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82.巻寿司に追われる!!
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前日、4時頃から夕食まで、ヒロトは下の階で仮眠をとっている。
夜9時頃から米を焚きはじめる予定だ。炊飯器2つがフル稼働で2升のお米を約30回以上。注文が増えればもっと?気が遠くなりそうだ。1台増やして本当によかった。
早めにカフェは店じまいして、春樹さんが帰宅するとともにみんなでご飯。今日の夕飯は、マキノが作った麻婆豆腐とニラもやし炒めと、野菜サラダ。
寝ているヒロトも呼んで一緒に食べる。
「ヒロトはお風呂入ってから工房行くの?」
「はぁ。そのつもりです。マキノさんは、何時に工房入りですか?」
「春樹さんと一緒に帰って、できれば仮眠取って、日付が替わるまでには行くつもりだけど・・起きれるかな。」
「う・・頼りにしてるんですよ?」
「わかってるよ。必ず行くから、頑張っといてくれる?」
「はぁ、もちろんやりますけど。」
「ヒロトはお昼寝したんだよね・・とは言っても、徹夜はきついからね。朝方に少し休憩するといいよ。」
「あざっす。でも覚悟してます。」
「仕事の進み具合と,みんなの協力具合だね。頑張ろう。」
「おう。頑張ろう。」
遊を筆頭に、スタッフ達はみんな士気が高い。
「オレもできることある?」春樹さんも、その雰囲気にでつられたのか聞いてきた。
「いっぱいあるよ。でも学校あるんだから、無理しなくていいよ。」
「起きれたら行くよ。」
「ん。ありがとう。遊は学校に行っていてお昼寝もしてないでしょ。今早く寝て、できるだけ早く起きて仕事にかかってね。明日は学校もないし、期待してるからね。」
「うっす。食べたらすぐ風呂の用意するよ。」
「よろしく。」
ヒロトは遊が準備してくれたお風呂に入ってから、工房へと向かった。
みんなは、洗い物と片付けを手早く済ませてそれぞれ自宅へと散って行った。
マキノは宣言通り2月3日に日付が変わるまでに工房へと顔を出した。
「ヒロト。おはよう。」
「おはようございます。時間通りですね。さすがだ。」
ヒロトはせっせとご飯を焚いては、酢飯を量産していた。
「この調子でご飯を焚いてたら、ごはんを合わせる場所がなくなっちゃうからちょっとやりはじめようか。」
「了解です。冷蔵庫も具で満タンだし、ちょっとでも出来上がった寿司を見たかったから嬉しいっすね。」
「ヒロトはずっと準備ばっかしてきたんだものね。よし。頑張ろう。」
「タイマー15分!」
ヒロトは突然何を叫んだのかと思ったら、スマホに時間予約をしていたようだ。
「次の酢飯を合わせる時間?」
「そうです。今炊きあがったから、蒸らしが終わったらすぐ合わせるんっすよ。どんどん行きますよ。今まだ8釜しか焚いてない。予定数は32ですから。」
「ひゃー。頑張らなくちゃね。」
マキノはそう言いつつヒロトの横に陣取って、巻寿司の相方を務めるべく作業に巻き簾を広げた。
2人組になったほうが断然早い。酢飯を海苔に運ぶのと具の材料をその上に乗せるその材料と巻き簾の距離の短縮だけでも効率が変ってくる。
海苔の上に酢飯を広げてヒロトに渡す。ひとつできたら次の巻き簾に海苔を置いて横へと押しやる。ヒロトはその上にかんぴょうを置いて高野豆腐を置いて半寺を置いてしいたけを置いてみつ葉を置いてくるりと巻いて、抜き板に置く。そして空いた巻き簾をマキノの方へ戻すの繰り返しだ。
ごはんを広げる作業の方が所要時間が短いので、ごはんの乗った海苔が3つ4つと並んでくると高野豆腐を置いたりしてヒロトの持ち場にも手を出す。
抜き板には巻ずしが7本載る。一段一段と積みあがりはじめた。
丸かぶりのための寿司だから、いつものスーパー出しの分と違って切らなくていいのがひと手間楽ちんだ。
「ヒロトのお父さんはどんな感じ?」
