かくれんぼ

富山晴京

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かくれんぼ

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「グッチョッパ!」
 寛太はパーを出している。僕はチョキで勝ちだった。
 続いて寛太は、ほかの相手とじゃんけんをして負けた二人と、つまり三人でじゃんけんを始めた。
「グッチョッパ!」
 真ん中に出されている手はグー、グー、チョキ。寛太がチョキである。
「はい、寛太鬼ね」
「はい数えまーす。一、二、三」
「はええよ、寛太」
 俊哉が言った。
 ついさっきまで集まっていたみんながばらばらな方向へとあっという間に散っていく。しかし勢いがいいのは最初だけのようだ。すぐに足が止まって、迷うようにうろうろとし始めた。ほかの人たちはみんな、今から隠れ場所を探すのだろう。しかし僕だけは違う。実は昨日、かくれんぼのためのいい隠れ場所をすでに見つけてあるのだ。
 かくれんぼで大切なのは、姿が隠れるかどうかばかりではない。普通は探されないようなところに隠れることだ。そうしたところを探すポイントは相手の気持ちになってみること。僕が鬼ならどうするか、そうやって突き詰めて行くと、必ず考えの外にあるような隠れ場所が浮かんでくる。それは例えば、マンホールの中だったり、床下だったり。
 いま隠れられる範囲に床下はない。マンホールはあるけれど、ふたは持ち上げられない。
 だがほかにも考えの外となる隠れ場所は存在する。その場所はグラウンドの端っこのほうにある、小さな白い建物の中にある。その中に入ってみると、いろいろな機械がある。多分、何か電気とかそういうものを管理しているのだ。
 そのなかは電灯をスイッチでつけられるようになっているから真っ暗にならないでいられる。しかも、中から鍵をかけることができるのだ。
 こうした建物や倉庫をしばしば外で見かけることもあるけれど、そもそも開けようとは思わないものだ。ましてや、鍵がかかっているとなるとそもそも入ることが不可能であり、見つけようがない。まさに最強の隠れ場所だ。
 この隠れ場所が使えるのはたぶん、この一回きりだろう。それはしょうがない。だがせめて、思い切り自慢してやろう。みんなが最後まで見つからないぞと困り果てて、チャイムが鳴ってやむを得ず帰るころになってようやく出てくるのだ。そして教室に戻ってから、おまえどこに隠れていたんだと驚く皆の顔を見返しながら、自分の隠れていたところを教えてやるのだ。
 そんなことを考えていると、誰かが来たような足音がした。多分、遊びに来た人たちだ。足音が複数聞こえる。
 ざりざりという、地面を削る音がする。しばらくそれが続いたかと思うと、じゃんけんの掛け声が聞こえた。それから、おまえ外野ね、と言っている声も聞こえた。
 何か掛け声のような声がする。たまにぼん、というぶつかる音やざざっ、ざざっという靴の地面をする音が聞こえる。
「パス、パス!」
 そんな声が聞こえてくる。
 おおおおっ!という歓声が上がる。
「すげえ、神キャッチだぜ」
 外野。パス。キャッチ。ドッジボールだ。外ではドッジボールをやっているのだろう。
 しばらく僕はドッジボールをする音を聞きながら、退屈をしのいでいた。
「どうした?」
 しばらく外の音を聞くともなしに聞いていたら、そんな声が聞こえた。気が付くと、ドッジボールをしていた時の音はやんでいた。
「何だあれ?ピエロ?」
「なんかめっちゃいる」
「なんであんなの学校に来てるの?」
「先生が呼んだとかじゃない?」
「なんか、こっち来る」
 誰かが声を出している途中で、何かが爆発したような音が聞こえた。その爆発音は軽くて、くらぁん、と形容できるような音だった。爆発音のした直後、ドサッという、荷物が地面に落ちた時のような音が聞こえた。
 それから何も音がしない。僕は何か情報が欲しくて聞き耳を立てる。しかしなかなか誰も何も言ってくれない。そのことがじれったくて仕方がなかった。
「逃げろ、逃げろ!」
 誰かが叫んだ。
また二三回、爆発音が響いた。そしてまた、荷物の落ちるような音が聞こえた。なんだ、何が起きている。
「きゃあああああああ!」
すぐそばで、悲鳴が聞こえた。そしてその悲鳴を遮るように、爆発音が響く。それと同時に悲鳴がやむ。荷物の落ちるような音も聞こえた。
僕はこの時、ある一つの不吉な想像をした。この爆発音が人を殺している原因になっているのではないか。それではこの爆発音は何か?大きな爆発のような音と、一人の人間が音のした直後にどさりと倒れるという特徴を持つもの。それは銃だと思われた。学校に誰かが来て、銃で学校の生徒を殺しているのだ。しかしなぜ?誰が?
