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31.ヨークシュア潜入
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ここで、わたし達の作戦を実行する機会が巡ってきた。
武器以外の荷物をその場に残し、近くを警備していた一人の兵士に接近する。警備は専ら下っ端である彼らの仕事だ。元騎士であるわたしにとって、格下の兵士は扱いやすく好都合だ。
カサカサと物音をさせ、男の気を引く。
不審に思った彼は小銃をわたしたちが隠れている木陰に向けた。これは思い通りだ。
彼が引き金を引く前に、両手を上げて男の前に姿を現す。なめし革のコートを脱ぎ、騎士団の制服姿を見せて、低い声で名乗った。
「撃つな。ヘスティア王国騎士団、特務部のレオだ。任務の遂行中である」
男は銃を下ろし、制服姿のわたしを舐めるように見る。
やはり服が傷みすぎていて不審に思っただろうか?
「知らないな。第五兵団のギースだ」
まだ不信感が拭えていないようだ。特命任務を負う特務部の人間は騎士団内でも顔や名前を知られていない。部隊が違えば尚更だ。
ギースはわたしの頭からつま先まで眺めて不思議そうに呟いた。
「お前、男の名を名乗っているが、女じゃないのか? 特務部には女の騎士もいるとは驚いた」
(……なにっ⁉)
背中に冷や汗が伝った。あんなにきつくさらしを巻いたのに。
騎士団時代の姿と何も変わらない完璧な男装だったのに。
わたしの体に何かが起こったというのか?
今はそんなくだらないことで動揺してはいけない。すぐに気持ちを切り替えた。
「それについては否定も肯定できない。わたしの性別は機密情報だ」
「おお、そうか。それは悪かった」
ギースは気まずそうに謝った。機密情報と言われればそれ以上詮索することは禁止されている。特務部の特権だ。
ひとまず、王宮騎士団の仲間と認識してもらったようで一安心だ。ここで、警戒されてはこの先の計画が狂ってしまう。
「重要人物をヨークシュアに移送中だったのだ。援護を願いたい」
木陰に隠れていたベルファレスを引っ張り出す。怪しい人物を捕まえたと言う体で、紐で拘束したベルファレスをギースの前に突き出した。
「こんなでかい奴を護送していたのか。それは骨が折れるな」
ギースは自分の身長を優に超えるベルファレスの体格に目を丸くした。
「ああ、なかなか思うように歩いてくれなくて困った」
適当に話を合わせ、演技でベルファレスの背中を足蹴りした。
これも事前に話していたことではあるが、蹴りを入れた瞬間にベルファレスの目と口元が引きつった。思い切りやり過ぎた。これは後で格別な詫びを入れなくてはいけない。
「特務部か、ちょうど良かった。この現場にもうひとり特務部の騎士殿が来ていてな。攻略したい土地の重要情報を集めるだとか、進軍の準備を練るとかで……。あっ、しまった。これは機密情報だった」
思いの外、口が軽くて助かる。
予想通り、ランティスが居る可能性は高い。
ドラクの領土に総攻撃を掛ける準備として、情報収集にあたっていたということか。森に入る人物に検問をおこない、怪しければ拘束していたに違いない。きっと行商も怪しまれて捕まってしまったのだろう。
「それで、その重要情報は得られたのか?」
「ああ、獣道を入っていく商人を拘束した。どこに行くのか聞いても答えないから、怪しいということで牢獄入りだ」
読みが当たった。例の商人もヨークシュアに拘束されている。
場所の検討はついた。
ヨークシュアには、代々その土地を治める領主がいたのだが、跡継ぎが絶えたことをきっかけに、近年王国の領土に組み込まれた農村都市だ。牢獄の場所は領主邸内だ。
粗っぽくベルファレスを突き出す。
「そうか。こいつも同じくだ。同じ牢屋にぶち込んでおく必要がある」
計画は順調だ。
策とは、騎士団の人間として敵を拘束したふりをして、ヨークシュアに潜入するということだった。
森を抜けると騎士団が用意した馬車があり、その荷台にベルファレスと共に乗り込む。
「俺は持ち場があるから」と、ギースと別れ、別の兵士が綱を取る馬車に揺られ、麦畑に囲まれた畦道を行く。
さすがに周辺は景色が開けており、隠れる場所がない。
帰りは馬を奪っていかないと持たない。帰る手段と方法について思案を巡らせる。
一方、ベルファレスはなめし革のフードを深く被り、黙っていた。
(すまない。ベル)
心の中で念じる。無表情なので感情は読み取れない。伝わっているといいのだが。
ヨークシュアの集落を囲む木製の柵と堀が見えてきたところで気持ちを切り替える。
抵抗なく門は突破することができた。
のどかな農村を騎士団員がうろうろしている異様な光景の中、奥にある領主の館に向かって馬車は進んでいく。
思った通り、領主邸の裏手に馬車が止まった。
ベルファレスを引っ張って馬車から降りたとき、何者かに剣を向けられた。
武器以外の荷物をその場に残し、近くを警備していた一人の兵士に接近する。警備は専ら下っ端である彼らの仕事だ。元騎士であるわたしにとって、格下の兵士は扱いやすく好都合だ。
カサカサと物音をさせ、男の気を引く。
不審に思った彼は小銃をわたしたちが隠れている木陰に向けた。これは思い通りだ。
彼が引き金を引く前に、両手を上げて男の前に姿を現す。なめし革のコートを脱ぎ、騎士団の制服姿を見せて、低い声で名乗った。
「撃つな。ヘスティア王国騎士団、特務部のレオだ。任務の遂行中である」
男は銃を下ろし、制服姿のわたしを舐めるように見る。
やはり服が傷みすぎていて不審に思っただろうか?
