この世界と引き換えに愛を乞う

seto

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夜。

「‥あれはどうしている?」

月明かりの差し込む執務室に、独り言のようにポツリと言葉が落ちた。その言葉に、書類を整理する手を止め、ローレンスは顔を上げる。

「熱も下がり、本日はお部屋で安静しにしておられましたよ。」

それがカロクの事であると分かった上で、ローレンスはそう答える。するとこの部屋の主、オーヴァン=エインズワース侯爵は、安堵したようにホッと息を吐いた。


オーヴァンはあの日、初めて厭わしく思っていた末の息子を目にした。そして驚いた。レティシアの生き写しのようなその姿に。
その子がレティシアと同じ色を持っている事は知っていた。だが、ここまでレティシアに似ているとは思っても見なかったのだ。
そんな幼子が目に涙をため、声を殺して泣いている。その間、彼の瞳がこちらを捉えることはなかった。

瞬時に浮かんだのは後悔。
それと同時に、忘れかけていたレティシアの最後の言葉が蘇る。

『お願い、この子を愛してあげて。』

レティシアは、今の幼子と同じようにその瑠璃色の瞳に涙をためて懇願した。何度も、何度も。
だが、オーヴァンがそれを受け入れる事はなかった。

そして妻を亡くした怒りは、全てその幼子へと向かった。
ローレンスのおかげで命こそ取らなかったものの、死んでもいいという思いで離れの別邸へと捨てた。そのままそこで亡くなったとしても、オーヴァンは何も感じる事はなかっただろう。今のこの姿を見るまでは。

次に浮かんだのは怒り。
衣服は乱れ、あちこちに汚らわしい跡が散っていた。何があったのかは明白だ。
まるで妻が辱められたかのように感じて頭が沸騰した。その場に剣を帯刀していたのなら、そのまま乳母の首を跳ねていたかもしれない。それほどまでの怒りが、オーヴァンを襲った。
だが、その状況を作ったのは自分であるとも感じていた。だから逃げるようにカロクの元から立ち去ってしまった。

彼女に会わせる顔がない。

その後は、ただ後悔ばかりが募った。
ショックで高熱を出していると聞いても、会いに行く勇気も資格もない。
もし会って、あのレティシアと同じ顔で、瞳で拒絶されてしまったら。
そう考えるだけで、オーヴァンは震えた。

ならば、遠くから見守るだけでいい。
ローレンスに任せておけば、いいようにしてくれるだろう。
オーヴァンはそう決めて、カロクの身を本邸へと移し、その全ての制限を解除した。それがオーヴァンにできるせめてもの償いであった。

「すまない、レティシア‥‥」

懺悔の言葉が口からこぼれ落ちる。
ローレンスはその言葉を聞かなかったことにした。
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