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101.参列

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スーパー出しの分は、ヒロトが予定していた分を無事に作り終えた。
お昼のお弁当の注文をもらっていた分も、メニューも決まっていたし段取りも聞いておいたので、マキノと美緒でこなすことができた。
千尋さんは「ヒロト君とは,またちょっとお弁当の雰囲気が違う気がするわ。」という。
そう言われても、元祖はマキノなので、これでよいとする。最近はヒロトが自分の特色を出してきているのだろう。

明日から週末でお弁当がお休みで助かった。朝市もお休みにして、無理はしない。
翌日のスーパーの分も、お通夜に参列していると、前日の夜に仕込みができないので、不幸事があったため1日お休みする旨を各スーパーに連絡することになった。



通夜式・告別式の会場はヒロトの家の近くのセレモニーホールだった。
美緒はお弁当が終わったらすぐに喪服に着替えるため自宅へと戻った。
マキノは夕方から自分の軽自動車でヒロトの家の近くの駅まで行って、そこから美緒と乗り合わせて、2人でセレモニーホールへと向かった。ルポカフェからは車で40分ほどだ。

葬儀は、こじんまりと執り行うと言っていたわりに参列者はおおかった。
ご近所の方々と、親戚一同、そしてお父さんが去年の末から今年にかけて、転職したばかりだったので、新しい職場の仲間だけでなく、元の職場の親しかった方もお参りに来てくれたようだった。


ヒロトから、さんざんな行いをしてきたという話しばかりを聞いていたので、どんな人だろうと興味津々だったのだが、気のよさそうな普通のおじさんに見える。
「美緒ちゃんは、ヒロトのお父さんって面識あったの?」
「はい、知ってますよ。家に行ったこともあります。気前もいいし、人当たりもいいし、あの問題行動さえなかったら人気者気質だと思いますよ。」
「あらそう・・・。」
「お母さんもいい人です。話を聞いてると辛抱強い人って思ったでしょう?」
「思った。耐える人なのかなって思ったよ。」
「お料理して近所に配ったり、縫い物してインターネットで売ったり、おしゃべりも好きだし、わりと社交的みたいですよ。」
「へぇ・・・イメージが違うなぁ。」

受付に進む。やはり人が多い。参列者がこれだけいるっていう事は、これまできちんと人付き合いしてきたからなのだろう。

お焼香の順番が回ってきて、こそっとご両親らしき人を観察する。
ヒロト曰く、結構神経が図太いと聞いていたお母さんだが、親戚と一緒に焼香台の向こう側に座って、通夜式に来てくれた弔問客にしおらしく挨拶をしていた。
ヒロトのやさしそうな細い目はお母さんゆずりなんだなと思った。


マキノと美緒は、参列者がお焼香を済ませて帰って行く中、通夜式が終わってからも会場の隅で美緒と2人ヒロト達と言葉をかわせる機会を待っていた。
ヒロトの両親とは、初対面なので少しでいいからご挨拶だけでもしておこうと思ったのだ。


遠くの親戚なども来ているようで、一般参列者たちが帰ってしまった後の会場や、休憩室にはところどころに人の輪ができていた。ヒロトのご両親は、一つ一つの輪に足を運んで挨拶して回っている。

しばらく待っていると、ヒロトが両親をマキノ達のところまで連れてきた。
「マキノさん、うちの両親です。こちらはルポのオーナーの佐藤マキノさん。」
「この度は、ご愁傷さまでした。佐藤と申します。こんな時に失礼とは思いましたが、ご挨拶させていただきたいと思っておりました。」
「ああ‥このようなところまで来ていただいて、本当にありがとうございます。いつもヒロトがお世話になりまして・・。」
お母さんのほうが少し嬉しそうに挨拶をした。
お父さんは口をもごもごさせているだけだ。
「いえ、こちらこそ・・ヒロト君には助けていただいております。」
「あの・・うちの事情についてもご存じいただいた上で、いろいろご心配もおかけしていて、申し訳なく思いながらも、とてもありがたくて、甘えてしまいまして・・・。」
「いえ・・事情は簡単にヒロト君から聞いてはおりますけれど、私は何も力添えなどしてはいませんので、もしお役にたてているとしたら全部ヒロト君のがんばりですから。私への礼には及びません。」
「いえ・・本当に助かって・・・。」
「いや、いやいや、お母さんちょっと待ってください。今お時間を取らせてしまうのは本意じゃありませんので、これで失礼させていただきます。えと、これからもどうぞよろしくお願いします。お父様お母様、お疲れの出ませんようにご自愛くださいませ。」
「はい・・ありがとうございます。」

マキノは横にいる美緒を前に出るように促した。
「おじさん、お久しぶりです。この度はお悔やみ申し上げます。」
「おお、美緒ちゃんか。服装が違うと誰かわからなかったよ・・。その、その節はお世話になったね。」
お父さんは今初めて美緒ちゃんに気がついたようで照れたような嬉しそうな顔でに挨拶をした。
喪主がこんなにニコニコ笑っててもいいのかしら。
「いいえ、気にしないで。・・・おばさんもお久しぶりです。ずっと前に私がおうちにおじゃました時にはもう、おじいちゃまの介護されてましたよね・・。長い間お疲れさまでした。」
「美緒さん。ありがとう。」
「わたし、明日もお参りに来ます。」
「それは・・ありがとう・・・。」