手は忙しく動かしているが、作業は単純なのでマキノはおしゃべりを始めた。
「ああ・・腐らずまじめにやってるみたいですよ。まだ一か月ですから今やらなかったら、いつやるんだって話です。」
「それはよかったわ。」
「先月末に給料も出たらしくて、喜んでましたけど・・」
「うんうん。」
「1月はオレが今まで持ってたカネで、あちこちと話し合って決めた返済額を全部払って、2月からはオヤジの給料を全額それに当てて、それにオレの給料から少し足せば、返済額に足りる。ここから文字通り反撃開始です。」
「生活費は?」
「おふくろの内職で結構食えるみたいです。足りなかったら言えって言ってあるんだけど、まだ光熱費の引き落としがかかるとき一回だけ。思ったほど何も言ってこない。」
「ほう。お母さんなかなかやるね。」
「おふくろが図太くって気楽にしてるんで、家の中が深刻さが無くてありがたいすよ。」
「・・じゃあ、美緒ちゃんのことはどうなってるの?」
そこで ピピピ ピピピ とアラームが鳴った。
「メシ、合わせてきます。」
「うん。続いてやっとくね。」
ヒロトが酢飯を合わせ、次の米を砥いで用意したりしている間、マキノは一人で巻ずしの作業を続けた。
二人でしていた作業を一人でするとなると、ブレーキがかかったように進まない。さっきまでの速度とくらべて、その遅さにため息が出そうになる。
これを毎日一人でやっていると思うと、ヒロトの粘り強さには感心してしまう。忍耐力だけはあるんだから・・若いのに珍しいよ。決断力に乏しいのが難点だけど。
「タイマー45分!」
ヒロトはまた次の飯を合わせる時間をスマホに向かってセットして、マキノの隣りに戻ってきた。
そして、さっきの答えを話し始めた。
「美緒のことね・・。ちょっと待たせることになるかもしれないけど、結婚しようと思います。その頃までに半分でも減ってたらいいんだけど。・・美緒がイヤだっつって逃げられる可能性ももちろんあるけど。」
「半分って、・・どれほど時間かかるのよ・・。」
「まぁオレ・・勢いで、美緒の言うとおりにするって言っちゃったんで・・。」
「うぶっ・・」
「・・なんで笑うんですか?」
「いや、なんでもないし。」
「・・美緒が借金残っててもいいって言えば、早くなるかもしれないっすね。美緒がどんなこと言って来ても、オレ、わかったって言えるように、今から頑張らないとと思ってます。」
「ほほ~う。」
マキノはヒロトの顔を覗き込んだ。
「な・・なんすか?」
「ちょっとはいい男になったなと思ってね。」
マキノは、ヒロトの腹のくくりようが嬉しかった。
「そうっすかね?ははは。」
「うんほんと。さて、一度数えてみよっか。」
深夜2時、その時点で2人が巻いた巻ずしは、まだ100本余りだった。
「ちょっと具を変えてサラダ巻も行こうか。」
またおしゃべりをしながら、マキノとヒロトはサラダ巻を積み上げつづけた。
午前3時半。
工房の中は十二分にヒーターをつけて、2月といえども動きやすく温かい。
ビィーンと原付のバイクの音が近づいてきて工房の前で止まった。そして遊が入ってきた。
「ああっさむううっ。死ぬぅ。おはようございます。」
「あら早かったのね。おはよう。」
「オレ、何を担当したらいい?」
「もちろん製造です。私とちょっと変わって。あとで来る人にご飯係をしてもらうから、巻く方の訓練しておいてね。わたし、コーヒー淹れるわ。」
それから間もなく、今度は外で車の止まる音がして、遊が反応した。
「あ、春樹さんの車の音だ。」
「遊は、エンジン音だけでわかるの?」
「わかるよ。」
「おはよう。」
「春樹さんもコーヒーいる?」
「いる。オレにできることは何かな?」
「ありがとう。もうすぐ抜き板がなくなるから、お寿司をパックに入れてほしかったの。シール貼ったパックが積んであるでしょう?巻ずしとサラダ巻の2種類。サラダ巻は焼き海苔だから少し緑ががってるの。普通の巻ずしは黒いから。具を見てもわかるけど。わかる?」
