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3歳の誕生日

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 異世界へと転生してから3年が経過し、今日で3歳となる。
 前世では夢に向かって努力している時、暗闇の中を走っている気分になる事があった。
 自分が正しい道へと進んでいるのか不安になり、それでも歩みを止める時間は無く、止める事にも恐怖した。

 この世界では努力した成果が『ステータス』に『スキル』として表れる。
 学び、身につける事で『スキル』となり、努力し鍛錬する事でレベルも上がる。

 自分の頑張りが『ステータス』に反映されているのを見ると、心が晴れやかになる。
 自分は夢に向かって進めているし、この道は間違っていないんだと確信を持てるのだ。
 これほど心強い事は無い。
 だからこそ慢心せず、日々努力と心に誓う。
 
 そして僕の誕生日パーティーが開催された。
 普通のパーティーならばホストがゲストを迎えたりするものだろう。

 だが、王族や貴族の開くパーティーではルールがある。
 それは身分が低いものから来場し、最後に身分が一番高い者が来場する。
 
 王族である僕は最後から2番目に母と会場に入る事になる。
 もちろん最後は父とアリアノール達だ。

 現在、僕の誕生日パーティーという名目なのに、僕不在のまま1時間ほど経過している。
 母と2人で控室で待っていると、やっと扉をノックする音が聞こえてきた。

「お待たせいたしました。そろそろ入場の方をお願い致します」
「……ええ、わかったわ」 

 母は呼びに来た使用人に返事をすると、僕の手を取った。

「…行きましょうか」
「はい」

 少々気恥しくはあるが、母と手を繋ぎながら会場へと入るのであった。

「皆様、お待たせ致しました。本日の主役でもあるユーリオン殿下とアメリア第2王妃様が入場します」

 僕と母が会場へ入ると、賛美する声が至る所から聞こえてくる。

「おお、アメリア第2王妃様は相変わらずお美しい」
「涼やかで落ち着いた色合いの青のドレスが、白銀の髪に良く合っている」
「ご子息のユーリオン殿下も3歳とは思えぬ、堂々とした様子」
「ああ、母親譲りの白銀の髪にルビーの瞳、後数年もすれば令嬢達が放っておかないだろう」
「何を言う。すでに娘を連れてきた者全てが縁を結ぼうと思っているだろう」
「ハハハ、確かにその通りだ」

 王族や貴族というのは本来たくさんの子供を作る。
 その子供を婚姻させる事で敵対や裏切りの予防とし、縁を結ぶ事で関係を良くしていく。

 だが、王妃アリアノールが自分以外の女が国王ユリウスに近づくのを嫌がり、その嫉妬を諫める立場のユリウスも受け入れている。

 なので、王の子供が現在4人しかいない。
 長男アーサー、次男ルシウス、長女シャルロット、三男ユーリオン。
 王族と関係を強めたい貴族達からすれば、子供の争奪戦である。

 アリアノールの子で継承権1位のアーサーと2位のルシウスは求められる家格も敷居も高い。
 だが、第2王妃の子であり、継承権4位のユーリオンならばと、貴族達から狙われているのだ。
 
 格式の高いパーティーでは、身分が下の者から上の者へ声をかけるのは無礼にあたる。
 その為、誰もが他の貴族に先んじてユーリオンに声をかけたいのを我慢していた。

 そして本日最後の入場となる国王とアリアノール達がやってきた。
 広いパーティー会場では奥に行く程高位貴族、入り口に近い程下級貴族となっている。
 挨拶をする為、ユリウスがユーリオンを連れて奥にある壇上へと登る。

「皆、我が息子ユーリオンを祝う為によくぞ集まってくれた。今日の主役は私ではないし、
長々とした挨拶は控え、皆が最も興味を向けているユーリオンに代ろうか」
 
 そう言って父が短い挨拶を終えると、次は僕の番だ。

「皆様、本日は私の為に貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございます」

 前世であれば、ここで頭を下げたい所だが、王族が簡単に頭を下げるわけにはいかない。

「こうした場を迎えられた事も王族と貴族が互いに手を取り合い、協力してきたからです。
 まだまだ幼く至らぬ身ですが、幸い私には学ぶ時間、環境があります。 
 この場で巡り合えた縁も私の成長の糧となる事でしょう。
 それでは我らがグランファーレル王国の更なる発展を願い、締めの言葉とさせて頂きます」

 僕が挨拶を終えると、会場は静まり返ったままであった。
 挨拶の内容が下手に出過ぎただろうか?