 考え事は突然の大きな物音に中断された。その者音は何と、この小屋の扉をがたがたと揺らしている音だった。
「ちくしょう、開け!開いてくれえええ!あ、ああああ!」
 直後、銃声が響いた。ドアに何かがたたきつけられる音、そして何かがずり落ちる音が聞こえた。多分その何かとは、扉の前に居た人のことだろう。
 もうこれ以上聞き耳を立てるまでもなく状況はわかった。この学校には今、狂った殺人鬼が銃を携えてやってきた。そして生徒を殺しているのだ。確かピエロがいる、などと言っていた気もする。もしかしたら、殺人鬼はピエロの格好をしているのかもしれない。
 よく聞いていると、遠くの方でも悲鳴が聞こえてきた。多分今、グラウンドにいるほかの子供が殺されている真っ最中なのだ。
 しかも銃声は一人分だけのものではないように思われた。それというのも、音の大きさの違う銃声が数種類か響いたり、銃声が重なっていたりすることがあったからだった。
 どれほど騒ぎが続いたろうか。しばらくすると、何の音もしなくなった。
 ちょうど、横の方を誰かが通りかかるような足音がした。この建物のそばにはちょうど校舎へとつながる通り道もあるから、そこを通っていくのだろう。
「もしもーし、校舎の方は片付いた?――ああ運動場?運動場はね、いくらかそっちに逃げちゃったかもしれないけどね、とりあえず生きているやつはこっちにはいないよ――外に逃げたりとかはしてないかって?大丈夫、ちゃんと入り口には見張りつけておいたから、逃げようとした奴は片っ端から撃ち殺しただろうし――うん、わかった。校舎の方も誰もいないんだね?じゃあ引き上げる?――うん、わかった。じゃあ準備するね。ばーい」
 また足音が聞こえた。
 足音が去り、何の音もしなくなった。それでも僕はこの狭い空間に閉じこもり続けた。ずっと。

 チャイムの音がした。昼休み終了の合図だ。つまり、今は十二時三十五分だ。確か銃声は外に出たばかりの時間、大体十二時十五分ぐらいに始まったはずだ。
 あれから二十分もたっている。扉の前に居た男が引き上げると言ってからも大分時間が経っている。もう誰もいないはずだった。ただ、念のためあともう少しだけいることにした。
 そしてしばらくたった後、僕は扉を開く決心をした。扉に耳を当てる。そして耳を澄ました。外からは何も音がしない。誰もいない。
 僕はかぎを開けた。そしてドアノブを回し、扉を開いた。
 扉のわずかに開いた隙間から、日光による柔らかく暖かで自然な輝きの光が漏れてくる。僕はさらに扉を押し開けた。すると日光がわずかに遮られて陰っているのが感じられた。妙に思わないでもなかったが、誰もいるはずはなし、僕はちゅうちょなく扉を開いた。
 扉を開いた先には、ピエロが立っていた。白塗りの顔に赤い鼻、赤い唇。頭は赤いもじゃもじゃの毛。ピエロは血まみれだった。殺した人間の返り血だろう。そのピエロはにこにことして僕を見ていた。なにもメイクのためにそう見えるだけではなく、ピエロ自身、ニコニコしているように見えた。
 僕は扉を閉じることもできず、そのまま突っ立っていた。その時僕の心の中にあったのは、ただ絶望のみだった。もう、生きながらえることはできないという絶望だった。
「やあ」
 僕は何も答えられなかった。
「僕が何でここに君が分かったのか知りたい?それはね、僕がここを襲う前にきちんと下調べをしていたからだよ。夜中にこの学校をくまなく調べてね、隠れられそうな場所を全部探したのさ。そうしたら、この小屋のドアのかぎが掛かっていないことに気が付いた。だから僕は、ここに誰かが隠れることもあると予想していた。ここまではわかるかい?」
 僕はピエロを凝視していた。
