海線丘線

葦原蒼市

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1.復活

渡り納め

 春は足早にやって来て、年度も変わり、電車復活を担う会社もすんなり決まった。だが、佐良が社長と会って話をすることはなかった。徳久がちょくちょく顔を出すのをいいことに、その都度言いたいことを言う、それで済ませていたのだ。
 ある日もこんな会話が交わされた。
 「今更かも知れないけど、若杉さん、やっぱり協議会の方向としては電車ありきなの?」
 「そうさな、おさよさんの言いたいことはわかるんだけど、結局はどっちが先ってのはないっつうか、復活していく過程で町もまた盛り上がってくるんじゃないか、ってのが大方の意見だな」
 「昔は放っておいてもお客さんが来た。で、それに甘えて自分たちで努力することがなかった。言い方は何だけど、今度は電車任せ?って感じがしてね」
 「先代もそんなこと言ってたっけなぁ。でも客が減ったのも廃線になったのも時代の流れだって、達観してたんじゃなかったか」
 「時々ね、丸町の魅力って何かしら、って思うのよ。町の人がそれをもっと考えてからじゃないと復活してもまた・・・・・・って」
 「ま、オレはあっちの人間だったからな。丸町にも思い入れはあるけど、今は沿線全体のことで頭がいっぱいさ。まずはとにかくつなぐ。そうすりゃ見えてくるものもあるって、な?」
 「つなぐって簡単に言うけど、あっちはいろいろ建て込んじゃっててダメなんじゃないの?」
 「社長さんによると、すでに策があって、それを早めに公表したいそうだ。他にもデザインとかスケジュールとか提案したいことが山ほどあるんだとか。早々に説明会を開くっていうから、協議会もその準備で大わらわさ。ま、とにかくそこで話をすればいい」
 「提案? 決まったことを話すだけじゃないの?」
 「悪いな、おさよさん、長谷田君、待たせてるんで」

 成り行きの上に成り行きが重なるように物事が進んでいく。いっそお偉いさんに加わって、手出し口出しする方がいいのかも知れない。だが、それは既定路線に乗ると同じ、正に敷かれた線路を進むようなものだ。
 「協議会ってのは結局、進めるための調整役みたいなものなんでしょうね」
 通りは陽気に満ちていて、人も車も活発に動いているように見える。心地よいはずの陽射しがどこか恨めしい。晴れ晴れしない昼下がりが過ぎていった。

* * * * *

 ターミナルの南北を結んでいた歩道橋は、連休明けには第一次撤去工事が始まる段取りになった。一方、丸町周辺ではこれといった動きが見えていないこともあり、佐良はひと頃の落ち着きを取り戻していた。そして、うららかな月曜日を迎える。
 記念館は休館、庄も定休日に当たる曜日だが、二人が出かけたのは夕刻に近かった。庄の運転でターミナルに向かう。まだ少し先ではあるが、歩道橋の見納めのためだ。
 丘線が走っていた跡と付かず離れずで車道は真っ直ぐになったり曲がったりを繰り返す。時に懐かしそうに目を細める佐良に、庄は声をかけることをためらう。通行量はそれほど多くないので、至って快適なドライブだが、速度が体感と一致していない気分を庄は味わっていた。
 信号待ちで基幹の路線バスに追いついた。佐良はバスの後部を一瞥して、
 「バスのお客、少ないわね」
 と言う。
 「市街地に行く人間、減ってますからね。行くとしたら、郊外の大型ショッピングセンターでしょう」
 「それはクルマ持ってる人達でしょ? 私はそう易々とは行かないわ」
 「……」
 「まぁ、私がバスをもっと利用すりゃいいんでしょうけど、何か使い勝手よくなくてね」
 ターミナル駅から丸町まではバスで三十分もあれば着く。バスは住民にとっての公共交通だが、丸町の先、温泉街行きの急行バスが増発されるなど、温泉客向けに力点が置かれているのが現状だ。丸町にも急行バスは停まるが、近距離を移動する足としては使えないことから住民の利用は少ない。外からの客が増えているならまだいいが、数字的にそれは認められず、さらに丸町にとっての憂愁は、急行バスが停まったところで乗降が多い訳ではない、つまり素通りされてしまっている、という現実である。
 バスを抜き去る際に改めて車内を見てみると、乗っていたのは数人程度だった。言葉少なになるのも無理はなかった。

 「もうちょっと明るいうちに着くと思ったんですが」
 「別に平気よ。私にとっちゃ勤務地の一つ、ってくらいなものだから」
 駅前ではあるが、事業用地の路傍というのは案外楽に駐車できる。長居するつもりもない。佐良としては途中まで行って引き返すだけで十分だった。
 「心なしか人出が多い気が」
 「皆、渡り納めに来てるんでしょう」
 「ハハ、渡り初めとは逆ですね」
 「最後にこれだけ使ってもらえて橋も喜んでるでしょうね」
 勾配がない分、長さはある。橋の中央に来るまでに何分かが経っていた。眼下には複数の鉄路が鈍い光を放ちながら列車の往来を待っている。通行人のざわめきだけが響く。
 「北と南の橋渡しってことで、橋の本分というか本懐って言われてましたよね」
 「そうね、この辺一帯の歴史の象徴でもあるのよね」
 「もっと早くつながってたら、って思ったりもしますが」
 「ま、北と南でもっと親交ができて、沿線全体のことを考える人がもっと根付いた、とかかしら」
 「電車も廃止にならずに済んだ?」
 「それこそ大昔に一緒だったら、廃止されるようなことはなかったかも知れないけど、どうかしらね。もともと港電軌と丸町観鉄とで文化的な隔たりはあった訳だし、早くつながったらつながったで喧嘩が絶えなかったんじゃない?」
 可笑しそうな顔をしながらもどこか寂しげな佐良である。庄は少しだけ話を変える。
 「僕が子供の頃につながってれば、ってのはありますね。お祭りや親戚ん家に行くのに苦労せずに済んだ」
 「そうねぇ、でも、あなた方兄妹が苦労してくれたおかげで私はあの人と話ができた訳だし」
 辺りは暗くなってきたが、佐良が感慨に耽っている様子はよくわかった。庄はしばらく黙っていたが、程なくして声をかけた。
 「佐良さん、大丈夫ですか?」
 「ま、ちょっとした感傷のせいね。ごめんなさいね」
 橋の北側は、海へと向かう港電気軌道、対する南側は丘へと向かう丸町観光鉄道、その二つの小さな電車はこの橋ができたことでようやくつながった。佐良は、つながってからの栄えある運転士の一人、しかも女性だったことで、当時は結構な話題となり、それが客寄せにも少なからず貢献した。花形だったのである。
 かつてこの勾配を下っていた時のハンドルの感覚を思い出しながら、ゆっくりと歩いていく。
 『三明みつあきさんはこの橋、知らないのよね。もっと早くつながってれば、か』
 言い知れぬ思いとともに涙が溢れてきたが、先を急ぐ庄にそれを悟られることはなかった。ついさっきまで長く伸びていた影は、いつしか消え、振り返るとそのなだらかな橋は霞がかかったようにやけに白々としていた。あの弱い照明が橋を照らすのもあと何日かの話である。
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