 会場にいた全員が言葉にならない程驚いていた。
 3歳の子供が大勢を前に堂々と立派な挨拶をしてみせたのだ。
 
 国王もユーリオンの考えたであろう挨拶に驚愕だった。
 確かに王族から貴族に向けた挨拶としては、やや下手に出ているようにも感じられた。
 
 だが、3歳という年齢を考えれば、むしろ好意的に見えるであろう。
 これを自分で考えたのだとしたら、恐ろしさする感じる。

 集まった貴族達も3歳の子供から、これほどの挨拶を聞かされると考えもしなかった。
 流石にこの内容をユーリオンが考えたとは思っていなかったが、何も見ずに挨拶したのだ。
 この挨拶だけでもユーリオンの優秀さが伝わった。

 そして誰かの鳴らした拍手の音で我へと帰り、釣られるように拍手が鳴り響く。
 本来であれば、この後はすぐに王族との歓談の時間になるはずだった。
 しかし、芸を見せる必要があると思っているユーリオンが声をかける。

「皆様、私の為に集まってくれた事へのお礼としまして、見世物を一つ用意しました」

 そんな話は聞いていないと、疑問の表情を浮かべ国王ユリウスはユーリオンへ視線を向ける。
 次に何か知っているのかとアメリアへも視線を向けたが、アメリアは落ち着いていた。

 先ほどの見事な挨拶で称賛されているユーリオンに対し、悔し気な視線を向ける者がいた。
 それはユーリオンに余計な事を吹き込んだ次男ルシウスである。
 だが、急遽用意した見世物でユーリオンが恥をかくと思えば良いかと、気分が高揚していた。
 
(そうさ、むしろ称賛の後に落胆された方が恥になるだろう)

 会場の貴族達も先ほどは見事な挨拶に驚いたが、3歳の子供が用意したという見世物にはあまり期待していなかった。

 何かしようという心意気は買うが、幼い子供にできる事など、たかが知れている。
 せいぜい歌を歌うか、エルフの血を引いているので弓を使った的当てをするか、小さな魔法でも見せるくらいであろうと。

「それでは私の得意な魔法を使った芸をご覧ください」

 ユーリオンは近くにいた6歳くらいの女の子に声をかけた。
 王族に近い場所にいるという事は、公爵家か侯爵家の娘なのだろう。

「お名前を教えて頂けますか?」
「え、はい、私の名前はアナスタシア。公爵であるバーヴェル・オンデルブルクの孫娘になります」
「素敵なお名前ですね。では、何か好きな動物はいますか?」
「……動物ですか? 私は白い猫が好きです」

 アナスタシアは不思議に思った。
 見世物をするというのに何故か私に声をかけてきて、好きな動物を聞かれたのだ。
 まるで意味が分からなかった。
 とっさに思い浮かんだのは家で飼っているペットの猫の事だった。

「では、少々お待ちください」
 
 ユーリオンはそう言うと、白い毛糸をイメージした魔糸で、猫の形となるように編んでいく。
 3分ほどでユーリオンの手の平に、デフォルメされた白い猫の「あみぐるみ」が出来上がる。

「よろしければどうぞ」
「………」

 会場にいる全ての者が無言である。
 ユーリオンはウケなかったかと、内心あせっていたが実際は違う。
 
 観客は目の前で起こった光景が信じられなかったのだ。
 かなり希少ではあるが、空間系の魔法で「ぬいぐるみ」を空間から出す事は可能だ。

 一流の職人であればリクエストを聞き、その場で「ぬいぐるみ」を作る事も可能だろう。
 だが、3歳の子供が魔法の糸を自在に操り、可愛らしい「ぬいぐるみ」を作って見せたのだ。

