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初めての街と新たな出会い

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 side:ユーリオン

 朝、ベッドで眠っていた僕は、どこからか聞こえてきた小鳥の鳴き声で目覚める。
 まだ、少し重いまぶたを頑張って開けると、赤い雛が目の前にいた。
 ……どこからかというか、顔の上にいた。

「……おはよう」
「ピィー!」

 顔に乗っている雛を、両手で優しくどけながら朝の挨拶をすると、元気な返事が来た。
 
 今日は母アメリアと、初めて街へ買い物へ行く予定だ。
 この赤い雛が幻獣種であるフェニックスの雛だとバレると危険らしい。
 なので、別の魔獣であると誤魔化す為に、卵か似た雛を買いに行くのだ。
 
 朝食の席で、僕は母に今日の予定を確認する。

「今日はお母様と2人で出かけるのですか?」
「ピエリスとアイリスも一緒よ。護衛無しで外へ出るのは、危険だから絶対に駄目よ」
「わかりました」

 ピエリスとアイリスは母アメリアと仲が良く、幼馴染でもある。
 嫁入りする時にも、従者として付いてきてくれた兄妹だ。

 2人とも髪と瞳がエメラルドグリーンで、兄のピエリスは短く切りそろえている。
 妹のアイリスは肩にかかるくらいまで伸ばしており、2人とも美形だ。

 アメリアは寡黙だが、アイリスが2人分は喋るので、バランスが良いのだろう。
 転生してからは友人がいない為、3人の関係が少しだけ羨ましいと思える。

 食後のお茶で少しのんびりしていると、ピエリスとアイリスがやってくる。

「こちらは準備できましたので、いつでも行けます」 
「……では、行きましょうか」
「基本的には俺がアメリア様、アイリスがユーリオン様につきます」
「同性の方が都合の良い場合は、護衛を交代しますのでご安心を♪」
「よろしくお願いします」
「「はい、お任せください」」
 
 僕は初めて目にする街の光景に驚いた。
 まるでお祭りのような賑やかさであったからだ。
 街の中で店を構えられるのはごく一部の者だけであり、ほとんどは露店だった。

「治安は良い方ですが、悪人がいないわけではありません。  
 スリや誘拐、他にも色々と気をつけないといけませんよ。
 ユーリオン様もアメリア様も勝手にふらふら行かないでくださいね」
 
 ピエリスが周囲を警戒する中、アイリスが注意喚起をしてくる。

「……子供扱いしないで」

 母は少し不機嫌に言う。

「わかりました」

 色々見てみたいが、自分の立場も理解している。
 見た目はともかく、流石に勝手にいなくなるほど、子供ではない。

「どこへ向かうのですか?」

 僕が母に尋ねると、聞いた事のない店名を聞かされる。

「まずは、テイマーズギルドよ」

 テイマーズギルドの中へ入ると、前世のペットショップを思い出した。
 テイマーとは「調教師」の事であり、動物だけでなく、モンスターを使役する者を指す。
 テイマーズギルドは、動物やモンスターの調教、販売を主に行っている組織だ。

「小さい者ばかりで、大きい動物なんかはいないんですね?」

 僕が何となく思った事を口に出すと、ギルドの人が答えてくれた。

「大きい奴は街に入れて暴れられると危険だからね。
 一定のサイズ以上の奴は、街の外で管理しているんだ」

「なるほど、勉強になります」
「さて、本日のご用件は?」
「レッドホークの雛か卵はある?」

 レッドホークは赤い鷹のような鳥で、昔はフェニックスと間違われてよく狙われたらしい。

「雛はあいにくといないが、卵ならありますよ。ちょっと待っててください」
 
 ギルドの人が奥の方へ行くと、卵がいくつか入ったケースを持ってくる。

「好きなものを選んでください。ただし、孵化しなくてもウチは責任を取りませんがね」

 ……本物かを証明する物も無いのに、責任は取らない。
 なんだか、悪徳商売な気がしてくる。
 僕がこっそり鑑定で調べると、やはり全部偽物だった。

 わかっててやっているのか、鑑定できず、知らないのか判断に困る。
 ただ、今回の目的を考えれば本物である必要はない。
 むしろ孵化されたら、雛の数が合わなくなってしまう。
 僕は絶対に孵化しない卵を1つ選ぶ。

