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第二章「汚い私は『特別』な存在になれるの?」

第06話 劣等感コンプレックス

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 壱嵩side……

 出来るだけ平然を装って振る舞ったが、粗相はなかっただろうか?
 部屋を出て扉を閉めたと同時に、バクバクと高鳴った胸元を強く握った。

「か、可愛すぎる……!」

 とても同じ人間とは思えない儚さ!
 単に好みのタイプだったのもあるかもしれないが、それにしても可愛い。ふわっと掴みどころのない雰囲気も、危なっかしい様子も守りたくなって放っておけない。

 とはいえ、こんな突発的な行動。この前の罵倒された時の反応。彼女はおそらく、人と違う個性を抱えているのだろうと理解した。
 職業柄、困っている人がいると放っておけない性分なのだが、彼女の場合は特に衝動が抑えきれなかった。

「まだ動悸がおさまらない……。仕事終わってないのに」

 頂いたお菓子は、仕事終わりに受け取ろう。
 仕事中は何を言われるか分からず受け取れなかったが、誤解をあえないようにしっかりフォローしてあげなければ。

 あの時の、ショックを受けた彼女の顔が目に焼き付いて忘れられない。もう少しスマートに行動できなかったのかと後悔ばかり押し寄せる。

「あ、幸山くん。さっき美人が尋ねてきたって聞いたけど、本当?」

 後片付けをしていた職員達の視線が一斉に集まった。まさかの事態に焦りに拍車が掛かる。

 くっ、瀬川さんバラしたな!

「良かったねー。いやねー、幸山くんって好青年だけど草食系で心配していたんだよ。年相応に楽しんでいるみたいで、おじさん達も安心したよ」
「ち、違うんです。この前、困っている彼女を助けただけでやましいことは」
「ということは、幸山くんの誠意が伝わったってことか? ますます嬉しいじゃないか」

 人の話を聞かない山本さんに困りながらも、満更でもない自分に気付いた。
 助けた当日、待ってもこないメールに落胆していたが、こうして会いに来てくれたということは少しは期待してもいいのだろうか?

 いや、だが……今日の彼女はとんでもなく綺麗だった。この前も綺麗な人だと息を飲んだが、今日は格段に美しかった。
 柔らかそうな滑らかな肌、見つめるだけで射抜く大きな瞳。そして淡いピンクの口紅で彩った唇。

「そんな持て囃さないほうがいいと思いますよ、山本さん。もし何もなかったら幸山くんが可哀想じゃないですか」

 浮ついた心に釘を刺してきたのは、彼女の容姿を知る瀬川さんだった。穏やかだった空気がピリっとしたのを誰もが感じだだろう。

「そんな言わなくてもいいじゃないか、瀬川さん。なぁ、幸山くんもこんな良い子なのに」
「良い子だから好意を持たれるなんて、そんな都合のいい展開はドラマや漫画の世界だけですよ? ちゃんと現実見ないと傷つくのは幸山くんなんですから」

 明らかな悪意。
 瀬川さんの言葉に他の人達も黙り込んだ。
 そもそも瀬川さんに言われなくても、自分の身の丈くらいは理解しているつもりだ。

「ごめんね、幸山くん。あなたのことが嫌いで言っているんじゃないの。むしろ私なりの優しさよ?」
「そうですね、感謝します。けど大丈夫ですよ。自分みたいなダサい男を好きになる物好きはいないって分かってるので」

 まとめたゴミを収集場に持っていくために建物の外れまで向かった。その途中、明日花さんが待っている応接室が見えたのだが、そこに瀬川さんの姿まで見えて慌てて隠れた。

 何を話しているんだ?

「あぁ、お礼にこのお菓子を届けに……。それなら私が代わりに受け取っておきますね」
「すみません、よろしくお願いします」

 どうやらお礼の品についてやり取りをしているらしい。他の人には「社内の決まりだから、品物は受け取らないように」と口うるさく言っているのに。これでは俺が融通の効かない嫌な奴じゃないか。
 沸々と負の感情が込み上がる。
 きっと彼女も呆れて、愛想を尽かしたに違いない。

「そもそも、あなたみたいな女性に優しくされたら勘違いしてしまう男の人の少なくないと思うので、こういった行動は控えた方がいいですよ? 特に幸山くんのように女性慣れしていない子とか」

 瀬川さんが親切心で刺した釘が化膿して腫れ上がっていくようだ。
 だが瀬川さんの言うとおり勘違いしそうになっていた自分がいる。気持ちがないなら期待させないで消えてほしい。
 こうして感謝の気持ちを伝えてくれただけで、彼女が優しい人だと分かっただけで十分だ。

 だがそんな絶望した俺に告げられた言葉は、予想していないものだった。

「お気遣いありがとうございます。勘違い……してくれるなら、して欲しいですね」
「——は?」

 思わず聞き返したくなる返答。瀬川さんの顔も引き攣って理解できないと言わんばかりだった。

「いや、迷惑じゃないんですか? あんなダサい男に好意を持たれて。もし言いづらいなら私の方から伝えておきますよ?」
「迷惑だなんてとんでもない! あんな優しい人……そもそも何であんないい人のことを悪く言うんですか?」

 前から瀬川さんからのあたりがキツいとは思っていたが、おそらく単に俺のことが生理的に受け付けないのだろう。

 他の人からの情報や噂からの推測だが、瀬川さんは韓流アイドルの追っかけをしていると聞いたので、単純にダサい俺のことが気に食わないのだと思う。若手の男子が入社すると聞いて期待していたのに、蓋を開けてみれば俺のようなダサ男で落胆したと耳にしたことがあった。

「人がせっかく善意で忠告してあげたのに! もう知らない! あの根暗にストーカーされて泣きついてきても知らないから!」

 いやいや、どうやって何の繋がりもない瀬川さんに泣きつくんだとツッコミどころ満載だったが、そんなことよりも素直に明日花さんの言葉が嬉しかった。

「勘違い……してもいいのか」

 真っ赤になった顔をクシャッと手で掴みながら、早く仕事を終わらせる為に駆けるようにゴミを捨てに急いだ。

 ———……★

「キィィーっ! あまりにも悔しくて軽く嫌味を言ってやろうと思っていただけなのに! ムカつくムカつく、ムカつくー!」

 悪意のある行為はお控えなすって下さい……m(_ _)m

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