「……すみません、お気に召しませんでしたか?」

 ユーリオンが少し落ち込みながら尋ねると、アナスタシアが慌てて答える。

「い、いえ、あまりの出来事に驚いてしまって。……本当に頂いても良いのですか?」
「はい、喜んで頂けたのであれば、僕も嬉しいです」

 白い猫の「あみぐるみ」をアナスタシアの手に渡しながら笑顔で言う。

「か、可愛い。ありがとうございます。大事にしますね♪」
 
 そして時が戻ったかのように会場がざわめく。
 アナスタシアは、猫の「あみぐるみ」を今回連れてきてくれた祖父バーヴェルに満面の笑みで見せる。

「お爺様、素敵なプレゼントを頂きましたわ♪」
「よ、良かったな。どれ私にも良く見せてくれないか」
「ぜっーーーーたいに汚したり、無くさないでくださいね!」
「もちろん、わかっているよ」

 バーヴェルは宝物に触れるかのように猫の「ぬいぐるみ」を確認する。

「素晴らしい出来だ。猫ではないのに猫に見える。これを短時間で作ったとは到底思えない」
 
 この世界にも女の子向けの人形や、本物に似せた「ぬいぐるみ」は存在している。
 だが、ユーリオンが作ったようなデフォルメされた物は知られていなかったのだ。
 
 大人である貴族達でさえ珍しさに興味を惹かれ、アナスタシアを羨ましく思うのだ。
 その子供たち、特に年の若い女の子は親に同じものが欲しいと願った。
 
 これには親たちも困る。
 これが職人もしくは家格の差はあれど、同じ貴族であるならば、多少の無理をしてでも可愛い娘にプレゼントして喜ばせたいと思う。

 だがユーリオンは王族であり、ましてこの場はユーリオンの誕生日を祝う席だ。
 祝うべき相手にプレゼントをねだるなど、常識的に考えてありえないだろう。

 自分の「あみぐるみ」を欲しがる者がいると分かると、ユーリオンは嬉しくなり声をかけた。

「他にも欲しい方がいれば作りますよ」

 その声で普段は淑女の教育を受けている幼き令嬢達が一斉に動き出した。

「ユーリオン様 私は伯爵家の」
「私は侯爵家の娘ですわよ!」
「あら、私だって侯爵家の娘ですわ!」
「あの、私は子爵家ですが、私の方が可愛いです」
「「なんですって!?」」

 このままでは貴族令嬢とは思えない喧嘩になりそうだと、ユーリオンが並ぶように指示する。

「皆さん、落ち着てください。順番に作りますから」
「も、申し訳ございませんユーリオン様。はしたない姿を見せてしまいまして」
 
 自分の分も作ってもらえると思った令嬢達がようやく落ち着く。
 だが、令嬢達は、とんでもない事をしてしまったと顔を青ざめさせる。

「いえ、それほど喜んでくださるのなら、僕も嬉しいですから」

 そう言うと、安心した令嬢達に笑顔が戻る。

「猫以外でも僕が知ってる動物なら作れると思いますし、ある程度は色の指定も受け付けますよ」

 そして用意した見世物はユーリオンが想像していた以上の大盛況となった。
 自分の誕生日なのに何故プレゼントしてるのかと疑問に思ったが、忙しくて直ぐに忘れるのだった。

 ユーリオンのせいで本来の予定より遅れたが、今度はプレゼントを受け取る時間となる。
 と言っても、幼いユーリオンのものとなるプレゼントは、ほぼ無いだろう。
 
 これには理由がある。
 もちろん国王が子供へのプレゼントを横取りしているのではない。
 王族や貴族の幼い子供へ渡せて尚且つ喜ばれるような物が少ないのだ。

 ヘタに魔道具なんかを渡してケガをさせれば、渡した者の責任となる事もある。
 だから、一定の年齢になるまでは、子供へのプレゼントの名目で親へ贈り物がされる。
 子供にプレゼントする場合は危険が無いものを贈り、親へも何か用意するのが常識となっている。

