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第六章「お母さんとの約束」

第26話 家族への挨拶

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 それから月日が経ち、俺と明日花さんは交際をして半年が経とうとしていた。
 すっかり同棲生活も板につき、順調に関係を深めていっていると俺は思っている。

 それで俺は一つ提案を申し出た。
 本格的に同棲を考えてもいいのではないかと。

「明日花さんもほとんどこの部屋にいるし、契約しているアパートは解約した方がいいんじゃないかな?」

 二人とも働いて収入があるとはいえ、決して裕福とは言えない。フリーターで短時間労働の明日花さん一人で家賃を出しているとは限らないが、できることなら無駄な出費は控えて貯蓄に回すほうが現実的だろう。

「確かに勿体無いよね。家賃だけじゃなくて電気や水道代も請求きていたし」
「うん、勿体無い。同棲をするにあたって明日花さんのご両親に挨拶をしたいと思うんだけど、どうかな?」

 その時見せた明日花さんのキラキラと輝かせた目は、この先もずっと一生忘れないだろう。
 喜びを隠せず、何度も口をモゴモゴさせていた。

「えっと、その、私……えぇー、親に挨拶なんて、そんなー」

 こんなに喜んでくれるなら、もっと早く行動すればよかったと考えさせられた。

 だが、俺は良くても明日花さんが違うと思って別れを切り出す可能性も考慮して猶予を持っていたのだが、この様子なら要らぬ心配だったようだ。

「それじゃ、今度父に予定を聞いておくね。親に紹介って恥ずかしいな」
「うん、俺も殴られないか心配だけど、頑張るよ」

 そういえば、お父さんの話はちょこちょこ聞いてはいたけど、お母さんの話を聞かない。家庭の事情なので切り出してもらうまではそっとしておこうと思っていたのだが、いい機会だと思って尋ねてみた。
 お父さんの単身赴任について行ったのだろうか? それとも離婚して今は別々に住んでいる?

 いや、最悪の場合、病気や事故で死別している可能性も考えられる。どんな返答であれ受け止めなければと覚悟を決めた。

「あのさ、明日花さんのお母さんは……どうしてるの?」
「お母さん? あぁ、お母さんは私が小さい頃に死んじゃったんだ。道路に飛び出そうとした私を庇って」
「え?」

 思っていた以上の事実に、言葉を失くしてしまった。

 明日花さんを、庇って?

「………ごめんなさい。隠しているつもりはなかったんだけど、ちょっと言いにくくて。私って小さい頃から落ち着きがなくて。多動症って言うんだけど、自分でも衝動や気持ちを抑えきれないところがあるの。その時も道路を飛び出してしまって」

 伏見がちな目に涙が溜まる。腕を掴んだ指先に力が籠る。
 これ以上、聞くのは忍びないと判断した俺は、そのまま明日花さんを強く抱き締めた。

「ごめん、俺……そんな事情、知らなくて」
「——ううん、いつかは話さないといけないと思っていたから。お母さんは、本当に優しい人で、いつも私のことを愛してるって抱き締めてくれたんだ。世界で一番可愛い、大好きって……」

 俺の背中に手を回して、ギュッと掴んできた。

「私も、なんでだろうね。危ないから車が来ないか見て渡りなさいって言われていたのに……。その時はテンションが上がってしまって、前を見ないで飛び出しちゃって。気付いた時には足が竦んで動けなくなって、強く目を瞑った時にはお母さんに抱き締められて……倒れてた」

 その時の彼女の心情を思って、涙が込み上がってきた。頭の中が色んな感情が入り混じって、目眩を覚える。

「本当はお母さんにも紹介したかったな……。きっと良い人に出逢えたねって喜んでもらえたと思う」
「明日花さん……」
「父さんも良かったねって、祝福してくれると思う。壱嵩さんのことを気に入ってくれると思うよ」

 そう言って切り上げられた話題に、深追いはできなかった。


 この世界が生きづらいと言っていた彼女。
 そんな過去があったとも知らず、俺は自分のことばかり考えて情けない。

「明日花さん、俺は」
「いつか、壱嵩さんのお母さんにも会いたいな。私、壱嵩さんと一緒に幸せになりますから、安心してくださいって伝えたいんだ」

 クシャッと笑って見せた表情に胸が苦しくて、ますます涙が堪えられなくなった。

 頬を伝って流れる涙。
 大好きなお母さんを自分のせいで失って、ずっと自分を責めながら生きてきたと思う。

 でも俺は、彼女が生きていてくれて良かったと心の底から感謝している。
 命をかけて守ってくれた明日花さんのお母さんに、感謝したい。

 そして今日まで明日花さんを育ててくれたお父さんにも、それから……明日花さん自身にも。

「——明日花さん、俺はあなたに出逢えて……本当に良かった」
「……うん、私も。壱嵩さんに出逢えて幸せだよ」

 きっと俺が思っている以上に、二人の未来は色んなことが待ち受けていると思う。

 良いことばかりじゃない。
 理不尽なことに傷つけられることもあるだろう。

 だけど、その時に俺が守ってあげたい。
 彼女が味わう苦しみを少しでも多く和らげてあげたいし、楽しいことがあれば一緒に笑って過ごしたい。

 彼女のお母さんの分まで、明日花さんを愛したい。

「……すごいね。こんな幸せなことがこの世にあったなんて知らなかった。過去の私に『大丈夫だよ』って言ってあげたい」
「俺もだよ。明日花さんのこと、これからもずっと愛し続けるから」


 そしてそれから二週間後、俺は明日花さんのお父さんと対面することとなった。
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