「わかる。確かに、それぐらいならできそうだ。」
マキノは巻ずしの違いを指さしてから、ひとつ作業の見本になるものを作った。
「お寿司の上に生姜を入れて、こうやってパキって音がするようにちゃんとフタして輪ゴムをはめるの。こっちの部屋に空き箱積んであるから、お寿司を箱に入れて、その数を箱のフタに書いておいてほしい。できれば半端な数じゃなくて20とか30とか計算しやすい数にしてくれるとありがたいな。」
「わかった。」
春樹さんは、巻ずしが7本ずつ乗った抜き板を10枚一度に持ち上げた。
「うわ、重いのに!落としちゃいやだよ?」
「大丈夫さ。」
春樹はそのまま座敷へと移動し、自分がやりやすいように各パーツをセッティングして作業を開始した。
「マキノあのさ。話の流れで意味は分かったけど、抜き板は初めて聞く単語だよ。」
「あらそうだった?説明不足で失礼しました。はい、その板のことです。遊!パック係に追われるから頑張ろう!」
「おう!」
4時にはイズミさんが来た。工房の前は車がいっぱいになってきてるはずだ。
「おはよう。子ども達を起こす時間になったら抜けるわね。」
「おはようございます。忙しいのにありがとうございます。あっじゃあヒロト、ちょっと仮眠しておいで。」
「いや・・せっかく乗って来たのに、このままいきます。」
「ダメダメ。きっとあとあとに響いてくるから。できれば10分でも15分でもいいから何も言わずに休憩しておいで。肝心な時につぶれられちゃ困るもの。」
「そうだよ。マキノに逆らっちゃダメって言ったろ?」
「春ちゃんも早く起きたのね。えらいじゃない。」
ヒロトを茶化している春樹さんを、今度はイズミさんが茶化した。
「へへまあね。ヒロト、まぁ悪いことは言わんからちょっとだけ休んどけって。」
「そうだよ。次のごはんはあと何分?」
「あ・・あと15分です。」
ヒロトはスマホのタイマーを確認して答えた。
「それやっとくから。遊は、もう具の置き方とか習った?巻けるね?」
「余裕。いけますよ。」
「イズミさんとペアになってくれる?イズミさんはご飯置いてください。」
「了解っす。」「わかったわ。」
「春樹さん。スーパー出す分、まず注文の半分ずつ配達するように千尋さんが来たら言って欲しい。半分が無理だったら三分の一でもいいので箱に詰めてほしい。」
「うん。」
「ヒロト、6時過ぎからまた春樹さんとイズミさんがいなくなるから、その頃起きて来てね。迷ってる時間がもったいないからね。」
ヒロトは、イズミさんと遊に仕事を乗っ取られた上に、マキノからととどめを刺され、じゃあすみません、と座敷の奥へと引き下がった。
朝5時には千尋さんが顔を出した。
「おは・・」と声を出そうとして、その場にいたみんなから「しーっ」と口の前に人差し指を立てられ、それぞれが指さす座敷の奥の方を見た。
座敷机が一台、衝立のように立ててあって、その端から毛布がはみ出して見えていた。
ヒロトは、やはり連日の準備などで疲れがたまっていたのか、横になった途端に寝てしまっていた。
千尋さんはわざわざヒロトの寝顔を確認しに行って、かわいいねぇと、クスクスと笑った。そして、パック詰め担当の春樹さんに、どの箱がいくつか聞きながら伝票を書き始めた。
「最初の配達では注文の半分ね。本店は70ずつ、支店は50ずつを持って行くわね。」
「はい。」
「座敷のテーブルのトレイに、ヒロトがおにぎりをいっぱい作ってくれてるでしょ。お味噌汁もあります。おなかが減ったら自分で温めてよそって食べてね。おかずは、残り物とお漬物と味付け海苔だけど、他に何か欲しければ卵はあるので自分で焼き作るなり適当にやって、各自出て行く時間に合わせて遠慮せず自己責任で朝ごはんにしてください。」
「出かけるのって、オレじゃないか。」
「そうです遠慮しないでねって事です。あ。春樹さん、誠にすみませんが、出かけるまでにカレンダーの裏に時間の順番で個別の注文を表にして欲しいんだけど、いいかな。」
