視線

富山晴京

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 窓から何かに見つめられているような気がしてならない。机に向かってユーチューブで動画を見ていると、ふとそんな予感に襲われた。別に何か不穏な物音を耳にしたとか、誰かに覗かれるような覚えがあるとか、そう言ったものはない。ただ、そんな予感が唐突にしたのである。
 不吉な想像が頭をかすめる。窓の外は暗く、外にいるものの姿は判然としない。その中で、ただ大きな目だけがらんらんと光っている。その目は私を見つめている。暗い闇そのものに覗かれているような気さえしてくる。
 そんな想像がばかげたものであるということはわかってはいた。僕のいる部屋は二階。そうそう誰かがのぞこうとして覗けるものではない。しかしもし本当に何かがのぞいていたなら。どうしてもその疑いが頭からぬぐえない。ありえないというだけに、もし本当にあり得た時のことを思うと恐ろしくてならなかった。
 想像が頭から離れず、確認しないではいられない。僕は動画を止めた。そして立ち上がり、振り向く。
 しかし何物も窓の外にはいなかった。途端、頭の中にあった想像は単なる妄想へとなり下がった。そして妄想の持つ脅威は消えうせた。私はパソコンへ向きなおり、動画を再生し始めた。
 私はしかし、動画を見続けることはしなかった。サイトを閉じ、パソコンの電源も切った。そして部屋から出て行った。
 一階へ行くと、母と父がテレビを見ている。テレビの中では女性が車を運転しながら、男と話している。一瞬、日本人と見間違えたが、話す言葉の発音から韓国人と知れた。
 私は冷蔵庫へと向かい、アイスクリームを取り出した。椅子に座り、韓国ドラマを見ながらアイスクリームをかじった。
 アイスクリームをなめている間、窓の外が気になることはなかった。一人でないときには、どういうわけか何かに覗かれているのではないかと恐れることはなかった。誰かがいると意味もなく、安心できた。
 私があの部屋にいて覗かれているような気分になったのはつい最近のことである。具体的にいつごろから始まったとはわからないが、気が付くとそう思うようになり始めていた。
 私はこれをある種の神経症のようなものであると思っていた。日頃のストレスや恐怖感が心理作用を起こして、こうした妄想を引き起こすのだろうと考えていた。
 アイスクリームをなめ終わっても、私は一階に両親と一緒に居た。そうして十一時までそうしていた。
 十一時になると両親もいい加減寝室へ引き上げた。十一時のうちに風呂は済ましていたので、そのまま両親についていって二階へ上がった。


〈覗かれている気がする。そう思って後ろを見ても横を見ても誰もいないなら、それは上から覗いている〉
 これは友人の言った言葉であった。今日、覗かれているような気がすると友人に話したら、この言葉が返ってきたのである。
 そしてちょうど今、覗かれているような気分がした。それで私は窓を見る代わりに上を見た。
 すると上の方に頭が浮いているのが見えた。頭は老いた男のものである。髪は白く短い。黄色いような、それでいて黒ずんだ肌の色をしている。その頭は、怒りの形相で僕を見つめているのだった。
 私は動くこともできず、ただ頭を見つめていた。そのうち頭は霧が薄れていくように消えて行ってしまった。頭が消えた後も、心臓は早鐘のようにろっ骨を打っていた。むしろ、頭がいなくなって何も見るものがなくなった分、その鼓動は大きく聞こえるように感じられた。
 私は先程の頭の正体について考えを巡らせた。頭だけが浮遊するなどと言う話を、確か聞いたことがある。ろくろ首の一種だという話だ。
 ろくろ首には首の長くなるもののほかに、頭が離れていくものがあるという話があった。昼間は普通に見える人間の首が夜中に離れて、空中を徘徊するのである。人の意気血を吸うと言われているし、ただ魂が離れていってしまっているだけとも言われている。あの首の正体もろくろ首の一つと考えていいのだろうか。あの首には血こそすわれなかったが頭は妙な消え去り方もしたことだし、魑魅魍魎のたぐいとみて間違いあるまい。そうなればろくろ首の仲間ということもあり得よう。
 しかし魑魅魍魎のたぐいと決めつけたところで、何ら解決にもつながりはしなかった。第一、誰に相談すればいいのか。科学の信じられる昨今、このような話をしたところで信じてもらえるはずはない。このような話をしたところで、「よくできた怪談だな。だが今の時期には合わんな」と言われるのがおちである。今どき、神主や住職でさえ、ひいては修行僧でさえ霊を見たことのないものが大半の世の中である。
 さてこれは厄介なことになった。これからずっと、あのような首だけの化け物と一緒に過ごす日々が始まるというのだろうか。
 いいや、今日から始まったとも限らない。昨日からずっと、視線自体は感じていたのだ。であればもっと前からあれはいたのかもしれない……。
 そもそもあれは何なのか。何のためにここにいて、何のために私を見つめるのか。しばらく考えてみたが、わからなかった。

 ところがわかるはずがないと思っていたその頭の正体は思わぬところで発見された。
 私の母がある人から暑中見舞いを受け取った。
 その暑中見舞いの手紙には写真がプリントアウトされている。家族の集合写真のようなものである。老人が一人、大人が四人、子供が四人。周りの大人全員が笑顔の中、たった一人老人だけはむっつりとした顔をしている。
 その中にある、老人の顔が僕の部屋にあった頭とまったく同じであった。
 写真は母の家族の写真である。母の姉と兄、そしてその二人の家族、そして母の父が写っている。母の父とはすなわち、僕の祖父であった。しかし僕はこの祖父と僕とは一度もあったことはなかった。原因は僕の父と祖父の関係にあった。
 その昔、この老人はひどく束縛の強い人間であったそうだ。特に母のことを自分の子供の中でも特別束縛した。むしろ、ほかの子供は放任主義のような形をとり、母だけを束縛していたようだ。
 何でも母は学生時代に友達と外へ遊びに行ったことが一度もないという。母の父がそうするなと言明したからである。その話を聞く限りでも、尋常でない性格が見えてくる。
 その母と私の父は結婚しようとした。老人は怒った。断固として母の結婚に反対していたという。
 しかし父は駆け落ちをしてしまった。そして見事、籍を入れることに成功したのである。それだから、まさか父と老人とで顔を合わせるわけにもいかず、また息子である私の顔も見せるわけにはいかなかったのだ。
 近年老人は死んだ。老人が死んだのは心筋梗塞のためだった。そのことを機に、彼ら親戚は初めて暑中見舞いを送ったのである。わざわざ最近の写真ではなく老人の写真を載せたのは、老人の最後に近い顔を見せたいという配慮であろう。
 さて、その祖父である老人がなぜよりにもよってこの私のところへ姿を現したのか言うことについてだが、明確なことはわからない。ただ老人は死ぬ間際に
「殺す」「殺してやる」
 としきりに呻いていたそうである。
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