ヒロトの両親が顔を見合わせ微妙な間があって、ヒロトがヒソヒソ話で両親に告げた。
「近々言おうと思ってたんだ。オレ達、結婚決めてるから。急にこんなことになるから変な報告の仕方になったけど、また改めて話しするよ。今はそれだけわかっといてくれたらいいから、黙ってて。」
「まぁ・・まぁ・・そう、そうなのね。でもこんな場では祝うこともみんなに報告もできないわね・・。迷惑かけてる親戚もいるし・・」
「ゴタゴタが落ち着かない事には進めらんないし、当分先の話になるから、黙っといてな。」
「こんなことになってて・・本当にごめんなさいね。美緒さん・・。」
「いいんだよ。当分先って言ったろ。もういいってば。」
「ヒロトを・・ヒロトをよろしくね。」
「・・・はい。」

「オヤジ、もうあっちに戻って、じいちゃんのろうそくのお守りしとけば?母さんも、もういいから、親戚としゃべっといて。オレそこまで送ってくる。」

マキノと美緒は、ヒロトに送られて駐車場へと出た。
「マキノさん、仕事はどうなりましたか?」
ヒロトは自分のやりかけていた仕事のほうが気になるようだ。
「今日はいつも通りの時間に無事に納品できたよ。明日はもうスーパーも朝市も休んどいた。明後日までヒロトは無理でしょう?連日休むのもお客さんに悪いから、明後日は仕込みの簡単なサラダ巻だけ、私と美緒ちゃんでやっとくわ。」
「すみません。」
「こっちのことは心配しないで。明日は美緒ちゃん一人でお参りするの?大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ。こんな時じゃなかったらもっとニコニコしてしまってると思います。」

美緒は、まじめな顔で言ったので、マキノも笑いそうになったが人目を気にして耐えた。
そうか。ヒロトがどさくさに紛れて結婚すると両親に紹介したことが嬉しかったんだ。


「オレ、日曜日夜の仕込みには戻ります。在庫はどうだったかな・・・。月曜日からはもう普通に仕事できるように・・・」
「ヒロト。焦らなくてもいいって。」
「は・・ぁ・・。」
「可愛がってもらったおじいちゃんのこと、今はちゃんとお見送りしようよ。ヒロトも今日寝られないでしょう?無理しないように。」
「はぁ・・葬式なんか簡単に簡単にしようって言ってたのに、一つ一つやってるうちにどんどん大ごとになっちゃって・・」
「うん・・・そういうものだよ。」
「人ひとりの終わるときって、大変なんですね・・。」

「ヒロトも体調崩さないように気をつけて。じゃあ、そろそろ帰るわ。美緒ちゃんは自宅に戻る?」
「はい。電車も充分間に合うし、今日は自宅に戻ります。引っ越しが迫ってるからいろいろすることがあるし・・。」
「そうね。駅まで送るよ。」
マキノは、美緒にうなずいてから、ヒロトに向き直った。
「やっぱりヒロトがいないと大変だわ。待ってるからね。」
「・・・。」
ヒロトは黙ってうなずいた。







― ― ― ― ―



翌日、美緒は、ヒロトのおじいちゃんの告別式に、一人で参列することにした。
受付をして、お香典を渡した。

昨日、お父さんとお母さんに、結婚するのだとヒロトがはっきりと言った。
2人だけの話の時は、挨拶に行く話もしていたけれど、ヒロトの決心が少しも揺らいでいないことが嬉しかった。
まだ婚約もしていないし、今は親しい友人という間柄でしかないけれども、いずれこの家族の一員になるんだという思いがある。

一人で知らない人たちの中にいると言うのは少し心細い。でも、美緒は誰に見られているわけでもないのに姿勢を正し顔を上げて、座っていた。親戚の席に座るわけにはいかないので一般参列者の席にである。
お焼香が始まると自分も列に並び、慣れていないから作法もおぼつかないが、順番が来ると遺影に向かって手を合わせて炉に香を落し、親族の皆さんに黙って礼をしてから会場の隅へと移動した。

告別式が終わると、棺が開けられて、近親者の皆さんが花を入れて最後のお別れをし、出棺の用意が行われる。


美緒は、遠巻きにそれを眺めていた。
みんなに囲まれた棺が会場から運び出される。ヒロトの姿も見える。
棺の乗った車を先頭に、斎場へ向かう車が何台か並んで、親族がそれに乗り込んでいく。
おじいちゃんの遺影を持ったヒロトのお父さんが一番前の車の助手席に乗っていて、ヒロトはその2台目の車の助手席に、お母さんや親戚と一緒に乗りこんだ。

車の中のヒロトが、少しずつ顔が動いて、自分を探しているのがなんとなくわかる。
おそらく美緒に気づいたのだろう、まっすぐにこちらを向いて右手を少し上げたのが見えた。
自分も目立たないように、胸の高さまで手をあげた。

クラクションが鳴りひびき、一行はゆっくりと斎場へと出発した。
辺りにいた参列者たちと一緒に自分も黙礼をしてそれを見送った。


美緒は、ヒロトの親族が斎場から帰ってくるのを待たずに、そのまま自宅へと帰った。
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