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回想電車 第3の停車駅へ

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 死者を運ぶ回想電車が動き出した。
 いつもの通学景色を背負って、走り出す。

 体が揺れて、わたしはハッと我に返った。

 さっきまで父との会話を回想していたところだった……。まるで夢を見ているみたいだ。

 わたしが車にひかれたのは今朝のこと。父との会話はその前、昨晩のことなのにすっかり忘れていた。

 自分の進路について、反対され、こてんぱんに打ちのめされた。現実的なことをあれこれ言われる一方で、何も言えなかった。
 
「どうされましたか?  気分が優れませんか?」

 回想電車の乗務員、死神さんが話しかけてきた。真の名前は知らない。男とも女ともわからない性別不明のその人はわたしを死後の世界に運ぶ運び屋であり、案内人でもある。
 わたしは勝手に死神さんと呼んでいる。

「え、いや……大丈夫、です」
 
 父のことを思い出すと胃がキリキリするところだが、今はその感覚はない。だけど気分の悪さはあって、悪い夢にうなされている時と様子が似ている。
 
「そのような顔をされなくても。あなた自身の過去を振り返っているだけです。映画でも観るつもりでお過ごしください」
 
 わたしは内心を悟られないように顔を作ったつもりだったけど、死神さんはお見通しのようだ。
 回想を通して、わたしの身に起こった出来事だけでなく、感情までもが見透かされているようで余計に嫌になる。
 
「こんな気分が悪くなる映画なら観たくないない」

「そんなこと私に言われても困りますよ。 この停車駅は我々が決めたものではありません。 あなたが強く影響を受けた出来事を追体験しているのです」
 
 と言うことは、これから先、悪い記憶しか思い出せない気がする。

 楽しい思い出よりも辛い、苦しい、悔しい、悲しい、負の感情の方が自分の中に強烈に刻まれている気がするからだ。

 楽しい思い出はすぐに思い出すことができない。自分を包む暖かい霧のようで、輪郭もなくぼんやりしている。
 
「何か後悔していることでも?」
 
 後悔していないなんて言えば嘘になる。
 
「そんな顔をされなくても」
 
 死神さんに言われてはじめて、自分の口元ひきつっていることに気がついた。きっと怖い顔になっていたんだろう。

 悔しい、虚しい。それに尽きる。
 
「だって、あの時お父さんに何も言えなかったから……。自分のやりたいこととか、やりたいって気持ちとか……」

「そうですか……。でも、もうどうしようもないですね。死んだ人間は干渉できません」

「そんなの、わかってる!」
 
 わたしは叫ぶように大声で言い返した。死神さんの話は救いのない言葉ばかりだ。

 でも、この人が死神だから、わたしは受け入れられるのかもしれない。
 もう、仕方がないんだと。
 
「あなたが後悔していることは、お父様を説得させることができなかったことですか?」

「……それもあるけど、それだけじゃないような」

「なら、もう少し探してみましょうか?」
 
 探すって、何を? どうやって?
 質問しようとしたら、視界がぼやけ、自分の感覚があやふやになった。

 車体がぐにゃりと曲がり、死神さんの輪郭も溶けていった。
 視界が歪んでいくなか、はっきりと見えるのは瞳だけ。相変わらず刺されそうな鋭い目付きをしているけど、とても優しく微笑んでいた。

 その優しい微笑みに、わたしはほんの少し救われたように思えた。
 
「お、お願いします!」

 死神の瞳に向かって、懇願するように叫んだ。

 いや、叫ぶように口を動かした。
 自分の声は認識できない。
 
 一点に向かってすべてが吸い込まれ、真っ白な空間に飲み込まれていく。

「間もなく、次の駅に到着します」
 
 上も下も、右も左もわからない真っ白な空間で、車内アナウンスが聞こえた。ある瞬間には近くで、ある瞬間には遠くから、一定方向から、もしくは全方向から。

 空中に浮遊しているようだ。重力すら感じない。

 しばらく真っ白な空間を漂っているだけだったが、突然体の感覚が戻ってきた。

 電車が速度を落とし、ホームに停車する時の、あの力を感じる。電車がぴたりと停車した。

 視界は依然として真っ白のままだが、遠くから声がする。聞き取れないが、誰かがわたしを呼んでいるような気がした。
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