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第三章「私はあなたに出逢えて幸せです」

第12話 修羅場【ざまぁ】

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 それからしらばくして、注文をし忘れていたことに気付いた私達は、慌ててメニューを頼んで恥ずかしそうに笑い合った。

「すっげー幸せ。はは、生きてて良かったー。俺の人生でこんな可愛い彼女ができるなんて、夢にも思わなかった」

 またしても両手で顔を覆って本当に嬉しそうに言ってくれるから、私も思わず照れ隠しながら笑った。

「そんな言うほど可愛くないし……幸山さんは大袈裟だよ」
「いや、スゴく可愛いから! っていうよりも綺麗? 高瀬アリスに似てるって言われない? 最初見た時に芸能人かと思ったし」
「何回か言われたことがあるけど、そんなのお世辞だよ……。幸山さんの方がカッコ良いし、優しいし」
「ううん、俺の場合は明日花さんが髪を切ってくれたおかげだから。モテるとしてもおじいちゃんおばあちゃんばかり」
「お年寄りにモテる人は間違いないよ」

 優しく微笑んでいるのに艶色も帯びていて、今度は私が顔を覆うように隠した。

「好きー……今すぐギューとしたい。ギューってされたい」

 思わず溢れた本音に、流石の幸山さんも驚いていたけど、少し回りを見渡してから私の側頭部に手を添えて抱き寄せてきた。

「あんまり可愛いことばかり言わないで……理性がもたない」

 激しい心臓の音と、耳元で囁かれた声に限界を突破した。


 それから食事を終えた私達は、他にも色んなお店を見て回ったり本屋で好きな本を教え合ったりしてデートを楽しんだ。
 気付けば宵の空となっていて、紺と赤のグラデーションの空に弓張り月が浮かび始めていた。

 正直、まだ帰りたくない。このままずっと一緒にいたい。

「寂しくなったらいつでも連絡していいよ。仕事以外ならすぐに返事をするから」
「……帰ったらすぐに連絡しちゃいそう」
「んんー……っ、それは可愛すぎて連れて帰りたくなるから勘弁して」

 けれどそんな私達を招かれざる客、康介がアパートの入り口を塞ぐように待ち伏せをしていた。

「やっと帰ってきたー。明日花、遅かったじゃん」

 ——何でいるの?
 あんなに拒否したのに、しつこいにも程がある。しかも幸山さんと一緒にいる時に会うなんて、最悪以外に言葉が出ない。
 蒼白になった顔で俯いていると、察した幸山さんが庇うように前に出てくれた。

「彼女に何か用ですか? 見た感じ待ち伏せしていたようですが」
「ん、アンタ、明日花の新しいセフレ? もう次を見つけたのかよ。なぁ、そいつ最高じゃないッスか? 可愛くて淫乱で」
「やめてよ! そんなこと幸山さんに言わないで!」

 せっかく見つけた幸せをこんな形で壊されるなんて思わなかった。自分で蒔いた種だけど、あまりにも酷い。
 何も聞きたくなくて、全てを拒否したくて、私は両耳を塞いで身を縮ませた。

「明日花さん! ——アンタ、何でそんな酷いことを」
「酷いも何も事実だし。アンタ、この女の見た目に騙されているかもしれないけど、コイツは三度の飯よりもセックスが好きなエロい女だよ。けど面倒臭いし、ヒステリーになるし。いくら使い勝手がよくても深入りしない方がアンタのためだよ?」

 やめてやめてヤメて!
 グッと力強く目を閉じた瞬間、康介の「イテェっ!」と悲痛の声が聞こえた。

 恐る恐る目を開くと、そこには康介の胸ぐらを掴んで壁に押し寄せた幸山さんの姿が視界に映った。

「それはアンタの意見だろ! 彼女の寂しさにつけ込んでいいように弄んでいたくせに好き勝手言うな! 俺は……アンタの言葉よりも明日花さんを信じる」

 目の前が、滲む。

「くっ、何だよそれ! アンタ、騙されてるんだぞ! いいのかよ⁉︎」
「明日花さんが全力で騙して、それを本当にしようとしているのなら騙されてやるよ! テメェのような根性なしと一緒にするな!」

 やっとの思いで掴まれた腕を振り解いた康介は、負け惜しみを吐きながら去っていったが、そんなのどうでも良かった。

「——幸山さん……私……」
「関係ないよ、前のことなんて。もし俺のことが好きって言うのが嘘だったら話は別だけど、今は俺だけが好きなんだよね?」

 コクンコクンと、何度も強く頷いた。
 ちゃんと康介とは縁を切ったし、幸山さんのことしか好きじゃない。

「でも私、幸山さんが思っているような綺麗な人間じゃない。康介の言う通り面倒な女だし汚い女だから」
「汚くなんてないよ。明日花さんは真っ直ぐで、素直で……素敵な人だよ」

 ギュッと抱き締めて、ポンポンと子供をあやすように背中を叩いて……。

「これからは俺がいる。俺が支えるから安心していいよ」

 その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように私は声を上げて泣いた。ずっと刺さっていた棘が取れたみたいに、何度も何度も傷ついた瘡蓋かさぶただらけの心が、やっとまともに動き出した。

———……★

「もう大丈夫。俺がずっと守るから」
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