「顎で使ってくれるなぁ。いいよ。パック詰めが追い付いてきたしな。・・あ、これ、ややこしいな。注文入った順になってるのか。番号でもつけるか・・。ちゃっかりスタッフの家族の分も注文数に入れてあるんだな。」
「そう。自分たちが肝心だもん。」
春樹さんはフリーハンドで線を引いて、名前と数と時間と配達の有無とを書きこみ始めた。少し右上がりのくせがある字だ。黒板にもこんな字を書いてるのかしら。
「春樹さん。何度もお願いしてすみません。全部かけたら,残りの本数が一目でわかるようにその表の右端に後ろから順に足し算した数書いてくれない?」
「ああ、なるほど。わかった。」
「スーパーの第一便には届きそう?」
「今できてる分で・・350本かな・・まだちょっと足りないな。巻ずしが約20本。サラダが20本でスーパー行けるよ。」
「ふう。ちょっと先が見えたね。千尋さんもご飯載せてもらえます?ご主人の朝ごはんはいいんですか?」
「もうやって来たから大丈夫。おばあちゃんもいるし。」
「ありがとう。じゃあスーパー半分終わったら、先に午前の個別の注文を先にやって行きましょう。」
作業台の真ん中に具が並んで、向かい合って千尋さんとマキノ、遊とイズミさんが並んで、流れ作業をしていく。巻き簾に海苔を置いて、ごはんを乗せて横へ押して移動させる。かんぴょうは太いのと細いのを調整して量を整え長さをそろえないといけないから少し時間を食う。半寺と高野豆腐は長さが揃っているからてんてんと置けばいいだけ。シイタケも大小いろいろあるからこれも量の調節が必要。サラダ巻はたまごもハムもキュウリも全部長さをそろえてあるからその分手早くできるのだ。イズミさんと遊は立ったまま巻いていて、マキノと千尋は椅子に座って腰を据えてやっている。
「春樹さん、冷蔵庫から巻の具をセットしてあるトレイ、持って来て~・・。」
「マキノちゃんは春ちゃんを上手に使うのねぇ。」
「あら~・・それほどでも。」
時間は6時を少し回った。さっき小さくヒロトのスマホのアラームが鳴ったが、気づかずにまだ寝ているようだった。
夜9時頃から米を焚きはじめる予定だ。炊飯器2つがフル稼働で2升のお米を約30回以上。注文が増えればもっと?気が遠くなりそうだ。1台増やして本当によかった。
早めにカフェは店じまいして、春樹さんが帰宅するとともにみんなでご飯。今日の夕飯は、マキノが作った麻婆豆腐とニラもやし炒めと、野菜サラダ。
寝ているヒロトも呼んで一緒に食べる。
「ヒロトはお風呂入ってから工房行くの?」
「はぁ。そのつもりです。マキノさんは、何時に工房入りですか?」
「春樹さんと一緒に帰って、できれば仮眠取って、日付が替わるまでには行くつもりだけど・・起きれるかな。」
「う・・頼りにしてるんですよ?」
「わかってるよ。必ず行くから、頑張っといてくれる?」
「はぁ、もちろんやりますけど。」
「ヒロトはお昼寝したんだよね・・とは言っても、徹夜はきついからね。朝方に少し休憩するといいよ。」
「あざっす。でも覚悟してます。」
「仕事の進み具合と,みんなの協力具合だね。頑張ろう。」
「おう。頑張ろう。」
遊を筆頭に、スタッフ達はみんな士気が高い。
「オレもできることある?」春樹さんも、その雰囲気にでつられたのか聞いてきた。
「いっぱいあるよ。でも学校あるんだから、無理しなくていいよ。」
「起きれたら行くよ。」
「ん。ありがとう。遊は学校に行っていてお昼寝もしてないでしょ。今早く寝て、できるだけ早く起きて仕事にかかってね。明日は学校もないし、期待してるからね。」
「うっす。食べたらすぐ風呂の用意するよ。」
「よろしく。」
ヒロトは遊が準備してくれたお風呂に入ってから、工房へと向かった。
みんなは、洗い物と片付けを手早く済ませてそれぞれ自宅へと散って行った。
マキノは宣言通り2月3日に日付が変わるまでに工房へと顔を出した。
「ヒロト。おはよう。」
「おはようございます。時間通りですね。さすがだ。」
