182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

83

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「イオンは限りなく人間に近いが、やはり根本的に人間とは感覚が違う。だが、私が今までに見てきたアンドロイドとも違うのだ。宇宙人にでも遭遇したらこんな感じになるのか? 私は正直、怖い。BS社が人格移植したというリツには人間らしさを感じたが、あれは人間の思考を持っているからなのか」

 リツか……。
 リツ以外の純正イオンはラッパムシと一緒だ。イオンが自分で言っていた。
 ボディには一つのまとまった意識が芽生えているように見えるが 永続性はない。
 ただ在って、ただ消える。ラッパムシに意識はあるが、身体が壊れれば消えてなくなる。そこに魂はない。

「ラッパムシ? あなたたちがイオンに与えた絵本か」

 よく知っているな。ああ、相馬が注文したからチェック済みか。

「学術論文を絵本だという神経がわからない」

 イオンに読み聞かせる物はなんでも絵本だ。まあ、相馬にとっても絵本だったのだろうな。
 高瀬は自分で淹れたコーヒーを飲みながら、つまらなそうに昼の弁当を食べている。
 会話の内容は弾みようもなく、はたから見れば渋い顔でぶつぶつと独り言をつぶやく男が私と心の中で対話する異様な光景に、両脇から寄り添うイオンの笑顔が華を添える。
 こういうのがホストクラブか?

「ありえない。これでいいはずがない」

 高瀬は不機嫌そうにカップを口に運ぶ。
 苦い。お前、いつもどれだけ濃いコーヒーを飲んでいるのだ? 毒だろう。ストレスがなくても胃に穴があくぞ。

「勝手に味見するな」

 高瀬は酒はやらないのか? この身体なら酒はいけるだろう?

「仕事で飲むだけだ。美味くない」

 仕事だろうが、美味い酒は美味いぞ。楽しく飲めば良かろう。

「あなたの人生はそれほど楽しかったか? 道楽御曹司は不死まで望んで永遠の生命に何を夢見た? この世はそれほど魅力的か?」

 今の高瀬に楽しい人生を想像する余裕はないだろう。イオンたちは高瀬の不穏な様子にとまどいを見せていた。
 私は高瀬の問いには答えず、心を閉ざした。今は仕事に集中してもらった方が良さそうだ。
 高瀬は今日中にイオンの報告書を仕上げて、明日には帰るに違いない。

 ……人生は楽しかったか?

 失礼な問いだ。私はまだ生きている。

 ……永遠の生命に何を夢見た?

 この世の先がどうなるのか、ただ見たかった。それだけだ。
 高瀬に気づかれないよう、意識の端で溜息をつく。
 私が生まれたのは革命や大きな戦争が続いていた時代だ。裕福な家に生まれて生活に困る心配も苦労もなく、好きに遊んで許された。私の道楽を特技と見た父は、それで大陸に送り出してくれさえした。私は本当に恵まれていた。
 世の中を知るほどに世界の広さを思い知った。私は何も知らない。何も見ていない。
 この世に在ること自体が道楽だ。一生をかけても飽きることがないと思った。
 組織の不祥事の隠蔽、嫉妬や邪推による権力争い……結局私は、軍人や諜報員としての本来の敵ではなく、味方であったはずの者に嫌われ殺された。
 人生に満足などなかった。まだ終わりにはしたくなかった。
 その思いが私をこの世へ執着させた。我ながら不純で卑しい動機だ。
 あれから既に百年は過ぎた。
 私は満足できたのか?
 死神に追われてまで生き続けた甲斐はあったか?

 ……シキ……

 シキ……
 私を呼ぶ声が聞こえる。
 わかっている。お前は常に私のそばにいるのだろう?
 まだだ。
 私には満足も絶望もまだ足りない。
 人生を生ききっていない。
 お前が私を甘やかすから、私はすっかりわがままになっているではないか。
 死神から逃げることに必死だったはずが、今はお前に護られている気さえするぞ。
 カイ……お前が私を生かし続けているのだ。
 つくづくタチの悪い亡霊になったものだ。
 私は、どこへ向かうのであろうな。



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