「これください」
「銅貨5枚になります」
 
 この世界の通貨を日本の価値に例えると、以下の通りだ。
 「銅貨=100円」「小銀貨=1000円」「銀貨=1万円」「金貨=10万円」「白金貨=100万円」
 
 一般的な月の収入は職業により様々である為、一概には言えない。
 でも、両親に子供2人の一般家庭が普通に暮らすだけなら、銀貨3枚もあれば足りる。

 偽物の卵に500円を高いとみるべきか、安いとみるべきか。
 偽物だと分かるのは鑑定が使えたからだし、値切るほど高いとも思えない。
 ちなみに僕はまだお小遣いは貰っていないので、判断は母アメリアに委ねられる。

「……わかったわ。ピエリス」

 財布を預かっているピエリスが支払いを行う。
 偽物だと分かっているのに、通常通りの値段を支払った事で釈然としないのであった。

 テイマーズギルドを出ると、母に他に欲しい物はあるか聞かれる。
 図書室のおかげで勉強に必要な本は足りているし、特に思いつかない。

「……少し歩きましょうか。何か気になるものがあったら言ってね」
「わかりました」
「私たちとしては、この護衛の少なさで、2人にふらふらしてほしくないのですが……」 
「ユーリオンにとって、今日が初めての街だもの。色々見せてあげたいの」
「俺たちがいつも以上に気をつければいいだろ」
「もうっ、兄さんはアメリア様に甘いんだから!」
「……そうか?」
「自覚無しですか……わかりました。でも絶対に、私達の側から離れないでくださいね!」

 護衛の2人に気を遣ってもらいながら露店を見ていると、喧騒がする。
 荒っぽい恰好をした2人組の男が、こちらの方に近づいてくる。

「くそっ、どこ行きやがった!?」 
「あの身なりでガキの足だ。街の外へは行けねーだろ」
「チッ、舐めた真似しやがって」
「表であんな恰好してたら目立つはずだ」
「ああ。裏と面倒だがスラムの方を捜そう」
 
 周囲の人間を威嚇しながらも、誰かを捜しつつ、2人は別れて離れていった。

「……なんでしょうね?」
「おそらく奴隷が逃げたか、子供にスられたかでしょう」
「こちらに絡んでこないなら気にせず、買い物を続けましょう」

 母とアイリスが女性用の服を売っている店に入ったので、これは時間がかかると判断する。
 こちらに気を遣わず選んでほしい為、僕とピエリスは店の外で時間を潰す事にする。
 ピエリスは別れるのは危険だと渋っていたが、頭を下げてもらい僕はそっと耳打ちした。

「女性用の店という事は下着類も選ぶので、遠慮した方がいいですよ」
 
 小さな声だったのだが、流石はエルフ。
 アイリスにも聞こえていたようで、ここぞとばかりに兄をからかう。

「兄さんは子供のユーリオン様より、デリカシーが足りないですねぇ」
 
 これにはピエリスもガクンと落ち込む。
 そんなわけで落ち込んだピエリスと、何かないかと見ていると、路地裏が目に止まる。
 何故か気になってしまい近づくと、入る直前にピエリスに止められる。

「ユーリオン様、危険です!」 
「ごめんなさい」
 
 僕は謝罪すると、こちらの声に反応したのか、路地裏の荷物の陰に隠れていた何かが動く。
 動いた物の正体は、僕と同じくらいの年齢の女の子だった。
 
 長い髪も服もボロボロで全体的に汚れており、少し嫌な臭いがする。
 ピエリスはその場を離れようと僕の腕を引っ張ったが、僕は様子を窺っていた子と目が合う。

「……奇麗だ」

 僕はその瞳に魅入られた。
 右目は青く、左目は橙色で、左右で違う美しいオッドアイだった。
 その瞬間、汚れた髪も服も臭いも全てを忘れてしまう程に見惚れてしまった。

「……え?」

 その子が初めて声を出した。

「……わたしの目…うぅ…嫌じゃ、ないの?」
「とても美しいと思う」 

 僕が答えると、なぜか女の子は静かに泣き出す。

「ユーリオン様、その子はおそらく孤児でしょう。……どうするつもりですか?」
「……孤児……」
「先に言わせてもらいますが、身元不明な者を例え子供であろうと、連れて行くのは危険です」
「………」
「この街の孤児はその子だけじゃない。今後も見かける度に助けるつもりですか?」