「よしよし、話に夢中になってうなずくこともできないんだね。いいだろう、話を続けよう。それでね、僕はあの間抜けな小僧がこの小屋の扉に縋りついた時、中に入っていくものだと思っていたのさ。何しろカギは開いたままのはずだから。先生たちが閉め忘れに気付いたのでもない限り、そのままのはず。ましてやそうはいることもない小屋だろうからまず開きっぱなしのままのはずだ。ところが扉には鍵がかかっていた。そこでね、僕はピーンときたんだよ。この小屋に先客がいるかもって。それとともにね、興味がわいたのさ。僕たちが侵入するよりも前にこの小屋に隠れることのできた子供はどんな子だろうって。ねえ君、どうして君はここに入っているの?」
 僕は答えられなかった。口がまるで動かないのだ。
「教えてくれないなら、撃つよ?」
 銃身のやたらと長い、大きな銃が僕の頭に突き付けられた。僕は何かしゃべらなければ死ぬと思った。
「あ、ああの、かくれんびょ、かくれんぼをしていたんです。ひょ!」
 声が裏返った。
「それで、たまたまここのカギが開いていることを知っていたから」
「どうしてここのカギが開いていることを知っていたの?」
「それは、ここの扉を開けようとしたら、開くことを知ったから」
「どうして開けようとしたの?」
「えっと、興味が、あったから」
「へーえ!君は好奇心旺盛だね!いいよ、その性格は!クリエイティビティな人間には欠かせない特性だ!僕から隠れおおせかけたのはかくれんぼという偶然のためとはいえ、いやはや、隠れ場所の選択が実に斬新だ。気に入った。僕は君のことが気に入ったよ。よし、チャンスをあげよう!」
「は、はい」
「赤と黒、どっちかが僕の好きな色だ。さて、どっちだ?当てられたら命を助けてあげるよ!」
 僕は直感で黒だと思った。しかし黒が好きな人間など居るだろうか。黒は闇とか悪役の色だ。好んで悪役なりたがる人などいるはずはない。むしろ、ヒーローや強さ、情熱を象徴するような赤を好む人のほうが多いはずだ。
 僕がこの男に黒を当てはめたのは、まったく僕のこの男に対する印象としか思えなかった。
 しかしそれでもどっちだとは断言できないのもまた事実だった。僕は正しい答えなどわかるはずもない問題に頭を悩まし続けた。
「決まったかい?」
「あ、あの」
「赤と黒、どっちだと思う?」
「く、黒、だと思います」
「どうしてだい?」
「黒が、好きだから」
「うん?」
「僕が、黒が好きだから。おじさん、僕のことが好きだから、僕と気が合うかもしれないから、だから同じ黒を選ぶかなって……」
「……アンビリーバボー!」
 僕は男が突然叫び出したので、体を震わせた。
「君は本当に賢い子だ。いいよ、命を助けてあげる。君のその才能をぜひとも、今後の日本の将来に役立ててくれたまえ」
 男は僕の頭に手を置いた。そして頭を撫でた。乱暴な撫で方というわけではない。しかし優しくもない。形のおかしな犬を面白がって触っているときみたいな撫で方だ、そんな気がした。
 男はそういって、手を振りながら歩き去っていった。僕はそのまましばらく、男の姿が小さくなっていくのを見送っていた。やがて男の姿が見えなくなってから初めて、僕はグラウンドを見渡す余裕を得た。
 グラウンドの土は血にまみれていた。グラウンドの上には、血だらけの人たちが横たわっている。その大半は、頭が欠けていたり、体の大半が欠損したりしていた。欠損した分の肉がグラウンドに飛び散っているのも見えた。
 僕はそれらを見たまま、動くことができなかった。そのうち、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
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