 身分の高い者から順番に国王陛下へと絵画や武具、魔道具等が渡されていく。
 身分が高い者ほど高価な物や珍しい物を用意しており、だんだんと価値が低くなっていく。 
 
 贈る側も贈られる側もそれは分かっているが、後から贈る側の居心地が悪そうだ。
 そんな中、真っ赤な鶏の卵みたいなのを箱に入れて持ってきた貴族がいた。

「レッドル子爵これは?」

 これまで国王の側でプレゼントを受け取っていた者が尋ねる。
 レッドル子爵と呼ばれた30代くらいの男性が慌てて答える。

「こ、これは我が家に代々伝わるフェニックスの卵でございます」

 それを聞いた周囲の貴族達からは、馬鹿にするような失笑の嵐であった。

「なにがフェニックスの卵だ。偽物に決まっている」
「これだから田舎の貧乏貴族は嫌なのだ」
「まったくだ。ああいうのが貴族の評判と価値を下げる」
「いやいや、私は聞いた事があります。なんでも100年以上も受け継がれているそうですよ」
「まさしく偽物ではないか。フェニックスの卵ならば、周囲から魔力を吸収するはずだ」
「その通りだ。100年以上も孵化していないなど、ありえないだろ」

 レッドル子爵は、今にも死にそうな表情だった。
 この卵はレッドル子爵家に代々伝わってきたものだが、本物だと証明するものが無い。
 本人でさえ本物かどうか疑っているのだ、反論すら思い浮かばない。

 しかし、周囲の言うように田舎の貧乏とまでは言わないが、けして裕福では無い貴族である。
 王族への贈り物になるような物が他に無く、相応しい品を購入するお金の余裕もなかった。

 連れてきた娘に対し、他の令嬢のように流行りのドレスを用意してやる事すらできない。
 娘は気にしなくていいと言ってくれたが、やはり周囲から浮いているようで可哀相な事をした。

 それでも参加したのは、王族の誕生日を祝う招待状を断る方が難しいからであった。
 下手をすれば、反逆の意思があると捉えられる可能性だってあるのだ。
 
 一縷の望みにかけて家宝の卵を持ってきたが、珍品とは判断されず結果はこの通りだ。
 レッドル子爵への追及は続く。

「万が一に本物だったとしても、幻獣種の卵だぞ」
「その通りだ。幼き魔獣ならば人に懐く事もあろうが幻獣種は違う」
「産まれたてでも知性を持ち、自分に相応しいかを判断する」
「気性の荒い者ならば、暴れる可能性だってあるのだ!」
「まさか、王家に叛意でもあるのか?」

 レッドル子爵は「そんなわけあるか」と叫んで否定したかったが、叫べば余計に非難される。
 最悪の事態も脳裏に浮かぶ。
 
 せめて、どうか、どうか娘だけは助けてほしいと神に祈る。
 娘の方も目をつむり、父の事を助けてくださいと神に祈っていた。

 歴史を見れば確かに幻獣種と共に生きた者たちは存在している。
 それは「勇者」や「聖女」といった本当に特別な存在だけであった。

 良くない雰囲気のなか、ユーリオンはこっそり卵を鑑定してみた。
 結果は『???の卵』と表示され、たいした情報は得られなかった。
 
 だが、Lv3の鑑定でも、情報を得られないという結果が重要な情報だ。
 もしも鶏か何かの卵を魔法で固定化した物ならば、鑑定が成功するはずだ。
 しかし、結果は失敗した。
 これは、もしかするのかもしれないと思うと、ワクワクした。

「ユリウス陛下、この卵、僕が頂いても宜しいでしょうか?」
 
 この言葉に全員が驚き、非難していた貴族達も止まる。
 偽物だと判断されている物を、先ほど素晴らしい魔法を見せたユーリオンが欲しがったのだ。

「お前への贈り物だし構わん。だが、皆が言うように偽物の可能性もあるぞ」
「面白いし、何より夢があるではないですか」

 ユーリオンはキラキラした瞳で周囲の者に自分の気持ちを伝える。

「確かに偽物で卵は孵らないかもしれない。孵っても懐かず、攻撃されるかもしれない。
 でも、もし本物でフェニックスが生まれる瞬間を見られたなら、一生の思い出になります」