ヒロトはせっせとご飯を焚いては、酢飯を量産していた。
「この調子でご飯を焚いてたら、ごはんを合わせる場所がなくなっちゃうからちょっとやりはじめようか。」
「了解です。冷蔵庫も具で満タンだし、ちょっとでも出来上がった寿司を見たかったから嬉しいっすね。」
「ヒロトはずっと準備ばっかしてきたんだものね。よし。頑張ろう。」
「タイマー15分!」
ヒロトは突然何を叫んだのかと思ったら、スマホに時間予約をしていたようだ。
「次の酢飯を合わせる時間?」
「そうです。今炊きあがったから、蒸らしが終わったらすぐ合わせるんっすよ。どんどん行きますよ。今まだ8釜しか焚いてない。予定数は32ですから。」
「ひゃー。頑張らなくちゃね。」
マキノはそう言いつつヒロトの横に陣取って、巻寿司の相方を務めるべく作業に巻き簾を広げた。
2人組になったほうが断然早い。酢飯を海苔に運ぶのと具の材料をその上に乗せるその材料と巻き簾の距離の短縮だけでも効率が変ってくる。
海苔の上に酢飯を広げてヒロトに渡す。ひとつできたら次の巻き簾に海苔を置いて横へと押しやる。ヒロトはその上にかんぴょうを置いて高野豆腐を置いて半寺を置いてしいたけを置いてみつ葉を置いてくるりと巻いて、抜き板に置く。そして空いた巻き簾をマキノの方へ戻すの繰り返しだ。
ごはんを広げる作業の方が所要時間が短いので、ごはんの乗った海苔が3つ4つと並んでくると高野豆腐を置いたりしてヒロトの持ち場にも手を出す。
抜き板には巻ずしが7本載る。一段一段と積みあがりはじめた。
丸かぶりのための寿司だから、いつものスーパー出しの分と違って切らなくていいのがひと手間楽ちんだ。
「ヒロトのお父さんはどんな感じ?」
手は忙しく動かしているが、作業は単純なのでマキノはおしゃべりを始めた。
「ああ・・腐らずまじめにやってるみたいですよ。まだ一か月ですから今やらなかったら、いつやるんだって話です。」
「それはよかったわ。」
「先月末に給料も出たらしくて、喜んでましたけど・・」
「うんうん。」
「1月はオレが今まで持ってたカネで、あちこちと話し合って決めた返済額を全部払って、2月からはオヤジの給料を全額それに当てて、それにオレの給料から少し足せば、返済額に足りる。ここから文字通り反撃開始です。」
「生活費は?」
「おふくろの内職で結構食えるみたいです。足りなかったら言えって言ってあるんだけど、まだ光熱費の引き落としがかかるとき一回だけ。思ったほど何も言ってこない。」
「ほう。お母さんなかなかやるね。」
「おふくろが図太くって気楽にしてるんで、家の中が深刻さが無くてありがたいすよ。」
「・・じゃあ、美緒ちゃんのことはどうなってるの?」
そこで ピピピ ピピピ とアラームが鳴った。
「メシ、合わせてきます。」
「うん。続いてやっとくね。」
ヒロトが酢飯を合わせ、次の米を砥いで用意したりしている間、マキノは一人で巻ずしの作業を続けた。
二人でしていた作業を一人でするとなると、ブレーキがかかったように進まない。さっきまでの速度とくらべて、その遅さにため息が出そうになる。
これを毎日一人でやっていると思うと、ヒロトの粘り強さには感心してしまう。忍耐力だけはあるんだから・・若いのに珍しいよ。決断力に乏しいのが難点だけど。
「タイマー45分!」
ヒロトはまた次の飯を合わせる時間をスマホに向かってセットして、マキノの隣りに戻ってきた。
そして、さっきの答えを話し始めた。
「美緒のことね・・。ちょっと待たせることになるかもしれないけど、結婚しようと思います。その頃までに半分でも減ってたらいいんだけど。・・美緒がイヤだっつって逃げられる可能性ももちろんあるけど。」
「半分って、・・どれほど時間かかるのよ・・。」
「まぁオレ・・勢いで、美緒の言うとおりにするって言っちゃったんで・・。」
「うぶっ・・」
「・・なんで笑うんですか?」
「いや、なんでもないし。」
