たずねびと それぞれの人生

ニ光 美徳

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第9話

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 私は柳井田やないだ  千夏ちなつ、46歳。
 大学を卒業してからすぐに結婚して、1年後に長女を出産する。長女の名前は麻智まち
 それから4年後、2人目長男の理人りひとを出産。

 夫とは高校で出会い、猛アタックされて付き合うことになったけど、大学は私が東京で夫は地元の山口に進学した。
 遠距離恋愛だったけど、休みの度に東京まで会いに来てくれてたので、全然離れてる感覚は無く、普通にそこにいる感じで全然寂しくなかった。
 大学卒業後、夫はお父さんが社長をしてる会社に就職し、すぐに私と結婚した。
 それ以来、私は専業主婦として家庭を守っている。

 夫はお酒は飲むけどギャンブルはしない人で、性格はバカ正直で真面目。どんなに浴びるようにお酒を飲んでヘベレケになっても必ず家に帰ってくる。
 多分、結婚してから浮気をしたことは一度もない。女の勘で、無いと言い切れる。
 休みの日は子どもたちと遊んでくれる、かなり子煩悩なお父さん。

 夫以外と付き合ったことはないけど、本当にいい人と結婚できたと思う。
 心の底から幸せだと感じてる。

 そんな結婚生活を送って24年、子どもたちが進学で東京と福岡に出て2人暮らしになって、すごく寂しさを感じる年の瀬。もうすぐ子どもたちが帰ってくる。
 そしてなんと、麻智が彼氏を家に連れて来ると言ったの。過去にも付き合ってすぐ彼氏を紹介してくれてたけど、今回のはどうやら同郷の憧れの彼みたいで特別らしく、ワクワクしてたら、夫の初めての無断外泊があった。

 会社で1番若い男の子の、島丘くんが、初めて“オフ会”をするとかで、夫も初めてそんな会に参加した。
 若そうな女の子も来るみたいだと、すごく張り切ってウキウキしてて、正直私はいい気分ではなかったけど、島丘くんへの母心のような感情もあり、暖かい気持ちで応援してた。

 会の当日、夫を会場まで送ってあげてから普通に過ごしてた。夜中1時を過ぎたくらいで、もうそろそろ帰ってくるかなと、寝ないで夫の帰りを待ってた。でも、全然帰ってくる気配が無い。
 2時、3時、今までで1番遅い。
 心配とイライラが交錯して眠れない。
 結局、帰ってきたのは朝の10時過ぎ。朝じゃない、私にとっては昼だ。

 夫が帰ってきて、した言い訳は「島丘くんが酔い潰れたけえ、家まで送っていったんよ。帰ろうかと思ったけど、ちょっと心配でね、しばらく様子を見てようと思ったら、ワシも寝てしまったんや。ワシはそんなに飲んだつもりはなかったんやけど、寝込んでしまって、帰ってくるのこの時間になってしまったんや。本当にごめん。ワシも歳なんかなぁ。」だった。

 こんなに近くで話してるのに、あんまりお酒の匂いがしない。この酒豪がこの程度のお酒で寝込む?
 そしてふんわり漂う香水の匂い。島丘さんがこんな女性の香水付ける?はずがない。
 どんだけ女性と密着してたのよ?

 シャワーを浴びると言って脱いだ服を預かる。全然警戒してる気配はない。
 んー、やっぱり浮気とまではいかないかな?それとも…?

 私はジャケットのポケットを探る。
 レシートが4枚入ってる。
 居酒屋の領収書、タクシーの領収書が2枚、そしてホテルの領収書。

 ホテル…⁉︎

 はあ⁉︎何でホテル⁉︎

 私は血の気が引いた。身体が小さくガタガタと震える。しばらくホテルのレシートを見つめて、身体が動かないくらいのショックだ。
 ホテルの名前からして、ビジネスホテルではあるけど…。

 ホテルの利用者名は『HIKARI OOTAKA』
 そして、部屋タイプ:シングル。

 シングル⁉︎
 ウソでしょ?

 シングル!
 これは絶対アウトのやつ!

 ダメだ、これは絶対ダメなやつ。許せない!絶対嫌!

 私は気持ちが悪くて吐きそうになる。

 ジャケットを抱えてリビングへ行き、ソファにドカッと座って気持ちを落ち着けようとする。

 島丘さんを家まで送ったと嘘までついて、女の子の泊まるホテルで泊まったということだよね?で、今の今まで一緒にいて、何食わぬ顔して帰って来た?

 私は次に夫の財布を確認する。
 中身が…あれ?何で?3万円ほどしか残ってない…。

 夫はお父さんから跡を継いで、社長になった。経営者の“癖”で、どんな領収書でも捨てずに取っている。
 間違いなく、昨日と今朝支払った分の領収書だろう。

 居酒屋が8名様56,000円、昨日の夜のタクシー800円、ホテル代7,000円、今朝のタクシー3,500円、合計67,300円。

 昨日の夜は20万円財布に入れて持たせたはず。財布の中の残りは3万円とちょっと。居酒屋のお金を全部払ったとは思えないけど、ざっくりと計算しても10万円足りない…。

 もしかして、お金を払って女の子としたってこと?
 まさか…⁉︎

 どうしよう…、今問い詰めた方がいい?でも、私が今想像してること全部「そうだ」って認められたら?
 私どうなるんだろう…?

 どうしよう、麻智に相談してみようか?もう社会人の大人だし、聞いてくれるかな?
 でも、麻智が夫に幻滅したら?するよね、女の子だし…。
 疑って、本当はシロだったとしたら?一度ついたイメージって、無くなるかな?
 理人…には相談するのはちょっと無理だね、うん無理。

 あ、そうだ、今日の夕方、麻智が家に帰ってくるんだった。理人は明後日。
 やっぱり今日この話するわけにはいかないわ…。
 せっかく久しぶりに帰ってくるのに、嫌な雰囲気にはしたくない。彼氏も来るし。
 もう少し、冷静に考えてみよう。

 とりあえず、買い物に行くと言って車で出かけ、人気ひとけのない公園の駐車場で思いっきり泣いた。
 こういう時、車って本当ありがたい。そして人が少ない田舎もありがたい。
 思いっきり泣いたら、やっと少し冷静になれた。

 高校生から付き合って、ずっと一緒にいて、性格はよく知ってる。それでもずっと騙されてた可能性もなくは無いけど、きっと大丈夫!
 私は浮気なんてされてない!

 私は何も聞かないことにして、麻智と理人がいる、楽しい年末年始を過ごした。

 
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