 その純粋な言葉に非難していた貴族たちは気まずそうにし、レッドル子爵家の父娘は救いを得た気持ちになっていた。

 この時の事を幼いユーリオンがレッドル子爵を助けるために動いたと考える貴族が多かったが、実際には本当にユーリオンが卵を欲しがっただけである。

「そこまで言うなら好きにしなさい」
「ありがとうございます」
「レッドル子爵も家宝のフェニックスの卵を贈って頂き感謝します」
「いえ、私の方こそ感謝します」

 この時レッドル子爵の心の中は、ユーリオンへの感謝の気持ちでいっぱいだった。
 
(……もしも今後、ユーリオン殿下に何かあれば、私は絶対に味方すると誓おう)

「なぜ贈ってくれたレッドル子爵の方が感謝するんですか?」

 ユーリオンは可笑しそうに笑った。

「フェニックスが孵って、もしも側にいてくれるようだったら見せに行きますね」

 ありえないと思いつつも、ユーリオンのその言葉を否定する者も、笑う者もいなかった。

 そして贈り物の受け渡しが終わり、最後は音楽とダンスの時間となる。
 中央が広く空けられると、男性が女性をダンスへと誘い始める。

 自分をアピールできる場でもあるが、女性側から誘うのは、はしたないとされている。
 だから女性たちは誘われるのを待つしかない。

 今回のパーティーでは、男性よりも女性の参加人数の方が多い為、女性が余り気味であった。
 そして今日の主役と言ってもいいユーリオンは3歳である。
 
 ぬいぐるみやレッドル子爵を助けた一件で令嬢達の心を掴んだユーリオンではあったが、
さすがにダンスまでこなせるとは思われていなかった。

 ユーリオンが卵を触っていると、次男のルシウスが近づく。

「ユーリオン、見世物が上手くいって良かったな」

 もちろん嫌味である。
 恥をかく所を見たかったのに結果は逆になった。

「あの時、ルシウス様が教えてくれたおかげです」
 
 こちらは嫌味ではなく、心からの感謝の言葉だった。
 一瞬顔が引きつったルシウスだが、まだ諦めていなかった。

「せっかくのダンスの時間だ。今日の主役であるお前が誘ってやらないと」
「……なるほど、ダンスには自信が無いのですが」
 
 その言葉を聞いたルシウスは嬉しそうに言う。

「失敗したって良いんだ。とにかくやってみろ」
 
 励ましの言葉と捉えたユーリオンは感謝する。

「やってみます」
「おう」

 ダンスが始まってからは、卵を触りながらも勉強の一環だと見学していた。
 前世の知識と経験もある為、踊っても酷い事にはならないだろうとは思う。
 
 しかし、中身がどうであれ、身体は3歳なのだ。
 せめて自分と近い年齢の者を選び、身体のサイズを合わせなければ、ダンスにはならない。

 丁度良い相手を求め周囲を見渡していると、レッドル子爵と5歳くらいの女の子が目につく。
 どこかまだ居心地が悪そうにしているのも気になるし、自分が声をかける事で周囲の反応が改善されれば良いなと思い、近づくことにする。

 すると、あまり聞きたくなかった声が聞こえてくる。
 聞こえるように言ってるわけではない声量だったが、エルフの血を引いており耳が良いのだ。

「あのドレス、いったいいつの物なのかしら」
「し、聞こえたら悪いわよ。田舎の方だと流行が遅れるのは仕方ないわ」
「あら、逆に目立って殿方の目に止まるかも」
 
 クスクスと笑っている。
 ……女性の闇を3歳の若さで知ってしまった。
 
 まあ、前世でも似た事はあったし、異世界だろうと女性はそう大きくは変わらないのだろう。
 気を取り直し、僕はレッドル子爵に声をかける。

「レッドル子爵、改めて礼を言いに来ました」
「これはユーリオン殿下。私などにお気遣い頂きありがとうございます」
「とても気に入りましたから」
 
 そう言ってユーリオンは卵を取り出す。
 こんなチャンス二度とないと思い、レッドル子爵は娘を紹介する事にした。

「娘のクレアで5歳になります。ほら挨拶しなさい」
「初めましてユーリオン殿下。クレアと申します。
 先程は父を助けて頂き、ありがとうございます」
「初めまして。助けたつもりはありません。卵は僕が本当に欲しかったので」