 ピエリスは大人の立場から、あえて冷たい言い方をしているのだろう。
 子供でしかない僕が誤った判断をしないようにと。

 ピエリスが酷い事を言っているとは思わない。 
 ピエリスからすれば、わざわざ主に危険を近づける理由など無いのだから。
 ただ、それでも……。

「………」
「ユーリオン様は知らないと思うので、一応、伝えておきます。
 ヒューマンの間では紫の髪と、左右で違う瞳は不吉の象徴とされていて、嫌悪されています。
 悪い意味で奇跡的ですが、その両方を持って生まれたその子は生きてくのが難しいでしょう」

 ピエリスの言葉は僕にとって衝撃的だった。
 紫の髪やオッドアイが不吉だなんて誰が決めたのか。
 神が存在するこの世界で、神が否定していないものを否定するなど、何たる傲慢か。

 僕は自分が善人であるとは思っていないし、そうあろうと思った事すらない。
 僕がなりたいのは前世の時から変わらず、アニメで見た執事だ。

 見知らぬ誰かを救うのは、英雄や勇者、ヒーローの仕事であって、執事の仕事ではない。
 でも、目の前で困っている子くらいは助けたいと思う。

「僕はこの子を助けたい」
「本気ですか? 野良の動物を拾うのとは訳が違います。
 その子が何かやらかせばユーリオン様、ひいてはアメリア様にまで問題が生じるのですよ」

 ピエリスの言う事は正しいのだろう。
 それでも、こんな所で泣いている女の子を見捨てる事など、したくはない。

「今、僕は助けない理由を考えるより、助ける為の方法を考えたい」
「……わかりました。俺もこれ以上はとやかく言いません。
 ただし、アメリア様の説得はご自分でお願いしますよ」

 以外にも簡単に折れてくれた。
 きっと、ピエリスだって助けてあげたかったのだろう。

「嫌な役回りをさせてしまって、ごめんなさい」
「……なんのことです?」
 
 とぼけられたが、僕は分かっている。
 嫌で言いたくない事でも、誰かが言わなきゃいけない事もある。 

 ひとまずピエリスは説得できたが、この子をこのまま連れて行くわけにはいかない。
 汚れをどうにかしないと表を歩けず、屋敷へは戻れないだろう。

「ピエリスはお母様達の所へ行って、この子用の衣服を買ってきてください」
「いや、護衛の立場からユーリオン様の側を離れる事はできません」
「僕はこの場を動きませんから、お願いします」
「ですが、その子を残して俺とユーリオン様で行くのが安全です」
「この子の汚れを落とす必要があります。
 大人のピエリスより、年の近い僕がやった方が不安にならずに済むでしょう」

 護衛の立場がある以上、中々折れてくれなかったが、渋々だが了承してもらう。

「……わかりました。急いで行ってきますので、絶対にここを動かないこと。
 それと何か問題が起きた時、その子より自分を優先すると約束してください」
「……わかりました」