「・・美緒が借金残っててもいいって言えば、早くなるかもしれないっすね。美緒がどんなこと言って来ても、オレ、わかったって言えるように、今から頑張らないとと思ってます。」
「ほほ~う。」
マキノはヒロトの顔を覗き込んだ。
「な・・なんすか?」
「ちょっとはいい男になったなと思ってね。」
マキノは、ヒロトの腹のくくりようが嬉しかった。
「そうっすかね?ははは。」
「うんほんと。さて、一度数えてみよっか。」
深夜2時、その時点で2人が巻いた巻ずしは、まだ100本余りだった。
「ちょっと具を変えてサラダ巻も行こうか。」
またおしゃべりをしながら、マキノとヒロトはサラダ巻を積み上げつづけた。
午前3時半。
工房の中は十二分にヒーターをつけて、2月といえども動きやすく温かい。
ビィーンと原付のバイクの音が近づいてきて工房の前で止まった。そして遊が入ってきた。
「ああっさむううっ。死ぬぅ。おはようございます。」
「あら早かったのね。おはよう。」
「オレ、何を担当したらいい?」
「もちろん製造です。私とちょっと変わって。あとで来る人にご飯係をしてもらうから、巻く方の訓練しておいてね。わたし、コーヒー淹れるわ。」
それから間もなく、今度は外で車の止まる音がして、遊が反応した。
「あ、春樹さんの車の音だ。」
「遊は、エンジン音だけでわかるの?」
「わかるよ。」
「おはよう。」
「春樹さんもコーヒーいる?」
「いる。オレにできることは何かな?」
「ありがとう。もうすぐ抜き板がなくなるから、お寿司をパックに入れてほしかったの。シール貼ったパックが積んであるでしょう?巻ずしとサラダ巻の2種類。サラダ巻は焼き海苔だから少し緑ががってるの。普通の巻ずしは黒いから。具を見てもわかるけど。わかる?」
「わかる。確かに、それぐらいならできそうだ。」
マキノは巻ずしの違いを指さしてから、ひとつ作業の見本になるものを作った。
「お寿司の上に生姜を入れて、こうやってパキって音がするようにちゃんとフタして輪ゴムをはめるの。こっちの部屋に空き箱積んであるから、お寿司を箱に入れて、その数を箱のフタに書いておいてほしい。できれば半端な数じゃなくて20とか30とか計算しやすい数にしてくれるとありがたいな。」
「わかった。」
春樹さんは、巻ずしが7本ずつ乗った抜き板を10枚一度に持ち上げた。
「うわ、重いのに!落としちゃいやだよ?」
「大丈夫さ。」
春樹はそのまま座敷へと移動し、自分がやりやすいように各パーツをセッティングして作業を開始した。
「マキノあのさ。話の流れで意味は分かったけど、抜き板は初めて聞く単語だよ。」
「あらそうだった?説明不足で失礼しました。はい、その板のことです。遊!パック係に追われるから頑張ろう!」
「おう!」
4時にはイズミさんが来た。工房の前は車がいっぱいになってきてるはずだ。
「おはよう。子ども達を起こす時間になったら抜けるわね。」
「おはようございます。忙しいのにありがとうございます。あっじゃあヒロト、ちょっと仮眠しておいで。」
「いや・・せっかく乗って来たのに、このままいきます。」
「ダメダメ。きっとあとあとに響いてくるから。できれば10分でも15分でもいいから何も言わずに休憩しておいで。肝心な時につぶれられちゃ困るもの。」
「そうだよ。マキノに逆らっちゃダメって言ったろ?」
「春ちゃんも早く起きたのね。えらいじゃない。」
ヒロトを茶化している春樹さんを、今度はイズミさんが茶化した。
「へへまあね。ヒロト、まぁ悪いことは言わんからちょっとだけ休んどけって。」
「そうだよ。次のごはんはあと何分?」
「あ・・あと15分です。」
ヒロトはスマホのタイマーを確認して答えた。
「それやっとくから。遊は、もう具の置き方とか習った?巻けるね?」
「余裕。いけますよ。」
「イズミさんとペアになってくれる?イズミさんはご飯置いてください。」
「了解っす。」「わかったわ。」