 この会話を聞いていた貴族達の中でユーリオンの評価がまた上がる。
 恩に着せる事もなく、なんと奥ゆかしいのかと。

 クレアは年齢も体格も近く小さい為、これならと思えた。

「クレアさん、僕と踊っていただけますか」
 
 これにはクレアだけでなく、レッドル子爵も驚いた。
 娘を紹介したが、記憶の片隅にでも残ってくれれば良いと思っていたからである。
 ダンスに誘って貰えればなどと、恐れ多い事は考えてさえいなかった。

「で、でも私のドレスは……」
(誘って貰えて嬉しかったが、自分のドレスのせいで笑われたらと思うと泣きそうになる。 
 自分が笑われるだけならば我慢できる。ウチには見栄を張る余裕が無い事を知っている。
 でも、父を助けてくれた王子様が自分のせいで笑われるのには耐えられない)

 ユーリオンは泣きそうな顔で遠慮しているクレアを見て、笑顔にしたいと思った。

「知っていますか、実は僕3歳で男の子なんです。だから女性の流行とかは全くわかりません。 
 僕に分かるのは貴女にそのドレスがとても似合っていて、一緒に踊りたいと思えた事だけです」

 そして僕は、彼女をもう一度ダンスへと誘う。

「素敵なドレスの似合う貴女、僕と一緒に踊っていただけませんか」

 クレアは涙が止まらなかった。
 痛かったのでも、悲しかったのでもない。
 彼のくれる言葉一つ一つが胸に刺さり、傷ついていた心を優しく温めてくれた。
 
 あぁ、きっとこれが恋なのだろうと思う。
 彼を知った時間も、顔を合わせ言葉を交わした時間も本当に短い。
 いったい私が彼の何を知っているのだろうとさえ思う。
 
 彼は王族という特別な存在で、私は特別ではない存在だと子供心にもわかっている。
 それでもいい、結ばれなくてもいい、私はこの気持ちを大切にしたい。
 父が貸してくれたハンカチで涙をぬぐい、精一杯の笑顔で答える。

「身に余る光栄です。喜んでお相手させて頂きます」

 小さい子供が踊っていては邪魔になるかと、中央の端の方で踊ろうとした。
 だが、他の踊っていた人たちが気を使って真ん中を開けてくれた。
 静かで穏やかなダンスを僕とクレアは楽しそうに踊るのであった。

 余談となるが、
 クレアがダンスに誘われた一件で、令嬢達の間で流行以上に大事な事があると認識された。
 それは他の令嬢達と違うドレスを着る事で、殿方の目に止まりやすくなるという事だ。

 そしてユーリオンの3歳の誕生日を祝うパーティーは無事に終了した。
 母アメリアと屋敷へ戻ると、一気に疲れが押し寄せてくるのを感じた。

「……お疲れさま。どうだった?」 
「はい、疲れましたが、卵も貰えて楽しかったです」
「……そう、なら良かった。今日はゆっくり休みなさい」
「はい、そうします」
 
 中身はどうあれ、身体は3歳なのである。
 「あみぐるみ」も想定以上に作ったし、ダンスまでしたのだ。
 疲労が限界だ。
 
 自分の部屋へ戻ると、直ぐに寝ようとして大事な事を思い出す。
 卵を入れておく箱か何かが必要であると。
 卵が頑丈な為、レッドル子爵が持ってきた箱は会場に置いてきて、ポケットに入れていた。

「よーし、フェニックスだし、暖かい方が良いよね」 

 熱をイメージしながら赤い魔糸を用意し、卵を包むような布と入れ物を作っていく。

「よし、できた」

 眠たかったが納得の品ができた。
 意味は無いと思いつつも卵に話しかけてしまう。

「100年以上も孵ってないらしいけど、君のペースで良いんだからね」
「僕もあと200年くらいは生きるだろうから、気長に付き合うよ」
 
 そう言って眠りにつくのであった。
 まるで答えるように卵が揺れたことに、寝ているユーリオンは気づかなかった。

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