「知らないな。第五兵団のギースだ」
まだ不信感が拭えていないようだ。特命任務を負う特務部の人間は騎士団内でも顔や名前を知られていない。部隊が違えば尚更だ。
ギースはわたしの頭からつま先まで眺めて不思議そうに呟いた。
「お前、男の名を名乗っているが、女じゃないのか? 特務部には女の騎士もいるとは驚いた」
(……なにっ⁉)
背中に冷や汗が伝った。あんなにきつくさらしを巻いたのに。
騎士団時代の姿と何も変わらない完璧な男装だったのに。
わたしの体に何かが起こったというのか?
今はそんなくだらないことで動揺してはいけない。すぐに気持ちを切り替えた。
「それについては否定も肯定できない。わたしの性別は機密情報だ」
「おお、そうか。それは悪かった」
ギースは気まずそうに謝った。機密情報と言われればそれ以上詮索することは禁止されている。特務部の特権だ。
ひとまず、王宮騎士団の仲間と認識してもらったようで一安心だ。ここで、警戒されてはこの先の計画が狂ってしまう。
「重要人物をヨークシュアに移送中だったのだ。援護を願いたい」
木陰に隠れていたベルファレスを引っ張り出す。怪しい人物を捕まえたと言う体で、紐で拘束したベルファレスをギースの前に突き出した。
「こんなでかい奴を護送していたのか。それは骨が折れるな」
ギースは自分の身長を優に超えるベルファレスの体格に目を丸くした。
「ああ、なかなか思うように歩いてくれなくて困った」
適当に話を合わせ、演技でベルファレスの背中を足蹴りした。
これも事前に話していたことではあるが、蹴りを入れた瞬間にベルファレスの目と口元が引きつった。思い切りやり過ぎた。これは後で格別な詫びを入れなくてはいけない。
「特務部か、ちょうど良かった。この現場にもうひとり特務部の騎士殿が来ていてな。攻略したい土地の重要情報を集めるだとか、進軍の準備を練るとかで……。あっ、しまった。これは機密情報だった」
思いの外、口が軽くて助かる。
予想通り、ランティスが居る可能性は高い。
ドラクの領土に総攻撃を掛ける準備として、情報収集にあたっていたということか。森に入る人物に検問をおこない、怪しければ拘束していたに違いない。きっと行商も怪しまれて捕まってしまったのだろう。
「それで、その重要情報は得られたのか?」
「ああ、獣道を入っていく商人を拘束した。どこに行くのか聞いても答えないから、怪しいということで牢獄入りだ」
読みが当たった。例の商人もヨークシュアに拘束されている。
場所の検討はついた。
ヨークシュアには、代々その土地を治める領主がいたのだが、跡継ぎが絶えたことをきっかけに、近年王国の領土に組み込まれた農村都市だ。牢獄の場所は領主邸内だ。
粗っぽくベルファレスを突き出す。
「そうか。こいつも同じくだ。同じ牢屋にぶち込んでおく必要がある」
計画は順調だ。
策とは、騎士団の人間として敵を拘束したふりをして、ヨークシュアに潜入するということだった。
森を抜けると騎士団が用意した馬車があり、その荷台にベルファレスと共に乗り込む。
「俺は持ち場があるから」と、ギースと別れ、別の兵士が綱を取る馬車に揺られ、麦畑に囲まれた畦道を行く。
さすがに周辺は景色が開けており、隠れる場所がない。
帰りは馬を奪っていかないと持たない。帰る手段と方法について思案を巡らせる。
一方、ベルファレスはなめし革のフードを深く被り、黙っていた。
(すまない。ベル)
心の中で念じる。無表情なので感情は読み取れない。伝わっているといいのだが。
ヨークシュアの集落を囲む木製の柵と堀が見えてきたところで気持ちを切り替える。
抵抗なく門は突破することができた。
のどかな農村を騎士団員がうろうろしている異様な光景の中、奥にある領主の館に向かって馬車は進んでいく。
思った通り、領主邸の裏手に馬車が止まった。
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