海線丘線

葦原蒼市

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2.公共交通

館長兼運転士

 沿線協議会の活動はこれまでに増して活発になっている。記念館の待合室での例会の数が減っているのがその何よりの証しである。丸町よりもむしろ丘線と海線の接点となる辺り、またはテコ入れが必要な海線方面に軸足が移った。佐良の耳に入ってくるのは、地元関係者との協議を進めている、という話だけだ。
 七月もずっと雨続きで気分的に冴えない日が続く。静かに過ごせるのは悪くないが、来館者や子供たちと接するだけではどうにも物足りない。
 『こうなったらムードを盛り上げるんでも何でも、ひと役買ってみようかしら』
 ボードには協議会の手による路線計画図が貼り出されている。線を目で追いながら佐良は考える。と、扉がゆっくりと開き、雨音が入ってきた。誰が来たのかは声が近づくまでわからなかった。
 「佐良さん、元気?」
 「なぁんだ、七見ちゃんか」
 「何よ、せっかく出向いてきたのに」
 「だって、お車でしょ」
 大きな会社ではないが、社員もいれば、社用の車もある。動くに動けない佐良にとって、お車移動ができる七見の厚遇は羨ましく思えた。開館日でなければ同行したいくらいである。
 「そうね、月曜ね。一緒に動けるならその方がいいわね」
 「PRして回るとか、何かお手伝いできればって」
 「愛称は今募集してるけど、あまりパッとしないみたいだから、まずはそれからPRするか、それとも愛称が決まってから本格的に動き出すか、ってとこかしら」
 「夏休みいっぱいまで募集してるんでしょ? イベント列車に合わせて宣伝するわよ。チラシとかあれば配るし」
 「そうそう、今日はそれを持ってきたのよ」
 「何か話が前後しちゃったわね」
 「オホホ」
 運転手は車中で待機すると言う。その間、雑談が交わされる。
 「それで佐良さん、イベント列車の件、役所から何か聞いてる?」
 「この夏が最後になるかも知れないっていうくらい」
 「じゃ事業譲渡についてはまだ?」
 「あら? すでに話がついたから工事が始まったんだと思ったけど」
 「駅南から新駅、例の大学前まではね」
 「まぁ、そんな暫定的な・・・・・・どうりでこっちの方に工事用車両が来ない訳だわ」
 「多分、いざとなればすぐに着手できるからでしょう」
 「何か張り合いないわね」
 話が進んでいるかと思えば、そうでもない。どこかもどかしさを感じる佐良である。
 「物は考えようよ。近所でガタガタやられると気が気でないでしょ? イベント列車に専念できていいと思う」
 「それもそうね。せいぜい頑張るわ」
 「じゃ、チラシよろしくね」

 夏休み初日は、梅雨が明けたのと同じ日だった。館長兼運転士の長いようで短い日々の始まりもまた同じ日である。

* * * * *

 この時期、佐良は館長職よりも運転士の方で出番が多くなる。片道五百メートルの距離だが、一時間以内に行って戻ってというのを一日最低五回、臨時で増発する日は八回ということもある。往路も復路も、乗車券の取扱は記念館の改札でまとめて行っているので、運転のことだけを考えればいいという点では負担は少ない。協議会メンバーに整備士免許を持つ人物がいて、定期的にメンテナンスをしてくれているので、運行上の不安がある訳でもない。それでも一応列車、小振りだが二両編成、整備はしてあっても旧式、気を遣うべき要素は過分にあるのだ。乗客が日増しに増えていることを考えると尚更である。充実感はあるが、気の休めない日が続く。
 蝉の声がまだ喧しいある日の夕方、線路の点検を兼ねて、佐良は線路敷を歩いている。ここまで何とかやっているのは、改札業務を含め、館長代理として手伝ってくれる人々――庄の家人、徳久の一人娘、すずの知人らのおかげに他ならない。改めて謝意を感じつつ、また明日も頑張ろうと思うのだった。
 鉄道関係誌や口コミの影響か、乗り納めムードが俄かに広がり、イベント列車は盛況を極めた。この夏、佐良はとにかくよく動いた。ただ、温泉の入口まで自力で行きながら、温泉浴が叶わなかったのは何とも皮肉な話である。
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