい。
「おいしいです」
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