「春樹さん。スーパー出す分、まず注文の半分ずつ配達するように千尋さんが来たら言って欲しい。半分が無理だったら三分の一でもいいので箱に詰めてほしい。」
「うん。」
「ヒロト、6時過ぎからまた春樹さんとイズミさんがいなくなるから、その頃起きて来てね。迷ってる時間がもったいないからね。」
ヒロトは、イズミさんと遊に仕事を乗っ取られた上に、マキノからととどめを刺され、じゃあすみません、と座敷の奥へと引き下がった。
朝5時には千尋さんが顔を出した。
「おは・・」と声を出そうとして、その場にいたみんなから「しーっ」と口の前に人差し指を立てられ、それぞれが指さす座敷の奥の方を見た。
座敷机が一台、衝立のように立ててあって、その端から毛布がはみ出して見えていた。
ヒロトは、やはり連日の準備などで疲れがたまっていたのか、横になった途端に寝てしまっていた。
千尋さんはわざわざヒロトの寝顔を確認しに行って、かわいいねぇと、クスクスと笑った。そして、パック詰め担当の春樹さんに、どの箱がいくつか聞きながら伝票を書き始めた。
「最初の配達では注文の半分ね。本店は70ずつ、支店は50ずつを持って行くわね。」
「はい。」
「座敷のテーブルのトレイに、ヒロトがおにぎりをいっぱい作ってくれてるでしょ。お味噌汁もあります。おなかが減ったら自分で温めてよそって食べてね。おかずは、残り物とお漬物と味付け海苔だけど、他に何か欲しければ卵はあるので自分で焼き作るなり適当にやって、各自出て行く時間に合わせて遠慮せず自己責任で朝ごはんにしてください。」
「出かけるのって、オレじゃないか。」
「そうです遠慮しないでねって事です。あ。春樹さん、誠にすみませんが、出かけるまでにカレンダーの裏に時間の順番で個別の注文を表にして欲しいんだけど、いいかな。」
「顎で使ってくれるなぁ。いいよ。パック詰めが追い付いてきたしな。・・あ、これ、ややこしいな。注文入った順になってるのか。番号でもつけるか・・。ちゃっかりスタッフの家族の分も注文数に入れてあるんだな。」
「そう。自分たちが肝心だもん。」
春樹さんはフリーハンドで線を引いて、名前と数と時間と配達の有無とを書きこみ始めた。少し右上がりのくせがある字だ。黒板にもこんな字を書いてるのかしら。
「春樹さん。何度もお願いしてすみません。全部かけたら,残りの本数が一目でわかるようにその表の右端に後ろから順に足し算した数書いてくれない?」
「ああ、なるほど。わかった。」
「スーパーの第一便には届きそう?」
「今できてる分で・・350本かな・・まだちょっと足りないな。巻ずしが約20本。サラダが20本でスーパー行けるよ。」
「ふう。ちょっと先が見えたね。千尋さんもご飯載せてもらえます?ご主人の朝ごはんはいいんですか?」
「もうやって来たから大丈夫。おばあちゃんもいるし。」
「ありがとう。じゃあスーパー半分終わったら、先に午前の個別の注文を先にやって行きましょう。」
作業台の真ん中に具が並んで、向かい合って千尋さんとマキノ、遊とイズミさんが並んで、流れ作業をしていく。巻き簾に海苔を置いて、ごはんを乗せて横へ押して移動させる。かんぴょうは太いのと細いのを調整して量を整え長さをそろえないといけないから少し時間を食う。半寺と高野豆腐は長さが揃っているからてんてんと置けばいいだけ。シイタケも大小いろいろあるからこれも量の調節が必要。サラダ巻はたまごもハムもキュウリも全部長さをそろえてあるからその分手早くできるのだ。イズミさんと遊は立ったまま巻いていて、マキノと千尋は椅子に座って腰を据えてやっている。
「春樹さん、冷蔵庫から巻の具をセットしてあるトレイ、持って来て~・・。」
「マキノちゃんは春ちゃんを上手に使うのねぇ。」
「あら~・・それほどでも。」
時間は6時を少し回った。さっき小さくヒロトのスマホのアラームが鳴ったが、気づかずにまだ寝ているようだった。
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