 ピエリスがお母様達の元へ走っていく。
 今さら僕は名前も本人の意思すら確認していない事に気づいた。

「君の名前を教えてくれる?」
「……エレナ」
「僕はユーリオン。エレナはどうして1人でいるの?」
 
 酷な事を聞くが、一応確認しないわけにいかない。

「……パパと、ママは私を守って…それで…」
 
 嫌な事を思い出させてしまったようだ。 
 せっかく泣き止んでいたのに、また涙が溢れてきている。

「僕と一緒に来ない?」
「……どうして?」
 
 当然の疑問だろう。
 初対面の相手を簡単に信じる方が難しいし、それはそれで危険だ。
 助ける理由をいくつか考えたが、どれも薄っぺらく感じた。

「エレナの瞳がとても奇麗だったからじゃ、ダメかな?」 
 
 エレナが納得できる説明をする事は可能だったが、それよりも正直な気持ちを伝えたかった。

「……ありが…とう…た、助けて…ください」

 エレナは泣きながらも、僕の差し出した手を取ってくれた。

「じゃあ、ピエリスが戻ってくる前に、少し汚れを落とすね」

 人目のつかない少し奥の方まで移動し、エレナにお湯を浴びせる事の了承を得る。
 基本的には魔糸関連の魔法ばかり使っているが、簡単な属性魔法なら使える。
 
 攻撃魔法はできないが、水を火で温め、風で調節しながらエレナに浴びせる。
 石鹸があれば良かったが、持ち歩いてはいなかった。

 全く使っていない「ストレージ」から清潔なタオルを取り出す。
 容量は小さいが、何かあった時用に水と食料、タオルとかは入れてあるのだ。

「これで拭いて」
「こ、こんな奇麗な布使えないよ。……汚れちゃう…」
 
 濡れているし、遠慮されたままでは風邪をひいてしまうかもしれない。
 僕は彼女の頭にタオルを乗せ、髪を拭いてあげる。

「きゃっ 自分でできるよぅ」

 一度使った事で観念したのか、渡したタオルを使ってくれる。
 簡単にではあるが汚れを落とせたと安心していると、知らない男が近づいてくる。
 
「ようやく見つけたぜクソガキ!」
「ヒッ」

 エレナが怯えている。
 少なくとも、仲の良い知り合いでは無さそうだ。

「あなたは誰ですか?」
「あ? 誰だてめえ。身なりからすると孤児じゃねぇ……良いとこの坊ちゃんか」
 
 ガラは悪いし、こちらを不躾な目で見てくるので、不愉快だ。

「まあいい、そのガキを渡しな」
「まだ、こちらの質問に答えてもらっていないのですが?」
「ちっ、どいつもこいつも、ムカつくガキばかりだ!」
「おい、あのガキは見つけたのか?」

 反対側からも仲間らしき男がやってくる。
 路地裏で両方の道から挟まれた形となってしまった。

「……なんでガキが増えてんだ?」
「知らん。見つけた時には何故か一緒にいたんだ」
「どうする?」
「こっちのガキは身なりが良い。身代金を稼げそうだな」
「なら決まりだ。おいガキ共、痛い目にあいたくなかったら、おとなしくしな」
 
 なるほど、誘拐犯の2人組という認識で問題なさそうだ。
 僕は初めての戦闘になりそうで、高揚感と緊張感が同時に押し寄せてくるのを感じた。


 side:ピエリス

 俺は今、護衛なのに護るべき対象のユーリオン様の側を離れている。
 ユーリオン様が今日初めて会ったばかりの孤児を救うと決めたからだ。

 ユーリオン様は幼さを感じられない程賢く優秀であり、我が儘も聞いた事が無い。
 今回も理由を教えて説得すれば、引いてくれると考えていた。
 だが、残念ながら引いてくれず、初めての我が儘は人助けとなった。

 ユーリオン様がどれだけ賢かろうと、まだ幼く人の悪意を知らないのだ。
 あの少女は白だと思うが、物乞いのふりをして暗殺を行う孤児もいる。
 
 今回の件も我々を分断させるのが目的の可能性だって、無いとは言えない。
 しかしユーリオン様の意思は固く、ならば最速で戻るのが最善だろう。
 
 俺は店に入ると、まだ服を選んでいるアメリア様とアイリスの側へ行く。

「あれ、兄さん? 待ちくたびれちゃいましたか?」
「アイリス、女の子の服が欲しいんだ。急ぎで頼む!」
「「………」」

 なぜか、とても可哀相な者を見る目で見られた。

「……兄さん、女装しても女性の気持ちは理解できないかと」
「妙な誤解をするな! 俺が着るのではない、小さな女の子用のが欲しいんだ」
「「………」」
「兄さん、いつから小さな女の子好きになってしまわれたのですか?」

 アイリスから凄まじいほどの威圧感を感じる。
 
「だから誤解するなと言っている! ユーリオン様の為に必要なのだ」
「「………」」
「兄さん、確かにユーリオン様は可愛らしく、きっと女の子の服も着こなせるでしょう。
 しかし、その趣味はあまりにも業が深すぎます。妹として全力で止めさせてもらいます!!」

 もはや、アイリスからは威圧どころか、殺気すら感じる。

「だから誤解するな!!」

 ピエリスは急いで戻りたいのに、上手く伝わらない事に苛立っていた。
 アイリスはこの短時間の間に、何が兄を変えてしまったのかと驚愕していた。 
 アメリアはユーリオンに女の子の服を着せるのも良いかもしれないと密かに思っていた。
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